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造血微小環境を標的とする革新的造血再生法を開発 ――骨髄微小環境の再生を促進する分子機構の同定と新規化合物による治療――

発表のポイント
  • 骨髄の血管内皮細胞および間葉系ストローマ細胞(MSC)において、Hippo経路下流の転写共役因子YAP/TAZが造血障害時に活性化し、骨髄微小環境の構造と機能を回復させることを明らかにしました。
  • YAP/TAZを活性化させる新規薬剤を開発し生体で投与することで骨髄造血環境(ニッチ)の回復が促進され、造血障害後の造血機能の回復が促進できることを証明しました。
  • 本研究は骨髄ニッチを標的とした新機序の造血回復治療の開発につながることが期待されます。
    新規YAP/TAZ活性化剤による骨髄ニッチの回復と造血再生

 概要

東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野の岩間厚志教授と上村駿特任研究員、米国セントジュード小児研究病院の山下真幸Assistant professor(研究当時:同大学同研究所同分野助教)らの研究グループおよび日産化学株式会社は、骨髄の造血細胞を支持する骨髄微小環境(骨髄ニッチ)(注1)の回復を制御する新たな分子機構を明らかにしました。

造血障害時にHippo経路(注2)下流の転写共役因子であるYAP/TAZ(注3)が、血管内皮細胞(注4)および間葉系ストローマ細胞(MSC)(注5)において活性化し、損傷した骨髄微小環境の構造と機能の回復を促進することを見出しました。さらに、YAP/TAZを薬理学的に活性化する新規化合物を開発し、マウスに投与することで骨髄微小環境の再生が促進され、放射線照射や抗がん剤、造血幹細胞移植における造血回復が大きく改善されることを示しました。 

これまで、顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF)(注6) 製剤など造血細胞を標的として白血球の回復を促す治療薬は存在していましたが、骨髄ニッチそのものを標的とする治療は確立されていませんでした。本研究成果は、白血球の回復に加えて、貧血や血小板減少の改善も可能とする新たな造血再生治療の開発につながることが期待されます。

本研究成果は2026年6月22日付で、米国血液学会が発行する血液学専門誌「Blood」オンライン版に掲載されました。


 発表内容

造血細胞は骨髄ニッチと呼ばれる骨髄内の類洞血管(注7)や間葉系ストローマ細胞(MSC)などからなる特殊な微小環境の中で維持されています。臨床現場で行われる抗がん化学療法や放射線治療、造血幹細胞移植などの処置の後には骨髄の造血細胞が破壊され血球が減少し、貧血、血小板減少、白血球減少が進行します。一方で同時に骨髄ニッチを構成する血管内皮細胞やMSCも傷害されます。この傷害されたニッチ細胞は造血を支持する能力を失い造血再生が遅延する一因となります。

YAP/TAZはHippo経路下流のLATSキナーゼにより抑制的に制御される転写共役因子で、これまで肝臓、腸管、心筋などの臓器において組織傷害後の再生に寄与することがわかっていました。しかし骨髄ニッチおよび造血障害時における骨髄での機能は明らかになっていませんでした。そこで本研究グループは、YAP/TAZの機能を細胞種特異的に欠損させた複数の遺伝子改変マウスを作製し、定常状態および造血障害後における役割を詳細に解析しました。その結果、YAP/TAZは造血細胞自身には必須ではない一方で、MSCおよび血管内皮細胞などの骨髄ニッチの維持・障害からの回復に不可欠であることを明らかにしました。特に造血障害後にはYAP/TAZが速やかに活性化され、MSCの未分化性の維持と造血支持機能の保持に寄与し、YAP/TAZを欠損するとMSCの骨芽細胞や線維芽細胞への異常分化が促進されることが分かりました(図1)。また、CXCL12などの造血細胞制御因子や血管制御関連因子の発現を制御することでニッチ機能の回復を支えていることが判りました(図1)。一方、血管内皮細胞ではYAP/TAZは骨髄内の血管構造の維持や損傷後の再構築に関与しており、MSCとの相互作用を介してニッチ全体の再生を協調的に制御していることが示唆されました。このように、YAP/TAZは異なるニッチ細胞においてそれぞれに特異的な機能を発揮しながら、骨髄環境の回復を統合的に制御する中核的制御因子として機能していることが明らかになりました。
図1: YAP/TAZの間葉系ストローマ細胞(MSC)における多面的な機能
(A) 放射線照射後にMSC特異的YAP/TAZ欠損マウスでは骨髄の骨硬化と線維化をきたす
(B) YAP/TAZは MSCの未分化性に関与する転写因子、造血支持因子、血管制御因子などの発現を制御する

