中枢神経系原発悪性リンパ腫
中枢神経系原発悪性リンパ腫(primary central nervous system lymphoma; PCNSL)は、中枢神経系(脳、脊髄、眼球)に発生する悪性リンパ腫で、リンパ節から発生した悪性リンパ腫とは異なります。
中枢神経系原発悪性リンパ腫の写真 | |
HE染色 | CD20免疫染色 |
悪性リンパ腫の分類
全身の悪性リンパ腫は、リンパ系の組織から発生する腫瘍で、ホジキンリンパ腫(B細胞由来)と非ホジキンリンパ腫(B細胞およびT/NK細胞由来)に大別されます。悪性リンパ腫の病理診断は、組織切片に発現している蛋白質を特殊な抗体で染色する免疫染色という手法を用いて細かく分類されます。実際には、B細胞、T細胞、NK細胞の各種発現蛋白(マーカー)に対する免疫染色を行います。たとえば、B細胞のマーカーとしてCD20(L-26)やCD79a、T/NK細胞のマーカーとしてCD3(Leu-4)やCD56などが用いられています。
ホジキンリンパ腫は、日本では発生が少なく全体の10%程度であり、リンパ節から発生してリンパ節からリンパ節へ広がっていくため、中枢神経系から発生したり、中枢神経系へ転移したりすることは稀です。一方、非ホジキンリンパ腫は、発生頻度が高く、同じ悪性リンパ腫でもその病理像はさまざまです。中枢神経系に見られる悪性リンパ腫は、非ホジキンリンパ腫の一種ですが、ほとんどがB細胞由来という特徴があり、中枢神経系から発生(原発)するものと、他の部位から中枢神経系へ転移してくるものがあります。このうち、中枢神経系から発生するものを中枢神経系原発悪性リンパ腫と呼んでいます。
このほか、臨床では治療法の選択のために悪性度に基づいて低悪性度、中悪性度、高悪性度の3つに分類することもあります。
中枢神経系原発悪性リンパ腫の罹患率とその症状
中枢神経系原発悪性リンパ腫の罹患率
男性にやや多く、好発年齢は50〜80歳で全脳腫瘍の2〜6%を占めています。特に60歳台に多く、罹患率が近年上昇しています。また、エイズウイルス(HIV)感染患者の2〜12%に発生すると言われています1,2)。
主な症状
眼球や脊髄など中枢神経系のどこにでも発生しますが、多くは大脳の前頭葉や側頭葉、基底核、脳室周囲、脳梁に発生します。主な症状は、精神症状(40%)や、頭痛・悪心・嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状(33%)で、痙攣発作(14%)や眼症状(4%)も認めます。眼球内リンパ腫は、中枢神経系原発悪性リンパ腫の一つの病変として15〜20%の患者さんに合併するとされ、目の見えづらさやぶどう膜炎などの症状で見つかります。
中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断:画像診断および手術(生検術)
画像診断等
神経症状が見られる場合、まず脳MRIなどの画像検査が行われます。脳MRIでは、腫瘍はT1強調画像で等〜低信号域、T2強調画像で軽度高信号域を示し、造影にて均一な強い増強効果を示します。また、腫瘍周囲にも強い脳浮腫が認められます。この脳MRI検査で悪性リンパ腫を強く疑うこともできますが、時に膠芽腫や転移性脳腫瘍などの他の悪性脳腫瘍と見分けがつかないことがあります。
画像検査でもう一つ重要なことは、全身性の悪性リンパ腫を見逃さないことです。脳MRI等の中枢神経系の検査と並行して、胸腹部の造影CT、FDG-PET検査、精巣エコー(男性の場合)などの全身検索を行い、他の臓器に病変があるか否かを確認していきます。また、画像所見の他、血液検査、可能であれば脳脊髄液の細胞診などを行って総合的に検討していきます。しかし、最終的には手術(生検術)による病理診断が必要となります。
手術(定位的脳腫瘍生検術)
画像検査や血液検査等で中枢神経系原発悪性リンパ腫が疑われた場合、次に手術(生検術)を行って病理診断を確定することになります。悪性リンパ腫では、手術での摘出量が治療に影響しない、つまり腫瘍をたくさん摘出する場合とほんの一部分を採取する場合とで治療成績には変わりがないとされていますので、一般的には定位的脳腫瘍生検術(開頭をせず頭蓋骨に小さな穴をあけて、そこから生検針を刺して小さな組織を採取する手術)を行います。この生検術では皮膚の傷が小さくて済むため、術後すぐに化学療法や放射線治療を開始できるというメリットもあります。手術はあくまでも病理診断を得るためのものであり、治療の中心は、次に述べる化学療法や放射線治療などを確実に行うことになります。
悪性リンパ腫の発生部位に基づく治療法の選択
中枢神経系原発悪性リンパ腫の多くは、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma)と診断され、臨床的には中悪性度に分類されます。他の体の部位に発生する全身性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫とは病態や治療の反応性が異なることから、独立した疾患として分類されています。
