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概要
東京大学医科学研究所 藤堂具紀 特任研究員らの研究グループは、再発または再増大したグレード4の悪性神経膠腫(あくせいしんけいこうしゅ、悪性脳腫瘍の一種)の患者を対象に、ベバシズマブ発現型がん治療用ヘルペスウイルスT-BV(ティー・ベブ)の臨床開発を進めており、このたび、安全性の評価を目的とした第I相臨床試験(注1)を開始します。T-BVの開発は、現時点では企業が関与せず、医師が自ら治験を実施する医師主導治験として行います。本治験は、東京大学医科学研究所附属病院で実施され、参加希望の患者を募集いたします。ウイルス療法は、がん細胞に感染させたウイルスが細胞内で増殖することによって直接がん細胞を破壊する治療法です。がん細胞ではよく増えて正常細胞では全く増えないように、遺伝子工学技術を用いて設計されたウイルスを用います。東京大学では、藤堂特任研究員らが単純ヘルペスウイルス1型(口唇ヘルペスのウイルス)の3つのウイルス遺伝子を人工的に改変して開発した第三世代がん治療用ヘルペスウイルス G47Δ(ジーよんじゅうななデルタ)の臨床応用を2009年より開始し、2021年に世界初の悪性神経膠腫に対するウイルス療法製品として承認されて、保険適用下で使用できるようになりました。
T-BVは、G47Δにベバシズマブ(ヒト血管内皮増殖因子を中和する抗体)の遺伝子を挿入した、G47Δの改良型です。T-BVは脳腫瘍の中でベバシズマブを出しながら増えるため、腫瘍の腫れや脳浮腫の発生を抑えることができ、抗腫瘍効果が高まると期待されます。脳腫瘍が腫れない機能を付加したウイルス療法の臨床開発は、世界で初めての試みです。
発表内容
【悪性神経膠腫について】
神経膠腫(こうしゅ)(グリオーマ)は、原発性脳腫瘍のおよそ4分の1を占める代表的な悪性脳腫瘍です。その中で最も頻度が高く、かつ最も悪性度が高いものが悪性度グレード4の悪性神経膠腫で、最近の分類では膠芽腫(IDH変異なし)とグレード4星細胞腫(IDH変異あり)を含みます。悪性神経膠腫に対しては、可及的広範囲の外科的摘出を行ったのちに放射線治療と化学療法を行う治療が標準的ですが、多くの症例で再発を来します。生存期間中央値は2年未満、5年生存率は10%未満とされており、治癒が困難ながんです。特に、初期治療後に再発・再増大した症例に対しては、有効な治療法が限られています。このため、ウイルス療法のような新たな治療法の開発が求められています。【がんのウイルス療法とは】
がんのウイルス療法とは、がん細胞のみで増えることができるウイルスを感染させ、ウイルスが直接がん細胞を破壊する治療法です。ウイルス療法では、遺伝子工学技術を用いてウイルスゲノムを「設計」して、がん細胞ではよく増えても正常細胞では全く増えないウイルスを人工的に造って臨床に応用します。がん細胞だけで増えるように工夫された遺伝子組換えウイルスは、がん細胞に感染するとすぐに増殖を開始し、その過程で感染したがん細胞を死滅させます。増殖したウイルスはさらに周囲に散らばって再びがん細胞に感染し、ウイルス増殖、細胞死、感染を繰り返してがん細胞を次々に破壊していきます。一方、正常細胞に感染した遺伝子組換えウイルスは増殖できないような仕組みを備えているため、正常組織は傷つきません(図2)。
【G47Δ(ジーよんじゅうななデルタ)とは】
G47Δは、口唇に水疱ができる口唇ヘルペスの原因ウイルスとして知られている単純ヘルペスウイルス1型の3つのウイルス遺伝子を改変して、藤堂特任研究員らが作製した世界初の第三世代のがん治療用遺伝子組換えヘルペスウイルスです。G47Δは、高い安全性と強い治療効果を同時に実現しました。また、大きな特徴として、増えたG47Δが、破壊したがん細胞とともに免疫に排除される過程で、がん細胞が免疫に非自己として認識されて、抗がん免疫が惹起されるため、G47Δを投与した部位のみならず、遠隔のがんに対しても免疫を介して治療効果が期待できます。さらに、G47Δは、がんの根治を阻むとされるがん幹細胞をも効率よく破壊することが判っています。2009年から膠芽腫の臨床試験を開始し、2015年からの第II相医師主導治験において再発膠芽腫患者の治癒例を含む著明な生存期間延長を観察して、2021年に悪性神経膠腫の治療薬として承認されました(条件及び期限付)。G47Δは日本初、脳腫瘍に対しては世界初の国産のウイルス療法製品です。G47Δの国際一般名は、teserpaturev(テセルパツレブ)、国内製品名は「デリタクト®注」です。G47Δの臨床開発の過程で、G47Δを脳腫瘍内に投与すると、ウイルスが即座に増殖して投与部位周辺の腫瘍を破壊することと、免疫反応が起きて脳腫瘍内に一気に免疫細胞が流入することが判りました(図3)。
【T-BV(ティー・ベブ)とは】
