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山梨所長就任挨拶(2019年04月01日)

 2021年 所長年頭挨拶
2022年 所長年頭挨拶


皆様、本日は御多用の中、御参集頂き誠にありがとうございます。本日、村上前所長の後任として所長職を拝命致しました山梨裕司と申します。謹んで、就任の御挨拶を申し上げます。
 

御存知の通り、本日、5月1日から始まる新たな元号が、令和と発表されました。実は、私が医科研での5年間の研究により博士号を授与され、プロの研究者としての第一歩を歩み始めた日がまさに平成元年の今日、4月1日でした。以来30年間、医科研の大きな庇護の下で研究に専念する機会を与えて頂きました。お陰をもちまして、免疫・発癌シグナル、神経筋シナプス形成シグナルやヒトのDOK7型筋無力症の発見、さらには神経筋シナプス標的治療の開発など、基礎から臨床に至る様々な研究を進めることができました。これは、医科研の、研究者個人の自由と多様性を重んじる研究環境や風土がなければ、絶対にあり得なかったことと、心から感謝しております。その私が本日から、新たな元号の下での医科研に御恩返しをする機会を与えて頂きましたことに、重ねて御礼申し上げます。
 

とりわけ、これまで医科研の発展を牽引してくださった前所長の村上先生に深く御礼申し上げます。村上先生には、この4年間は所長として、また、その前の4年間は清野所長の総務系副所長として、合わせて8年の長きにわたり、医科研の発展に御尽力頂きました。
 

振り返りますと、村上先生が所長に就任された平成27年は二つの大きな変革が始まる年でもありました。まず、学外においてはAMED、日本医療研究開発機構の設立であり、学内では五神総長の御就任でした。AMEDの設立につきましては、我が国の科学行政史に残るべき、極めて大きな制度改革でしたが、設立2年後の平成29年度には、AMEDの主な10事業のうち9事業に医科研主導の100を超える研究が採択され、各事業に必須の駆動力となりました。

一方、学内では五神新総長による予算の透明化や新たな教員採用可能数再配分制度などの改革が進められました。これに対して、医科研は継続して教授ポストの再配分を獲得しています。さらに昨年度、我が国の附置研究所の中で、生命科学系では唯一の国際共同利用・共同研究拠点に認定され、また、前身の共同利用・共同研究拠点事業の中間評価でも「S」評価を受けたことは特筆すべき成果と思います。これらの点は村上先生と前執行部の皆様が医科研の発展に尽くしてくださったが故の賜物と心より御礼申し上げます。申すまでもなく、前執行部の皆様にはこれまでの御経験を踏まえた御支援、御指導を今後とも、宜しくお願い申し上げます。
 

さて、平成27年度は私にとっても、総長補佐として東大本部の運営に携わった貴重な1年でもありました。その時、平成29年に東大が指定される「指定国立大学法人」や平成28年から始まる我が国の第5期科学技術基本計画に関する準備が、東大本部ではスピード感を持って進められていたことを思い出します。この2点につきましては、現在の医科研にとっても重要な関わりを持つ事項ですので、少しだけ御説明致します。
 

まず、「指定国立大学」としての東京大学は、その構想図にあります通り、「地球と人類社会の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』の形成」を目指します。その中心的な改革は構想図の中央に記載されております「運営から経営への転換」にあります。つまり、我が国の決して潤沢とは言えない財政状況を背景として、運営費交付金などの公的資金の範囲の中だけで、できる事だけを選ぶ「運営」から、未来ビジョンに基づく先行投資や土地、建物、株式などの評価性資産を含む独自の収入確保などに立脚した「経営」に舵を切ることです。この点では、医科研も運営費交付金や他の公的資金の獲得に加えて、民間企業との連携をさらに強化することで独自の「経営」の重みを増してゆくことが重要であると考えます。もちろん、医科研が利潤のみを追求することはあってはなりません。やはり、医科研が社会全体の発展、福祉に貢献・奉仕すべき組織であることを肝に銘じて、連携を進めてゆく必要があります。
 

さて、指定国立大学となった本学の未来ビジョンのキーワードに、第5期科学技術基本計画でも重視されるSociety 5.0があります。Society 5.0とはこれまでの狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く第5の社会として、サイバー空間と我々の住む実空間が、AI(人工知能)により融合する新たな社会を意味します。そこでは、現在の情報社会で生み出された大量かつ画一的に生産される「モノ」に「ヒト」があわせる社会はなく、個々の「ヒト」を中心に「モノ」を活用する暮らしやすい社会が構築されます。私見ですが、Society 5.0においてはビッグデータの蓄積そのものではなく、むしろ蓄積したビッグデータを全世界で共有すべき基盤的な価値として捉え、その有効な利活用を考えていくことが重要ではないかと思います。
 

さて、このSociety 5.0の具体例として医療・介護における新たな価値の創造事例が示されています。その事例では、医療現場や学術論文などから得られたビッグデータは、AIによる個人レベルの最適治療や診断、介護支援の実現など、個々人が快適に暮らすために幅広く活用されます。この点では、生命科学に特化した国内最大の演算性能をもつスーパーコンピューター(SHIROKANE)と病院の両者を有する医科研が、基礎・橋渡し・臨床・倫理研究の成果を生かして、Society 5.0の実現に貢献すべきことは自明です。そのために、医科研では、AIを駆使してビッグデータから新たな「知」を創出するサイバー空間側の技術者と、AI医療を実践する実空間側の医療者、そして、両者をAIによって滑らかに結びつける全く新しい人材、この三者の育成を包括的に推進することで、Society 5.0が目指すAI医療の開発をリードしなければなりません。この点はぜひ、御協力頂きますようお願い申し上げます。
 

