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概要
東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野の岩間厚志教授、米国セントジュード小児研究病院の山下真幸Assistant Member(研究当時:同大学同研究所同分野助教)、山田裕太博士研究員(研究当時:同大学大学院医学系研究科病因・病理学専攻博士課程)らの研究グループは、国立国際医療研究所造血システム研究部の田久保圭誉部長および東邦大学生化学講座の中野裕康教授らの研究グループとともに、加齢造血幹細胞における機能低下の分子基盤として、ネクロプトーシス(注1)実行因子MLKL(注2)の新たな役割を明らかにしました。造血幹細胞は加齢に伴い自己複製能およびリンパ球系分化能が低下し、ミトコンドリア機能障害を有する細胞が蓄積するとされています。しかし、その分子機構は十分に解明されていませんでした。本研究では、炎症や複製ストレスなど複数の加齢関連ストレスに加え、個体加齢そのものにおいてもMLKL経路が活性化し、活性化したMLKLは造血幹細胞においては細胞死を引き起こすのではなく、自己複製能およびリンパ球系分化能の低下をもたらすことを明らかにしました。さらに、活性化したMLKLはミトコンドリアの形態異常に加え、膜電位の低下やATP産生および解糖活性の低下を引き起こすことを示しました。
本研究成果は2026年4月6日付で、英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
発表内容
造血幹細胞は生涯にわたり血液細胞を供給し続けますが、個体の加齢に伴い自己複製能やリンパ球系分化能が低下し、機能の低下した幹細胞が骨髄に蓄積することが知られています。また、炎症や複製ストレスといったさまざまな刺激も造血幹細胞の機能を低下させることが報告されています。しかし、これらの現象を結びつける共通の分子機構は明らかではありませんでした。近年、ネクロプトーシスの実行因子であるMLKLが造血幹細胞において炎症や加齢に伴い活性化する可能性が示唆されていました。一方で、加齢に伴い機能の低下した造血幹細胞は死滅するのではなく、生存したまま蓄積することが知られています。そこで我々は、MLKLが細胞死とは独立して造血幹細胞の機能低下を媒介している可能性に着目しました。まず、MLKLが活性化するとFRETシグナル(注3)が上昇するセンサーを全身の細胞で発現するSMART-Tgマウス(注4)を用いて解析を行い、さまざまな炎症刺激により造血幹細胞でMLKLが活性化することを確認しました(図1A)。しかし、炎症刺激後における造血幹細胞の細胞死を野生型マウスとMLKL欠損マウスとの間で比較したところ、細胞死の頻度に差は見られず、MLKL依存的な細胞死は認められませんでした (図1B)。一方で、炎症刺激後にMLKL欠損マウスから採取した造血幹細胞では、炎症刺激後に認められる生着能およびリンパ球系分化能の低下が有意に緩和されていました(図1C)。同様の結果は、複製ストレスを介して造血幹細胞の老化を実験的に誘導するモデルとして知られる抗がん剤5-フルオロウラシル(5-FU)の反復投与や連続移植といった条件下でも認められたことから、MLKLは炎症や複製ストレスといった老化に関連するストレスに応じて造血幹細胞で活性化し、細胞死非依存的にその機能を低下させることが明らかになりました。
(A)SMART-Tgマウスを用いた造血幹細胞におけるMLKL活性化の評価。炎症刺激によりMLKLが活性化した造血幹細胞の割合が増加した。(B)炎症刺激前後でのMLKL欠損造血幹細胞における細胞死の割合。炎症刺激後の造血幹細胞ではMLKL依存的な細胞死は認められなかった。(C)造血幹細胞移植によるMLKL欠損造血幹細胞の機能評価。MLKL欠損造血幹細胞では炎症刺激後の生着能及びリンパ球系分化能の低下が有意に緩和されていた。
以上の結果を受け、実際に加齢したマウス造血幹細胞におけるMLKLの関与を検証しました。18ヶ月齢まで加齢させた野生型およびMLKL欠損マウスの造血を比較したところ、加齢個体で認められるリンパ球産生の低下はMLKL欠損により有意に緩和され、老化の指標でDNA損傷マーカーとしても知られるγH2AXの蓄積も加齢MLKL欠損マウスより採取した造血幹細胞では有意に軽減していました。加えて、加齢個体から採取した造血幹細胞を用いて別個体に移植したところ、老化した造血幹細胞の特徴である自己複製能およびリンパ球系分化能の低下は、部分的ではあるもののMLKL欠損により有意に改善しました(図2)。以上の結果から、MLKLは加齢に伴う造血幹細胞の機能低下の少なくとも一部を媒介することが示されました。
