転移性脳腫瘍
体のがんが脳に転移したものを転移性脳腫瘍といいます。転移性脳腫瘍の発生頻度は全脳腫瘍の17.4%とされていますが、近年MRIが頻回に撮影されるようになったこと、高齢者層が増えていることなどから、実際にはもっと多いと思われます。事実米国などでは40%という報告もあります1,2)。
脳転移をきたしやすいがんとしては、肺がん(60%)、消化器系がん(15.7%)、乳がん(10.6%)、腎泌尿器系(6.4%)などがあります。転移巣の多くは大脳半球にあり、小脳への転移は15%程度です。
転移性脳腫瘍に対する治療は、もともとのがん(原発巣)がどういう状態にあるかということでも方針が変わってきますので、一般的な方針を示すのは困難です。つまり、転移性脳腫瘍は原発巣の治り具合や他の臓器への転移、治療に対する反応性なども考慮しながら治療法を選択しなければなりません。したがって、以下の治療方針はあくまで原則とお考えください。個別の治療については外来等で詳しくご説明いたします。
転移性脳腫瘍では、全身状態や転移腫瘍の大きさ、転移数などにより治療方針が異なります。治療の選択肢としては手術、放射線治療(定位放射線治療、全脳照射)、あるいはこれらを組み合わせた治療が考えられます。
転移性脳腫瘍の治療法
開頭による腫瘍摘出術
単発あるいは複数ある場合でも単一術野(一回の手術)で全摘出可能な場合で、大きさが大脳転移では直径4cm程度、小脳転移では3cmを超える場合は開頭術を検討します。単発の場合、術後に全脳照射を行うのがよいとされてきましたが3)、最近では摘出後全脳照射した場合とガンマナイフなどの定位放射線治療単独の場合を比較しても治療成績は大きくは変わらないことがわかってきました4)。しかし、とくに放射線が効きにくい悪性黒色腫や腎がんでは定位放射線治療は全脳照射と比較して局所制御率が優れています。
放射線治療
開頭による腫瘍摘出術の対象とならない場合は放射線治療を行います。
(1)全脳照射
腫瘍のサイズが小さくても数が多い場合は全脳照射が行われます。手術が可能な場合でも、以前は術後に全脳照射を行いました。
(2)定位放射線治療 stereotactic radiosurgery (SRS)
腫瘍の最大径が4cm未満で、転移数も1から3個までで、患者さんの状態が比較的よい(KPS≥70)という条件下では、定位放射線治療プラス全脳照射が全脳照射単独より腫瘍の局所制御率に優れています5)。しかし、転移数が概ね4個までであれば定位放射線治療単独であっても定位放射線治療プラス全脳照射とほぼ同等の治療成績が得られると考えられるようになってきました6)。ただし、定位放射線治療単独の場合、腫瘍の再増大や髄膜播種(がん細胞が脳脊髄液中にばらまかれる状態)がありうるので定期的に経過を観察していくことが必要です。
腫瘍サイズが大きい場合には手術が必要で、以前は局所制御率(腫瘍があった場所からまた腫瘍が再発してくるのを制御できる率)を上げるため全脳照射が行われてきましたが、最近の臨床研究でも全脳照射を行った方が生存期間を延長するという確たるエビデンス(証拠)はまだ得られていません。また、大きさが3cm前後で手術と定位放射線治療のいずれも選択可能な場合、どちらを選択すべきかについても結論は出ていませんが、腫瘍が周囲の脳組織を押していることにより症状が出現している場合は、定位放射線治療より手術の方が良いと思われます。
症状がない場合、手術プラス定位放射線治療と定位放射線治療単独のいずれがよいかについては、比較した臨床研究がないため結論はでていません。一般的には、手術の対象となるのは腫瘍サイズが大きい場合なので、摘出した周囲の脳に腫瘍が残存している可能性があるため、術後に定位放射線治療を追加することは局所制御率を上げるのに有効であると考えられます。
転移性脳腫瘍の治療成績
全脳照射単独での生存期間中央値は4-7ヶ月ですが、治療成績は、脳転移以外のがんの治療が奏功しているか否かに依存します。原発巣の治療がうまくいっていて、脳転移の個数が1個の場合の生存期間中央値は10-16ヶ月です。
転移性脳腫瘍治療の現状
転移性脳腫瘍の予後が改善されてきたのに伴い、放射線治療による局所制御率の向上が重要である一方で、放射線治療後の認知機能障害をなるべく少なくするために、放射線治療をどのタイミングで行うのがよいのか、というのも重要な課題として残っています。とはいえ、現時点では、放射線治療以外に、手術後の補助療法として有効な手段がありません。治療後の再発は経過時間に関係しています。つまり長期生存が期待できるようになると腫瘍の再発率は上昇してくるということです。どのタイミングで全脳照射を行うべきかはがんの放射線に対する反応性や大きさなど総合的な判断を必要とします。
一方、現在の定位放射線治療の適応は、以下の5つと考えられます。
- 4個以下の転移性脳腫瘍に対する全脳照射後に引き続き行う強化治療(ブースト)の場合
- 4個以下の転移性脳腫瘍において全脳照射による認知機能の有害事象を避ける目的で定位放射線治療を単独で行う場合
- 全脳照射後の再発の場合(サルベージ療法; salvage therapy)
- 放射線治療抵抗性の腫瘍(悪性黒色腫、腎がん、肉腫など)に対して
- 放射線治療抵抗性の腫瘍に対する開頭・腫瘍摘出術の後の補助療法として
転移性脳腫瘍の治療方針は患者によって異なります。個別の治療方針については担当医にお尋ねください。
参考文献
- I. T. Gavrilovic and J. B. Posner, “Brain metastases: epidemiology and pathophysiology,” Journal of Neuro-Oncology, vol. 75, no. 1, pp. 5–14, 2005.
- R. Soffietti, R. Ruda, and R. Mutani, “Management of brain metastases,” Journal of Neurology, vol. 249, no. 10, pp. 1357–1369, 2002.
- R. A. Patchell, P. A. Tibbs, J. W. Walsh et al., “A randomized trial of surgery in the treatment of single metastases to the brain,” The New England Journal of Medicine, vol. 322, no. 8, pp. 494–500, 1990.
- A.Muacevic, B. Wowra, A. Siefert, J. C. Tonn,H. J. Steiger, and F.W. Kreth, “Microsurgery plus whole brain irradiation versus Gamma Knife surgery alone for treatment of single metastases to the brain: a randomized controlled multicentre phase III trial,” Journal of Neuro-Oncology, vol. 87, no. 3, pp. 299–307, 2008.
- D.W. Andrews, C. B. Scott, P.W. Sperduto et al., “Whole brain radiation therapy with or without stereotactic radiosurgery boost for patients with one to three brain metastases: phase International Journal of Surgical Oncology 9 III results of the RTOG 9508 randomised trial,” The Lancet, vol. 363, no. 9422, pp. 1665–1672, 2004.
- H. Aoyama, H. Shirato, M. Tago et al., “Stereotactic radiosurgery plus whole-brain radiation therapy vs stereotactic radiosurgery alone for treatment of brain metastases: a randomized controlled trial,” JAMA, vol. 295, no. 21, pp. 2483–2491, 2006.