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ヒト組織ヴァイローム(ウイルス叢)の網羅的描出
-健常人の体内における"隠れた"ウイルス感染の様相-

ヒト組織ヴァイローム(ウイルス叢)の網羅的描出
-健常人の体内における"隠れた"ウイルス感染の様相-

BMC Biorogy(2020年6月4日オンライン版) DOI番号:10.1186/s12915-020-00785-5
熊田 隆一, 伊東 潤平, 高橋健太, 鈴木忠樹, 佐藤 佳*
A tissue level atlas of the healthy human virome.
https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-020-00785-5


東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授らは、大規模な遺伝子発現データの解析により健常なヒト体内に存在するヴァイローム(ウイルス叢)(※1)の様相を網羅的に解明しました。

ヴァイローム(ウイルス叢)とは、ヒト体内に存在するウイルスの総体のことであり、病気を発症していない健常人においても、ヘルペスウイルスをはじめとしたさまざまなウイルスが、さまざまな組織に、病状を示すことなく感染していると考えられています。これまでのウイルス学の研究においては、病気を引き起こすウイルスについて、病気を発症した感染患者に対する解析が中心であったため、健常人において、どのようなウイルスが、体内のどこに、どの程度(不顕性)感染しているのかについては未解明でした。

本研究では、米国のゲノムプロジェクトであるGenotype-Tissue Expression(GTEx)プロジェクト(※2)の提供する、547人の51種類の組織から取得された、計8,991サンプルのRNAシーケンスデータ(※3)を対象に大規模なメタゲノム解析(※4)を行いました。米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information)に登録された5,561種類の脊椎動物および無脊椎動物に感染するウイルスゲノム情報を用いて、対象サンプル中に含まれるさまざまなウイルスに由来すると考えられる配列を網羅的に検出し、定量化しました。その結果、健常人のさまざまな組織において、さまざまなウイルスが感染していることを見出しました。

さらに、ウイルスの有無とヒトの遺伝子発現情報とを比較することで、いくつかのウイルスのウイルス陽性の検体・組織において、ウイルス感染に対する免疫応答因子であるインターフェロンを含む自然免疫応答や、免疫細胞の一種であるB細胞の活性化が誘導されていることを見出しました。加えて本研究において、ヒトヘルペスウイルス7型(HHV-7)が胃に常在していること、および、胃におけるHHV-7の有無がヒトの遺伝子発現状態と強く関連していること、加えて、HHV-7が胃の何らかの生理的機能に影響を与えている可能性が明らかになりました。

本研究結果は、ヒト体内に存在するウイルスが、ヒトの免疫状態や生理的機能に関与していることを強く示唆するものです。本研究成果は、2020年6月4日英国科学雑誌「BMC Biology」のオンライン版に公開されました。

(※1)ヴァイローム (virome)
ある領域に存在するウイルスの総体のこと。ウイルス叢とも言い、近年活発に研究が進められているマイクロバイオーム(微生物叢)の一部です。本研究では、ヒトの体内に組織特異的に存在するヒト組織ヴァイロームに着目しました。
(※2)Genotype-Tissue Expression(GTEx)プロジェクト
ヒトの組織特異的な遺伝子発現と遺伝子制御、および、それらに関連するゲノムの変異を調べるための大規模なデータセットを提供する米国のゲノムプロジェクトのことです。
(※3)RNAシーケンスデータ 
サンプル中に存在するRNAの配列情報。主に、遺伝子発現(転写産物)を定量化する用途で取得される。トランスクリプトームとも呼ばれます。
(※4)メタゲノム解析
サンプル中に存在するゲノムDNAを網羅的に解析する手法のこと。主に、サンプル中に含まれる、微生物群集を調べるために用いられます。

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