しかしながら、指定国立大学もSociety 5.0も我が国の将来を見据えた政策の一環として案出されたものであり、医科研が独自に生み出したものではありません。やはり、医科研の使命は、個々の研究者や医療者が、それぞれの知的好奇心に突き動かされて行う、世界に前例のない独創的な研究や技術開発にあります。このような魅力溢れる、それでいて極めて困難な挑戦を起点として、数学から理学、工学、農学、薬学、医学、倫理・公共政策学などの学問が「医科学」をキーワードとして互いに触発しながら発展する、医科研独自の多様性や学際性を生かすことで、基礎と臨床の融合による医科研発の発見や技術革新が数多く創出され、医科研が真に世界トップの研究所となる日が訪れるのだと思います。
 

そのためには、私は5つの課題が重要と考えます。第1に、独創的な研究、技術開発、臨床を遂行できる、優秀な人材を確保すること。第2に、そのような優秀な人材が活躍できる環境を整備すること。第3に、優秀な人材の活躍に必要な資金を確保すること。第4に、医科研での研究、技術開発、臨床の発展に必要な所内外での連携を強化すること。第5に、医科研発の発見や技術革新の導出に必要な体制を強化することです。そこで、優秀な人材の確保のためには、研究者、医療者、学生、を惹きつける、先端研究、先端医療、の強化が必須と考えます。

また、そのような先端研究、先端医療を優秀な人材に知って頂くための社会への発信力強化も重要です。その上で、優秀な人材が思う存分に活躍できるように、言語、国籍、身体、信条などの多様性を障壁としない研究環境の整備と、研究、技術開発、臨床に必要な事務手続きの簡素化、効率化を進めなければなりません。
 

さらに、当然のことですが、研究、技術開発、臨床に必要な資金の確保のためには、運営費交付金や科研費、AMEDからの受託研究費などの公的資金に加えて、医科研主導の民間企業との強固な連携を基盤とする資金獲得力の強化と、病院での先端医療、高度医療を基盤とする資金獲得力の強化が必要です。
 

また、医科研における研究、技術開発、臨床をさらに発展させるためには、所内の発見や、技術革新の迅速な共有による所内連携の強化と、所外各組織との組織レベルでの連携強化が重要です。私自身も、現在2件の治療技術の開発研究を進めていますが、両者とも、医科研と所外機関との組織間連携の賜物です。さらに、医科研発の発見や技術革新を積極的に導出し、人類社会の福祉に貢献するためには、倫理、規制対応を含む、知財化や橋渡し研究、臨床試験の支援強化が重要と考えます。
 

以上の通り、医科研が次世代の生命科学をリードし、人類の福祉に貢献していくためには多くの課題を克服しなければなりません。そこで、それらの課題に共に取り組んで頂く医科研の中核メンバーを御紹介致します。


まず、部門長の皆様ですが、G0は宮野教授、G1は武川教授、G2は井上教授、G3は三宅教授、G4は北村教授、G5は山田教授と、副所長を経験された先生を含む、幅広い年齢層の、極めて高い業績を誇る皆様です。私や執行部の判断を常に厳しく検証して頂き、適切な御助言を頂けるものと確信致します。
 

さらに、医科研の臨床を担う病院につきましては、東條病院長の下、四柳副病院長、吉井看護部長、黒田薬剤部長に、近年の医療行政の改革を背景とする厳しい環境下での運営、経営をお願い致します。吉井看護部長を医学部附属病院からお迎えした新たな体制で、新専門医制度や5階病棟での新たな診療、看護、検査への対応など、研究部門と緊密に連携した改革を継続して頂けることに深く、感謝申し上げます。
 

また、医科研全体の活動を支えて頂く事務部につきましては、加藤事務部長、上原研究支援課長、竹元管理課長、福岡病院課長を中心として、医科研の運営や経営に対する支援と管理、さらには病院事務の御担当をお願い致します。竹元管理課長を国立新美術館から、また、福岡病院課長を本部財務部からお迎えした体制で、新たな取り組みを進めて頂けることに御礼申し上げます。
 

最後になりましたが、私と共に医科研の発展に尽くして頂く副所長には、総務系担当の中西教授、経理系担当の岩間教授、支援系担当の古川教授に就任頂きました。また、病院長として東條教授が、事務部長として加藤部長が留任されますので、運営会議の御経験を生かして、研究所全体の円滑な運営と経営に御尽力頂けることと思います。最高の布陣と自負しておりますので、安心して医科研の舵取りをお任せくださるようお願い申し上げます。
 

さて、以上の皆様にはそれぞれの御担当にて、医科研の運営、経営を牽引して頂きますが、もちろん、医科研の原動力は、個々の研究、技術開発、臨床やそれらの支援に関わる全ての皆様方のお力です。つきましては、皆様が、持てる力を余すところなく発揮してくださるよう、私も、全ての力を尽くすことをお約束して就任の御挨拶と致します。
 

御協力のほど、宜しく御願い申し上げます。

 

東京大学医科学研究所 所長
山梨 裕司