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研究活動

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H30年度の業績のトピック
北村班員のクローン性造血マウスモデルの樹立および解析に関する論文がJournal of Experimental Medicineに掲載されました。

 東大医科学研究所先端医療研究センター細胞療法分野/幹細胞治療センター幹細胞シグナル制御分野の北村俊雄のグループは米国メモリアルスローンケタリング癌研究所のOmar Abdel-Wahab博士との共同研究で変異型ASXL1(ASXL1-MT)のノックインマウスの解析を行った。
 エピジェネティクス関連分子ASXL1の変異は種々のミエロイド系造血器腫瘍の15~20%程度に認められ、単独の予後不良遺伝子である。一方、65歳以上の健常高齢者の10%に遺伝子異常を伴うクローン性造血が存在し、これらの人が白血病などの造血器腫瘍を発症する確率は正常の人に比べて10倍以上高いことが知られている。一方、クローン性造血を有する人では心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病の発症率が高いことが報告され注目されている。さらに治療後のがん患者の20~25%にクローン性造血が存在し、クローン性造血を有する患者では再発率が高く予後が悪いことも注目を集めている。クローン性造血で認められる遺伝子変異上位3つはDNMT3a、TET2、ASXL1といずれもエピジェネティクス関連分子である。
 そこで、我々はASXL1-MTをRosa26遺伝子座に挿入しVav-creマウスと掛け合わせることによって、造血細胞だけでASXL1-MTが発現するマウスを樹立した。骨髄細胞を用いたFACS解析、コロニーアッセイ、競合的移植実験の結果から、ASXL1-MT-KIマウスでは造血幹細胞の量的・質的な異常を認めた。長期経過観察の結果、赤血球数の減少を伴う軽度の貧血と血小板数の顕著な増加を認めたが、造血器腫瘍を発症するマウスは認められなかった。一方で、変異型RUNX1MLL-AF9キメラ遺伝子、複製可能白血病レトロウイルスによる挿入変異はASXL1-MT-KIマウスのAML発症を誘導した。この結果はASXL1-MT-KIマウスが前がん状態であることを示している。老齢のASXL1-MT-KIマウスでは機能低下を伴う造血幹細胞が増加していることも明らかにした。
 ASXL1-MT-KIマウスのヒストン修飾を調べたところ、既報のようにHoxa locusにおけるH3K27me3の特異的な減少は認められたが、H3K27me3のグローバルな変化は認められなかった。H3K4me3やH2AK119Ubはグローバルな低下を認め、赤血球分化に関与するId2やTjp1などの遺伝子ではH3K4me3が低下し発現が低下していた。以上の結果から、ASXL1-MT-KIマウスはASXL1変異体によるH3K4me3を中心とするエピゲノム異常を反映したクローン性造血のマウスモデルとして有用であると考えられる。

Nagase, R.*, Inoue, D.*, Pastre, A., Fujino, T., Hou, H-A, Yamasaki,N., Goyama, S., Saika, M., Kanai, A., Sera, Y., Horikawa, S., Ota, Y., Asada, S., Hayashi, Y., Kawabata, K.C., Takeda, R., Tien, H.F., Honda, H., *Abdel-Wahab, O. and *Kitamura T. Expression of mutant Asxl1 perturbs hematopoiesis and promotes susceptibility to leukemic transformation. J. Exp. Med. 215: 1729-1747, 2018.

平尾班員の高脂肪食によるストレスと造血幹細胞制御に関する研究がCell Stem Cell誌に掲載されました。

 金沢大学がん進展制御研究所の田所優子助教と平尾敦教授の研究グループは、高脂肪食摂取によって引き起こされる造血幹細胞の機能低下や白血病化を防ぐ仕組みがあることを発見しました。これまでの疫学的研究から、肥満と白血病との因果関係が考えられてきましたが、実際、脂肪の摂り過ぎなど肥満を引き起こす食習慣が白血病の原因になるのかどうかについて不明でした。
 研究グループは、造血幹細胞において様々なストレスに応答するSpred1に着目して研究を行ってきました。造血幹細胞におけるSpred1の役割を調べるためにSpred1欠損マウスの造血幹細胞を解析したところ、Spred1欠損造血幹細胞は加齢や細菌感染に対して抵抗性を示すものの、高脂肪食摂取に対しては造血幹細胞の機能低下と白血病化を引き起こすことが明らかとなりました。この結果は、Spred1は高脂肪食摂取によるストレスに対して特異的に、造血幹細胞を維持するために必須であることを示しています。またこの血液異常は、腸内細菌の除去によって回避されたことから、高脂肪食摂取による腸内細菌叢の変化が関与していることが明らかとなりました。
 今回の発見は、食餌による腸内でのイベントが遠く離れた造血幹細胞に影響を及ぼしていることを示しており、幹細胞制御の理解に新たな視点を与えます。またSpred1調節機構の解明は、加齢に伴う造血機能低下や白血病発症メカニズムの理解、新規の予防法・治療法の開発につながることが期待されます。

Tadokoro Y, Hoshii T, Yamazaki S, Eto K, Ema H, Kobayashi M, Ueno M, Ohta K, Arai Y, Hara E, Harada K, Oshima M, Oshima H, Arai F, Yoshimura A, Nakauchi H, Hirao A. Spred1 safeguards hematopoietic homeostasis against diet-induced systemic stress. Cell Stem Cell, 22, 713-725.e8, 2018. DOI: https://doi.org/10.1016/j.stem.2018.04.002

https://www.cell.com/cell-stem-cell/fulltext/S1934-5909(18)30164-4
川上班員の皮膚再生に関する研究がDevelopmentに掲載されました。

 今回、本領域公募班代表者の川上班員のグループは、細胞系譜の解析により,皮膚が再生・維持される仕組みを明らかにしました。哺乳類では,大きな損傷を受けると瘢痕を形成しますが,ゼブラフィッシュなどの魚類では、鰭(ひれ)の大部分を失っても,正常な皮膚を再形成できます。これまで,どのような過程を経て皮膚が完全に再生されるのか不明でした。
 川上グループは,ゼブラフィッシュの完全な組織再生の過程を解析した結果,幹細胞への脱分化などの特殊なプロセスによるのではなく,幹細胞や表層の細胞がそれぞれ増殖して皮膚を再生し,さらに,皮膚の広範囲で細胞増殖が活性化して細胞を供給することで,新たな皮膚がダイナミックに再構成される(若返る)ことが判明しました。
 今回の発見は,幹細胞の複製や活性化が,完全な皮膚再生へのカギであることを示しており,皮膚の老化メカニズムの解明,哺乳類での瘢痕のない皮膚の完全再生の実現,さらに皮膚の若返りへの可能性を示唆しています。

Shibata,E., Ando, K., Murase, E. and Kawakami, A. Heterogeneous fates and dynamic rearrangement of wound epidermis-derived cells during zebrafish fin regeneration. Development 145: dev162016. 2018.

https://doi.org/10.1242/dev.162016