真核細胞は、膜構造によって内外を厳密に区分することで、複雑なオルガネラネットワークを形成している。宿主細胞内でのみ増殖可能なウイルスにとって、これらの膜構造は克服すべき重要な障壁である。さらに、細胞は侵入したウイルスを検知し排除する多様な防御機構を備えており、ウイルスはそれらの障壁を乗り越えるために、細胞の構造や機能の再構築を誘導し、自らの増殖に適した環境を形成する必要がある。
ヘルペスウイルスは、我々にとって最も身近な病原体の一つであり、脳炎をはじめとする多様な疾患を引き起こす医学的に重要なウイルス群である。これらのウイルスは、核内でゲノムDNAを複製し、細胞質で粒子形成を完了するエンベロープウイルスであり、その複雑な感染環を成立させるために、多くの宿主由来の障壁を克服しなければならない。核内で複製されたゲノムはカプシドに取り込まれるが、そのサイズは核膜孔のポアサイズを超えているため、カプシドは「小胞媒介性」によって核外へ輸送される。この過程では、カプシドが一度核内膜をエンベロープとして獲得し、核内外膜間に小胞を形成する。この小胞が核外膜と融合することで、核膜を破綻させることなく、カプシドは細胞質へと移行する。細胞質では、カプシドが細胞質小胞由来の膜を新たなエンベロープとして獲得し、完成したウイルス粒子が細胞外へと放出される。
一方、感染細胞では、抗ウイルス機構に関与する多くの因子が局在を変化させ、時に分解されるなど、階層的な細胞内構造の再構築が進行する。これらの過程には、細胞内オルガネラや小胞輸送系の再編成が深く関与している。
ヘルペスウイルスは、生体内に長期にわたり潜伏し、持続的に病態を引き起こす可能性がある。細胞を破綻させることなく維持しつつ、抗ウイルス機構から逃れ続ける必要があるが、こうした細胞再構築の分子機構には未解明の点が多い。本発表では、感染環における細胞再構築機構の多様性と共通性に着目して進めてきた研究成果を、病態発現との関連とあわせて紹介したい。
ヘルペスウイルスが誘導する細胞の再構築
学友会セミナー
開催情報
開催日時 | 2025 年 8 月 8 日(金)16:00 ~ 17:00 |
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開催場所 | 1号館講堂 |
講師 | 有井 潤 |
所属・職名 | 神戸大学大学院医学研究科附属感染症センター・准教授 |
演題 | ヘルペスウイルスが誘導する細胞の再構築 |
世話人 | 〇主たる世話人:川口 寧(ウイルス病態制御分野) 世話人:河岡 義裕(ウイルス感染部門) |