全身性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫では、R-CHOP療法と呼ばれる化学療法が標準治療(最良の治療効果が科学的に証明されている治療法のこと)とされています。R-CHOP療法は、治療薬の頭文字をとってつけられた名前で、使用する薬剤は、Rituximab(商品名:リツキサン)、Cyclophophamide(商品名:エンドキサン)、Hydroxydaunorubicin(doxorubicin、商品名:アドリアシン)、Oncovin (vincristine、商品名:オンコビン)、Prednisolone(商品名:プレドニン等)の5つです。
中枢神経系のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫にはR-CHOP療法はあまり効果が認められていませんが、これは治療に用いる抗腫瘍薬の多くが血液脳関門を通過できない(脳の中に薬が入っていかない)ためと考えられています。化学療法を通常投与量よりも大量投与できれば血液脳関門を通過できるのではないかという考えがあり、そのために用いられるものとして、methotrexate(商品名:メソトレキセート)があります。中枢神経系の悪性リンパ腫の化学療法では、methotrexate(商品名:メソトレキセート)を中心とした化学療法が行われています。
このように、悪性リンパ腫では、全身性病変と中枢神経系病変とでは化学療法が異なるため、事前の全身検索が特に重要となります。
中枢神経系原発悪性リンパ腫の化学療法と放射線治療
中枢神経系原発悪性リンパ腫の標準治療:メソトレキセート大量療法
これまで本邦では、中枢神経系原発悪性リンパ腫の治療法として、メソトレキセート大量療法を3〜5コースを先行して行い、その後に放射線治療(全脳照射30〜45 Gy)が行われてきました。メソトレキセートを先行させるのは、メソトレキセートと放射線治療を同時に行うと晩期障害(長期的な副作用)として白質脳症と呼ばれる脳の障害が起こりやすいことが知られているためです。特に高齢の方に白質脳症が起こると、認知機能が低下して、有意義な生活が送れなくなる可能性があります。白質脳症は化学療法と放射線治療の組合せによって起こると考えられており、先行する化学療法を強化することで放射線治療を最小限に留め、脳障害を少なくする新たな治療法の開発が、海外を中心に研究されています。
中枢神経系原発悪性リンパ腫のその他の治療:R-MPV療法
世界で発表された論文の中で、治療成績が良く、副作用も比較的少ないとされる治療法の一つに、R-MPV療法があります。この治療法は、メソトレキセートを基本として、更に3つの抗腫瘍薬、すなわち、リツキサン、procarbazine(商品名:プロカルバジン)、オンコビンを用いるものです3)。いわばメソトレキセート大量療法をバージョンアップしたような治療法です。この治療法の特徴は、放射線照射量を減量できる点です。これにより、脳の晩期障害を軽減できるのではないかと期待されています。当科で行っている脳原発悪性リンパ腫の治療スケジュールは下図のように、R-MPV療法を隔週で5回行った後、放射線治療(全脳照射30Gy+局所照射10Gy)を行い、最後に地固め療法としてCytarabine(シダラビン、別名:Ara-C; 商品名:キロサイド)大量療法(HD-Ara-C)を2回行うというものです。R-MPVは5回行うことになっていますが、腫瘍が完全に消失しない場合にはR-MPVをもう2回追加して合計7回行うことがあります。これにより放射線治療前に腫瘍が画像上消失する確率を70-80%まで増加できると報告されています。放射線治療前に腫瘍を画像上消失させることは治療の重要なポイントであるため、当科ではR-MPVの効果が不十分と判断される場合は、可能な限りR-MPVを2回追加することがあります。中枢神経系原発悪性リンパ腫の治療期間は長期に及びますが、はじめにしっかり治療することが最も重要です。
R-MPV療法の副作用と危険性
R-MPV療法は、使用する薬剤が増える分、副作用や危険性も増加します。しかし、血液細胞が減少するといった骨髄抑制の副作用は比較的少ないとされています。R-MPV療法は、代謝拮抗剤のメソトレキセートを大量に用いるため腎障害や白質脳症が生じる可能性があります。これはメソトレキセート大量療法と同等であり、R-MPV療法で特段にそのリスクが増加するわけではありません。腎障害については、治療前、治療中、治療後で血液や尿の検査を綿密に行い、腎障害の防止に努めています。また、ロイコボリンやメイロンという薬剤を使用して正常細胞への毒性を軽減しています。R-MPV療法で用いるリツキサンは抗体薬で分子標的薬の一つであり、蕁麻疹やショックなどのアレルギー反応を起こしやすい薬です。アレルギー反応を予防する目的で、抗アレルギー剤やステロイドを使用します。その他、プロカルバジンはアルキル化剤と呼ばれる抗がん薬で、嘔気や食欲不振が起こりやすい薬ですが、あらかじめ強力な制吐薬を用いるので、実際には嘔気に苦しむことは少なく、普通に食事をとりながら治療できます。オンコビンは微小管阻害薬に分類される抗がん薬で、手足の痺れや便秘が起こることがあります。これら症状が生じた場合も適切に対応致します。