さらに本研究では、YAP/TAZの上流でそれらを抑制するLATSキナーゼに着目し、その活性を阻害する新規低分子化合物(GA-003)(注8)を日産化学株式会社と共同で開発しました。この化合物を用いて放射線照射後のマウスに投与し骨髄ニッチ細胞のYAP/TAZを薬理学的に活性化したところ、骨髄ニッチの障害からの回復が促進され、血管の修復やMSC機能の回復が著明に促進されました (図2)。その結果、造血細胞の回復が改善し、白血球・赤血球・血小板を含む造血全体の回復が促進されました(図2)。これらの効果は、放射線照射モデルに加えて、抗がん剤投与モデルおよび造血幹細胞移植モデル、ヒト造血幹前駆細胞を用いた移植モデルにおいても一貫して確認されました。
図2:新規化合物GA-003の造血回復と骨髄ニッチ構造への効果
(A) 新規YAP/TAZ活性化剤 (LATS阻害剤、GA-003)を放射線照射後のマウスに8日間投与する。
(B) 放射線照射後には白血球、ヘモグロビン、血小板数が減少し3–4週間かけて回復するが(対照群)、GA-003投与群ではそれらの回復が促進される。
(C) 放射線照射後には骨髄細胞や造血幹前駆細胞が傷害を受け減少しその後徐々に回復するが、GA-003投与群では速やかに回復する。
(D) 放射線照射後には骨髄血管が拡張し構造が破綻する(対照群)が、GA-003投与した骨髄では血管構造の回復が著明に促進する。

以上の結果から、YAP/TAZを介した骨髄ニッチの再生機構が、造血回復の鍵を握ることが明らかになりました。また、LATS阻害によるYAP/TAZの活性化は、骨髄ニッチを標的とした新たな治療戦略として有望であり、造血抑制を伴う治療や造血幹細胞移植後の回復を促進する革新的なアプローチとなる可能性があります。さらに、本薬剤は造血抑制に伴う有害事象の軽減に寄与し、治療の安全性向上につながる支持療法の開発に資することが期待されます。

なお、本研究は、東京大学医科学研究所における動物実験委員会の審査を受け、東京大学
が定めた動物実験実施規則等(承認番号: A2025IMS027-02, A2025IMS037-01, A2025IMS028-02)に則り実施されました。


 発表者・研究者等情報

東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 幹細胞分子医学分野
 岩間 厚志 教授
 上村 駿 特任研究員(日本学術振興会特別研究員 - PD)

米国セントジュード小児研究病院 Hematology部門
 山下 真幸 Assistant Professor
  研究当時:同研究所 同センター 同分野 助教

日産化学株式会社
 西野泰斗
 


 論文情報

雑誌名:Blood
題 名:Niche-targeted therapy via YAP/TAZ activation enhances hematopoietic regeneration
著者名:Shun Uemura, Masayuki Yamashita, Takako Yokomizo-Nakano, Ayako Aihara, Takumi Iwawaki, Shuhei Koide, Yaeko Nakajima-Takagi, Motohiko Oshima, Yoshiki Omatsu, Yuki Matsumoto, Yoshiaki Kubota, Bahityar Rahmutulla, Atsushi Kaneda, Miki Nishio, Akira Suzuki, Takashi Nagasawa, Kenta Kagaya, Taito Nishino*, Atsushi Iwama*(*責任著者)  
DOI: 10.1182/blood.2025030831 
URL: https://doi.org/10.1182/blood.2025030831