造血幹細胞移植によるMLKL欠損加齢造血幹細胞の機能評価。MLKL欠損マウスでは加齢による自己複製能(左)及びリンパ球系分化能の低下(右)が有意に緩和されていた。
続いて、活性化したMLKLが造血幹細胞の機能を低下させるメカニズムを検証しました。電子顕微鏡では、野生型造血幹細胞において加齢に伴うミトコンドリア形態の変化が認められましたが、MLKLを欠損した加齢造血幹細胞では若齢に近い形態が保たれていました(図3A)。そこで、これらの造血幹細胞におけるミトコンドリア機能を評価したところ、加齢に伴う膜電位やATP産生、解糖活性の低下がMLKL欠損では抑制されていました(図3B,C)。実際、活性化MLKLが加齢造血幹細胞のミトコンドリアに局在している様子が免疫電子顕微鏡解析(注5) および近接ライゲーション法(proximity ligation assay: PLA; 注6)により確認され(図3D,E)、単離したミトコンドリアと活性型リコンビナントMLKLタンパク質を試験管内で反応させるとミトコンドリア膜電位が低下することから、造血幹細胞においてもMLKLがミトコンドリアを直接障害して機能低下を引き起こす可能性が示唆されました。
(A)造血幹細胞の透過型電子顕微鏡像。野生型の加齢造血幹細胞では細長く膨張し、クリステ構造が不明瞭なミトコンドリアが多く見られたのに対し、MLKLを欠損した加齢造血幹細胞では丸く小さい、クリステ構造が明瞭なミトコンドリアで占められており、この点で若齢造血幹細胞と類似していた。(B)JC-1色素による造血幹細胞ミトコンドリア膜電位の評価。加齢に伴い生じるミトコンドリア膜電位の減少がMLKL欠損により緩和されていた。(C)細胞外フラックス解析による造血幹細胞のエネルギー代謝評価。MLKLを欠損した加齢造血幹細胞では、若齢造血幹細胞に類似した低酸化的リン酸化・高解糖型の代謝様式が認められた。(D)免疫電子顕微鏡解析による活性化MLKLの細胞内局在評価。加齢造血幹細胞において活性化MLKLのミトコンドリアへの局在が認められた。(E)近接ライゲーション法による活性化MLKLとミトコンドリア電子伝達系の構成分子であるCOX-IVとの共局在評価。加齢に伴いミトコンドリアに局在する活性化MLKLの量が増加していた。
以上の結果より、各種ストレスに応じて活性化MLKLがミトコンドリアに局在し、その機能を直接低下させることによって造血幹細胞の老化を媒介する可能性が示されました。本研究は、MLKLのネクロプトーシス非依存的な新たな機能を明らかにするとともに、造血幹細胞老化の新規分子機構を提示するものです。これにより、造血幹細胞の加齢に関連する疾患や、化学療法や造血幹細胞移植に伴って生じる加齢様変化の病態理解を深め、将来的な治療戦略の開発につながることが期待されます。
なお、本研究は、東京大学医科学研究所における動物実験委員会の審査を受け、東京大学が定めた動物実験実施規則等(承認番号:PA19-07)に則り実施されました。
発表者・研究者等情報
岩間 厚志 教授
米国セントジュード小児研究病院 Hematology部門
山下 真幸 Assistant Member
研究当時:同大学同研究所 同センター 同分野 助教
山田 裕太 Postdoctoral Research Associate
研究当時:同大学大学院医学系研究科病因・病理学専攻 博士課程
論文情報
雑誌名:Nature Communications(オンライン版)題 名:Non-necroptotic MLKL function damages mitochondria and promotes hematopoietic stem cell aging
著者名:Yuta Yamada, Jinjing Yang, Akiho Saiki-Tsuchiya, Yuji Watanabe, Shuhei Koide, Shin Murai, Yuriko Sorimachi, Yu Fukuda, Kenta Sumiyama, Hiroshi Sagara, Hiroyasu Nakano, Keiyo Takubo, Atsushi Iwama, and Masayuki Yamashita* (*責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-026-71060-4
