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MAPキナーゼ経路の活性制御機構と疾患におけるその破綻

学友会セミナー

学友会セミナー:2011年07月20日

開催日時: 2011年07月20日 17:00-18:30
開催場所: 東京大学医科学研究所 2号館 2階 大講義室
講師: 武川 睦寛 先生
所属: 名古屋大学環境医学研究所 分子シグナル制御分野
演題: MAPキナーゼ経路の活性制御機構と疾患におけるその破綻
概要:

ヒト細胞内には、主に細胞増殖に作用するERK経路と、様々なストレス刺激に応答してアポトーシス誘導に寄与するストレス応答MAPK(p38及びJNK)経路という複数のMAPKカスケードが存在する。細胞運命を決定して生体の恒常性維持を担うこれらMAPK経路の異常が、癌や自己免疫疾患などの発症に密接に関与することが示されている。従って、MAPK経路の活性制御機構や疾患における制御異常の解明は、癌を始めとする難治性疾患の病因・病態の理解と、その克服の観点からも重要であると考えられる。
 私たちはこれまでに、ストレス応答経路の主要なヒトMAPKKKであるMTK1を単離し、DNA損傷などのストレスによって活性化されたMTK1が、p38/JNK経路を介してアポトーシスを誘導することを示してきた。我々は最近、MTK1と複合体を形成する蛋白質分子の解析から、MTK1の活性化に必要な新規分子RACK1を同定した。さらに、低酸素などの特定の刺激によって細胞内に「ストレス顆粒」と呼ばれる構造体が形成されると、RACK1が顆粒内に取り込まれてその機能が阻害され、MTK1-p38/JNK経路が失活して、アポトーシスが抑制されることを見出した。即ちストレス顆粒は、RACK1等のシグナル伝達分子と相互作用することで、細胞死誘導を負に制御するストレス応答シグナル制御複合体としての機能を持つと考えられる。また我々は、この様なストレス顆粒形成によるp38/JNK経路の不活化と細胞死抑制が、固形癌を治療する上で問題となっている腫瘍内部低酸素環境下での癌細胞の抗癌剤抵抗性獲得の一因となることを示した。
 一方で私達は、ERK経路の制御機構に関しても研究を展開し、この経路のMAPKKであるMEKが細胞内でユビキチン様分子SUMOによって翻訳後修飾されること、さらにその結果、MEKとERKの分子間結合が阻害されて、ERKの活性化が抑制されることを明らかにした。SUMO化されないMEK変異体を発現する細胞では、増殖因子刺激によるERK経路の活性化が増強して、増殖能が亢進することから、MEKのSUMO化は、ERK経路の過剰な活性化を防ぎ、増殖シグナルの適切な制御に重要な役割を果たしていると考えられる。これを裏付ける様に我々は、癌遺伝子RasがMEKのSUMO化を阻害することを見出し、実際にRasに変異を有する様々なヒト癌細胞においてMEKのSUMO化が消失していることを確認した。また反対に、MEKのSUMO化を強制的に亢進させるとRasの癌化活性が有意に抑制された。以上の結果から癌遺伝子Rasは、Rafを活性化すると同時に、MEKのSUMO化修飾による不活性化を阻止するという二重の機構によってERK経路を強く、そして効率よく活性化し、発癌を導くことが明らかとなった。本セミナーでは、MAPK経路の活性制御メカニズムとその破綻がもたらす疾患発症機構に関する我々の研究成果を紹介したい。

世話人: ○井上 純一郎(分子発癌分野 教授)
 村上 善則(人癌病因遺伝子分野 教授)