 研究助成

本研究は、上村駿特任研究員に対する日本学術振興会(JSPS)「若手研究(課題番号:24K19218、26K19437)」、「特別研究員奨励費(課題番号:24KJ0053)」、「研究スタート支援(課題番号:23K19622)」、岩間厚志教授に対するJSPS「基盤研究(S)(課題番号:19H05653、24H00066)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:19H05746)」、日本医療研究開発機構(AMED)「ムーンショット型研究開発等事業(炎症誘発細胞除去による 100 歳を目指した健康寿命延伸医療の実現)」、「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス)」などの助成金の支援により実施されました。


 用語解説

(注1)骨髄ニッチ
骨髄において造血細胞の維持や分化を支える微小環境。血管内皮細胞や間葉系ストローマ細胞(MSC)などの細胞成分に加え、サイトカインやケモカイン、細胞外マトリックスなどの非細胞成分によって構成される。これらが相互に作用することで、造血細胞の機能が厳密に制御されている。

(注2)Hippo経路
ショウジョウバエから哺乳類まで進化的に保存されたシグナル伝達経路であり、細胞外シグナルや細胞密度、力学的刺激などに応答して細胞増殖や組織恒常性の制御に関与する。主にMST1/2およびLATS1/2キナーゼからなるカスケードにより構成され、下流因子であるYAP/TAZのリン酸化状態を制御することで、その核移行および転写活性を調節する。これにより、器官サイズの制御や組織再生、幹細胞機能の維持などに重要な役割を果たす。

(注3)YAP/TAZ
Hippo経路の下流で機能する転写共役因子。経路の活性状態に応じてリン酸化を受け、細胞内局在や活性が制御される。Hippo経路が不活性な条件では核内へ移行し、主にTEAD転写因子と結合して標的遺伝子の発現を誘導する。これにより、細胞増殖や生存、細胞外環境への応答などを調節する。

(注4)血管内皮細胞
血管の内腔を一層に覆う細胞であり、血液と組織との間のバリア機能を担うとともに、血流調節や物質輸送、炎症応答などに関与する。骨髄においては、造血幹細胞の維持や分化を制御する因子を供給し、骨髄ニッチの重要な構成要素として機能する。

(注5)間葉系ストローマ細胞(MSC)
骨髄などに存在する多能性を有する支持細胞であり、骨、軟骨、脂肪細胞などへ分化する能力を持つ。造血微小環境においては、サイトカインや細胞外マトリックスの産生を通じて造血幹前駆細胞の維持・分化を支持し、骨髄ニッチの構造と機能の維持に寄与する。

(注6)顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF)
顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte Colony-Stimulating Factor)の略で、白血球の一種である好中球の産生や分化を促進するサイトカイン。主に骨髄に作用して造血前駆細胞から好中球への分化・増殖を促し、血中の白血球数を増加させる働きを持つ。臨床では、抗がん剤治療や造血幹細胞移植後などに生じる好中球減少を緩和し、感染リスクを低減する目的で広く使用されている。また、造血幹細胞を骨髄から血中へ動員する作用を利用し、造血幹細胞移植に際しては主にドナーに投与して幹細胞を採取する目的でも用いられる。

(注7)類洞血管
骨髄造血組織に張り巡らされた、径が太く拡張した毛細血管。有窓性の内皮細胞を中心に構成され、上流の動脈に比べ低圧の血管系。この血管は、成熟した血球が骨髄から血液中へ出入りする通り道であり、間葉系ストローマ細胞や造血幹細胞が接着して存在し,造血幹細胞のニッチとして機能する。

(注8)GA-003
日産化学株式会社と共同で開発した新規化合物。Hippo経路の因子であるLATSキナーゼを特異的に阻害することで、YAP/TAZの活性化を強力に誘導する。試験管内のみならず生体内においても効果を発揮することが確認されている。


 問合せ先

〈研究内容について〉
東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 幹細胞分子医学分野
教授 岩間 厚志 (いわま あつし) 
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html

<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
 

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