一方、放射線治療後に行うキロサイド大量療法では、強い骨髄抑制が生じます。その場合、白血球を増やす薬(G-CSF製剤)を使用したり、輸血したりすることがあります。また、重篤な感染症の発症が予測される場合はそれを予防するために抗生剤を使用することもあります。また、シダラビン症候群とよばれる結膜炎や発熱、筋肉痛などの生じる可能性があります。
化学療法と放射線治療併用の晩期障害としては、前述した白質脳症があり、高齢者で起こりやすく、特に認知機能(記憶力、判断力など)や運動機能(歩行、書字、発声など)の低下が、年単位で進行してきます。
悪中枢神経系原発悪性リンパ腫の治療成績
メソトレキセート大量療法の治療成績
メソトレキセート大量療法と放射線治療による生存期間中央値は、3年から5年くらいであるといわれています。
R-MPV療法の治療成績
R-MPV療法と、それに続く放射線治療、キロサイド大量療法を行った中枢神経系原発悪性リンパ腫の患者さんでは、他施設からの論文によると、生存期間中央値が6.6年とされています3)。これは、すべての患者さんが6.6年生きられるという意味ではなく、論文を発表した施設においては、治療した患者さんを生存期間順に並べた時に、半分の方の生存期間は6.6年未満、残りの半分の方は6.6年以上だったという意味です。
これらの治療成績は、治療しなければ数ヶ月、放射線治療単独だと1年半しか生存できなかった時代から見ると、かなり改善されたと言えます。こうした薬物療法の強化により、中枢神経系原発悪性リンパ腫の治療成績が向上してきた歴史があります。比較的若くて(60歳未満)、日常生活が普通に送れる方(麻痺や認知機能低下のない方)ほど、安全に治療ができ、その効果も高いことが知られています。
中枢神経系原発悪性リンパ腫の新しい治療法と実施可能な治療法
最近の論文では、他にも、メソトレキセート大量療法とキロサイド大量療法を同時に行う方法や、R-MPV療法後に大量化学療法と幹細胞移植を組み合わせた方法が報告されています4,5)。治療の副作用が強く、長期成績が不明である点や、日本で使用できない薬剤が含まれているなど、いくつか問題点がありますが、今後も薬物療法を強化して放射線治療をなるべく少なくする方向で、治療法が開発されていくものと思われます。
しかし、治療効果や副作用は個人差が大きく、すべての患者さんに強力な薬物療法を行うことが良いとは限りません。高齢者や全身状態が悪い方の場合は、強力な化学療法をすることで、かえって臓器障害などのリスクが高まり、期待した治療効果も望めなくなってしまうかもしれません。当科ではそうした状況でも、実施可能な治療法を選択して行います。
参考文献
- Deckert M, Paulus W. Malignant lymphomas. In: WHO Classification of Tumours of the Central Nervous System, edited by Louis DN, Ohgaki H, Wiestler OD, Cavenee WK. pp. 188–196, 2007, WHO Press, Geneva, Switzerland.
- Ostrom QT, Gittleman H, Liao P, et al. CBTRUS statistical report: primary brain and central nervous system tumors diagnosed in the United States in 2007–2011. Neuro Oncol. 2014;16 Suppl 4:iv1– iv63.
- Morris PG, Correa DD, Yahalom J, et al. Rituximab, methotrexate, procarbazine, and vincristine followed by consolidation reduced-dose whole-brain radiotherapy and cytarabine in newly diagnosed primary CNS lymphoma: final results and long-term outcome. J Clin Oncol. 2013;31(31):3971-3979.
- Ferreri AJ, Reni M, Foppoli M, et al. High-dose cytarabine plus high-dose methotrexate versus high-dose methotrexate alone in patients with primary CNS lymphoma: a randomised phase 2 trial. Lancet. 2009;374(9700):1512-20.
- Omuro A, Correa DD, DeAngelis LM, et al. R-MPV followed by high-dose chemotherapy with TBC and autologous stem-cell transplant for newly diagnosed primary CNS lymphoma. Blood. 2015;125(9):1403-1410.