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-026-71060-4
研究助成
本研究は、科研費「若手研究」(課題番号:20K17395)、「基盤B」(課題番号:22H03101, 23H02707)、「基盤A」(課題番号:24H00640)、「学術変革領域研究(B)」(課題番号:25H01435)、「 挑戦的研究(萌芽)」(課題番号:25K22629)、日本医療研究開発機構「幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム」(課題番号:JP20gm1210011)、「再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム」(課題番号:25bm1123063)、アメリカ国立衛生研究所「CCSG」(課題番号:P30CA21765)、American Lebanese Syrian Associated Charities (ALSAC)、上原記念生命科学財団、加藤記念バイオサイエンス振興財団、武田科学振興財団などの助成金支援により実施されました。
用語解説
(注1)ネクロプトーシス炎症を伴うプログラム細胞死の一形態で、通常はアポトーシス経路の一部によって抑制されている。造血幹細胞はアポトーシス抵抗性が高いことが知られており、実際にネクロプトーシスが起きることが報告されている。
(注2) MLKL
Mixed Lineage Kinase Domain-Like protein の略。ネクロプトーシスの実行分子として知られる偽キナーゼ。通常は細胞質に存在するが、リン酸化により活性化されると細胞膜へ移行して膜孔を形成し、細胞死を誘導するとともに炎症を引き起こす。
(注3) FRETシグナル
Förster Resonance Energy Transfer(蛍光共鳴エネルギー移動)の略。二つの蛍光分子が近接した際に起こるエネルギー移動を利用し、分子の構造変化や活性化状態を蛍光の変化として検出する手法。
(注4) SMART-Tgマウス
SMART (Sensor for MLKL Activation by RIPK3 based on FRET)を全身に発現するトランスジェニックマウス。RIPK3はMLKLを活性化する上流分子である。本センサーは、MLKLがRIPK3により活性化された際に生じる構造変化を蛍光シグナルの変化として検出できるよう、MLKLの一部を蛍光タンパク質で挟み込む形で設計されたものである。SMART-Tgマウスは、このセンサーを全身で発現するように作製されたトランスジェニックマウスであり、生体内でMLKL活性化を可視化できる。
(注5)免疫電子顕微鏡解析
抗体を用いて特定のタンパク質(ここではリン酸化MLKL)を標識し、その抗体に結合させた電子密度の高い粒子(金粒子など)を電子顕微鏡下で可視化することで、細胞内の超微細構造レベルでの局在を解析する手法。
(注6)近接ライゲーション法(PLA:proximity ligation assay)
相補的な核酸(プラス鎖とマイナス鎖)を結合した二種類の抗体を用いて特定のタンパク質を標識し、細胞内の局在を高感度で検出する方法。二つのタンパク質(ここではリン酸化MLKLとミトコンドリアマーカーであるCOX4)が近接して存在する場合にのみ、相補的な核酸間で増幅反応が起こり、蛍光分子が集積する。
問合せ先
〈研究内容について〉東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野
教授 岩間 厚志 (いわま あつし)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html
米国セントジュード小児研究病院 Hematology部門
Assistant Member 山下 真幸
https://www.stjude.org/research/labs/yamashita-lab.html
<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
