発表のポイント |
---|
|
発表概要
- 新型コロナウイルス感染症が流行する中、2021年夏に国際的な大規模イベントであるオリンピック・パラリンピックが東京にて開催されました。本大会では200を超える国や地域から選手・大会関係者の出入国がありました。こうした大規模イベントの実施によって、新型コロナウイルスがどのような感染拡大を辿ったのかを科学的に知ることは、今後の大規模イベント等における対策の最適化に繋がります。
- 2021年7月から8月にかけて、日本ではアルファ株から国内で出現したAY.29デルタ株に置き換わり、第五波を迎えていました。このAY.29デルタ株の動態を追ったところ、AY.29株はその後20の国や地域で確認されており、少なくとも55の独立した株が海外に流出したことが、公開された新型コロナウイルスゲノムの解析から判明しました。本大会以前に沖縄からアメリカ軍を経由して拡散した株など、明らかに本大会由来ではない伝播経路も確認された一方、本大会によるAY.29株の海外への拡散の寄与も否定することはできませんでした。
本研究は、東大医科研( 井元 清哉 教授 ヒトゲノム解析センター )と 、IBM Research (小山 尚彦 リサーチ・スタッフ・メンバー TJワトソン研究所、工藤道治 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー 東京基礎研究所)らのグループと共同で行われたものであり、学術誌「Frontiers in Microbiology」に2022年8月3日 (5:00 AM BST)に公開されました。
-
発表内容
- 【研究の背景・課題】
- 新型コロナウイルスは、世界的流行のなかでゲノム変異を繰り返し、新たな変異株の出現が私達の生活に大きな影響を与えています。一方、こうしたウイルスゲノムの変異情報は、感染経路を把握する大切な情報にもなります。東大医科研は、新型コロナウイルスの変異状況のモニタリングならびにウイルスの感染経路同定に活用できる「HGC SARS-CoV-2 Variant Browser」をIBMと共同で開発し(注3,4)、研究者・行政に向けた感染対策の支援を実施してきました。
こうした中、2021年の夏には国際的な大規模イベントであるオリンピック・パラリンピックが東京にて開催され、200を超える国や地域から選手・大会関係者の出入国がありました。こうした大規模イベントにあわせて、新型コロナウイルスがどのような感染拡大を辿ったのかを科学的に知ることは、新型コロナウイルスに限らず今後のパンデミックにおける国際的な大規模イベント等の対策の最適化に繋がります。本取り組みではゲノム変異と登録された地域・時間情報を元にAY.29デルタ株の世界への拡散を解析しました。
【今回の取り組み】 - 新型コロナウイルスによるパンデミックで2020年に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックが2021年夏に延期されました。2021年より日本国内ではアルファ株の流行が続いていましたが、本大会の開催の時期には、AY.4デルタ株に5239C>T (NSP3 Y840Y) と 5514T>C (NSP3 V932A)の二つの変異が加わった AY.29デルタ株が日本国内にて出現し、アルファ株と入れ替わる形で、第五波を迎えていました(図1A, B)。両大会期間中、大会関係者836名の感染者が報告されており(図1C)、多くは日本在住者ですが、海外からの感染者はオリンピックで174名、パラリンピックでは80名の感染者が報告されています。
海外で見つかったAY.29デルタ株は実際に海外流出したうちの一部であると考えられます。特にゲノム解析が行われていない国や地域においての感染の全体像をつかむことは出来ません。また、大会が開催されていた時期の世界のワクチン2回接種率はわずか11%であり、ホスト国の日本でさえ25%でした。205の参加国・地域のうち、ヨーロッパや北アメリカの先進国では50%の国民がワクチン接種を完了していた一方、多くのアジア、アフリカ、南アメリカなどの地域ではほとんどワクチン接種が行われていない状況でした。特に、ゲノム解析が行われていない国や地域はワクチン接種率も低い傾向にあり、AY.29デルタ株が実際に与えた影響について予測することができないことは考慮する必要があります。
東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターは、これまでに蓄積したゲノム研究やデータサイエンス研究の知見に基づき、新型コロナウイルス感染症患者のゲノム情報、ウイルスゲノム情報等を解析し、新たな治療法や感染対策に繋がる研究を進めてきました。国際的な大規模イベントである東京オリンピック・パラリンピックにおいては、本研究の取り組みと並行して、東京2020オリンピック・パラリンピック選手村の下水疫学調査の実施(注5, 注6)のゲノム解析等も担当してきました。 こうした成果を元に、引き続きコロナ禍からの社会活動の回復について感染対策を行いながら進めていくための具体的な方策の提案等を進めていきます。
発表雑誌
雑誌名:「Frontiers in Microbiology」論文タイトル:Cross-border transmissions of the Delta substrain AY.29 during Tokyo Olympic and Paralympic Games
著者:Takahiko Koyama*, Reitaro Tokumasu, Kotoe Katayama, Ayumu Saito, Michiharu Kudo and Seiya Imoto
*責任著者
DOI: 10.3389/fmicb.2022.883849
URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2022.883849
-
問い合わせ先
東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター
センター長・教授 井元 清哉(いもと せいや)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/hgclink/index.html
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
-
用語解説・参考文献
(注2) NCBI:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/sars-cov-2/
(注3) Koyama T., Platt D., Parida L. “Variant analysis of SARS-CoV-2 genomes.” Bull World Health Organ. 2020;98:495-504.
(注4) 東大医科研とIBM、COVID-19の国内感染拡大リスク軽減のため、 ウイルスゲノム変異解析・可視化を迅速に実施するシステムを開発:https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00095.html
(注5) 東京2020オリンピック・パラリンピック選手村で COVID-19の下水疫学調査を実施~下水疫学調査の社会実装と大規模集合イベントにおける感染対策の一環としての活用に期待~:https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00151.html
(注6) Kitajima M., Murakami M., Iwamoto R., Katayama H., Imoto S. “COVID-19 wastewater surveillance implemented in the Tokyo 2020 Olympic and Paralympic Village” Journal of Travel Medicine Volume 29, Issue 3, April 2022