血管内皮増殖因子受容体1(VEGFR-1)と単球・マクロファージ細胞の増殖・分化への関与、および慢性間接リウマチにおける役割の解明
血管内皮増殖因子受容体1(VEGFR-1)と単球・マクロファージ細胞の増殖・分化への関与、および慢性間接リウマチにおける役割の解明
子(Vascular Endothelial Growth Factor: VEGF)、およびその受容体システムは、正常な個体発生、および病的血管新生に深く関わっている。これまで我々はVEGF受容体1(VEGFR1)が正常な個体の発生において必要不可欠であること、VEGFR1シグナルが癌の進展、およびMMP9を誘導して肺転移を促進すること、またVEGFR1が血管内皮細胞だけでなく、単球・マクロファージなどの炎症細胞にも発現していることを見いだしてきた。慢性関節リウマチは、増殖性滑膜炎を特徴とする全身性進行性疾患で、増殖した滑膜組織は慢性炎症細胞浸潤、血管成分に富むパンヌス(炎症性肉芽)を形成し、その結果、関節軟骨・骨の破壊を招く疾患である。ところが慢性関節炎におけるVEGFR1の機能はこれまでよく判らなかった。そこで我々はVEGFR1のチロシンキナーゼリン酸化部位を含む細胞内ドメインのみをノックアウトしたマウス(VEGFR1 TK-/-マウス)と関節炎モデルマウス(HTLV-1 pXトランスジェニックマウス, pXマウス)を交配し、慢性関節炎におけるVEGFR1シグナルの役割を検討するモデル動物を作出した。このモデル動物を用いて、増殖性炎症で主役を担う造血幹細胞・マクロファージとVEGFR1の役割を解析し、VEGFR抑制による関節炎治療の可能性を検討した。
pXマウスに比べてVEGFR1シグナルを欠損したpX VEGFR1 TK-/-マウスは、関節炎発症率、重症度だけでなく、組織学的にも滑膜過形成、炎症細胞浸潤、パンヌス形成、骨破壊において優位に減少した。これらの原因を探索したところ、VEGFR1 TK-/-マウスは野生型マウスと比較して、骨髄内の造血幹細胞の数に変化はないが、全血球系に渡ってその増殖能(CFU)が低下していた。またVEGFR1チロシンキナーゼドメインを欠損したマクロファージは、野生型のそれに比較して貪食能の低下、加えてマクロファージからのInterleukin(IL)-6分泌能、VEGF分泌能が共に低下しており、これらの分泌にVEGFR1シグナルが関与していると推測された。これらの結果から、VEGFR1シグナルは、関節炎の発症において促進的に働くことが証明された。次にpX関節炎マウス、およびタイプIIコラーゲン抗体誘発急性関節炎モデルマウスにVEGFR阻害剤を投与し、関節炎の発症が抑えられるか否か検討した。両関節炎モデル共、VEGFR阻害剤を投与した群は、非投与群に比較して、優位に関節炎の症状が抑制され、組織学的所見も軽減していた。VEGFRをブロックすることが関節炎の治療法として有効であることが確認された。
以上より、関節炎においてVEGFR1シグナルは、造血幹細胞からの増殖、関節局所への単球・マクロファージの遊走を促進し、さらに局所でのマクロファージによる抗原貪食、IL-6、VEGF分泌を促進することが示された。慢性関節リウマチの間接内増殖性病変においてVEGFR1-単球・マクロファージシステムが重要な役割を担っていることが、初めて詳細に示された。
図A. 関節炎モデルマウス 野生型マウス(Wt)は関節炎を発症しないが、関節炎モデル、HTLV-1 pXトランスジェニックマウス(pX)は、関節炎を自然発症する。HTLV-1 pXトランスジェニックマウスは当研究所、ヒト疾患モデ研究ルセンター、細胞機能研究分野、岩倉教授より供与。
図B. 関節炎におけるVEGFR1の役割 組織学的所見で、関節炎モデルマウス(pX)に比較して、VEGFR1チロシンキナーゼ部をノックアウトしたモデルマウスは、関節炎に特徴的な滑膜過形成、炎症細胞浸潤、パンヌス形成、骨・軟骨破壊などの優位な減弱が観察される。スケールバーは200um