T-BVは、G47Δの基本骨格にヒト血管内皮増殖因子(VEGF)を中和する抗体であるベバシズマブの遺伝子を組み込んだG47Δの改良型です(図4)。ベバシズマブは、静脈内投与用の抗がん薬として臨床で使用されており、脳腫瘍に伴う脳浮腫を直ちに改善する薬として知られていますが、創が治らなくなるなどの副作用があるため、脳腫瘍のウイルス療法と併用することができません。T-BVは、ウイルス自体が腫瘍の中でベバシズマブを出しながら増えるため、腫瘍の腫れや脳浮腫の発生を抑えることができ、安全性と抗腫瘍効果が高まると期待されます。脳腫瘍が腫れない機能を付加したウイルス療法の臨床開発は、世界で初めての試みです。T-BVの開発は、悪性脳腫瘍に対するウイルス療法の安全性の向上と、より幅広い病態への適用につながると考えられます。
【医師主導治験】
臨床試験は、欧米ではクリニカル・トライアル(clinical trial)と一つの言葉で表されますが、日本では「治験」と「非治験の臨床試験(臨床研究)」に区別され、それぞれ異なる法令や審査ルートに従う必要があります。国から薬としての承認(製造販売承認)を受け、実臨床において患者が使えるようにするためには、医薬品医療機器総合機構を窓口とする「治験」を行って臨床データを集めなければなりません。2003年に薬事法が改正され、製薬企業等と同様に治験の準備から管理を医師自ら行うことができるようになり、これを医師主導治験といいます。医師主導治験では医師自ら治験を実施できるようになりましたが、治験実施計画書等の作成から始まり、治験計画届の提出、治験の実施、モニタリングや監査の管理、試験結果を取りまとめた総括報告書の作成など、治験のすべての業務を医師自らが実施して統括しなければならず、多大な資金と労力を必要とします。2014年の薬事法改正でできた新しい薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)では、T-BVのような抗がんウイルスの薬は、再生医療等製品に分類されます。【T-BVの臨床開発】
T-BVは、東京大学医科学研究所で開発した次世代のがん治療用ヘルペスウイルスであり、培養細胞や動物を用いた安全性や有効性の試験はもとより、治験に用いる製剤の製造も東京大学医科学研究所内の施設で研究チームが自ら行っています。今回の臨床試験はT-BVを世界で初めてヒトに投与する、いわゆるファースト・イン・ヒューマン(first-in-human)試験です。この医師主導治験は、外国で承認されていながら国内未承認の薬、あるいは適応拡大を目指した医薬品などについて実施するものとは異なります。脳腫瘍を対象に実施されたG47Δの開発と同様、非臨床試験から治験薬製造、規制対応まで製薬企業が全く関与せずにアカデミアだけで医師主導治験の開始に至り、世界に先駆けて日本で開発を行う薬(再生医療等製品)であり、真のアカデミア発のトランスレーショナルリサーチ(注2)です。
本治験の正式名称は「悪性神経膠腫患者に対するベバシズマブ発現型抗がんヘルペスウイルス(T-BV)を用いた第I相試験」です。日本では、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)に則って、遺伝子組換えウイルスの製品開発における臨床使用には、環境大臣と厚生労働大臣による「第一種使用規程」の申請と承認が、薬機法に基づく治験計画とは別途に必要です。2025年6月17日にカルタヘナ法に基づく第一種使用規程の承認申請を行い、2025年9月19日付で承認された後、2025年10月21日に医薬品医療機器総合機構(PMDA)に治験計画届を提出し、30日調査を完了しています。
本治験は、第I相の治験デザインであり、T-BVを初めてヒトに投与して安全性を評価することを主目的としています。本治験において安全性が確認された場合には、速やかに次の段階の臨床試験に進み、有効性の検討を行うことを計画しています。T-BVは、脳腫瘍治療において、G47Δに続く国産の遺伝子組換え抗がんウイルス製品であり、より実用性を高めた抗がんウイルス製品の開発によって、我が国のウイルス療法の普及と発展を目指します。
なお、本治験は東京大学医科学研究所附属病院における治験審査委員会の承認のもと実施されます。
本治験の概要
対象疾患 :初期治療後に再増大した膠芽腫(IDH-wildtype)およびグレード4星細胞腫 (IDH-mutant)
試験デザイン:第I相。医師主導治験。単アーム。
実施施設 :東京大学医科学研究所附属病院
投与方法 :腫瘍内投与。定位的に腫瘍内にT-BV(1x109 プラーク形成単位)を投与する。
1回あたり腫瘍内の最大2カ所に分割投与。5-14日以内に2回の投与を行う。
被験者数 :6名(最大12名)
主要評価項目:安全性の評価
副次評価項目:全生存期間、無増悪生存期間、画像上の腫瘍変化
観察期間 :最終投与後90日間
治験責任医師:伊藤 博崇
試験デザイン:第I相。医師主導治験。単アーム。
実施施設 :東京大学医科学研究所附属病院
投与方法 :腫瘍内投与。定位的に腫瘍内にT-BV(1x109 プラーク形成単位)を投与する。
1回あたり腫瘍内の最大2カ所に分割投与。5-14日以内に2回の投与を行う。
被験者数 :6名(最大12名)
主要評価項目:安全性の評価
副次評価項目:全生存期間、無増悪生存期間、画像上の腫瘍変化
観察期間 :最終投与後90日間
治験責任医師:伊藤 博崇
臨床試験への参加
本治験に参加を希望される患者あるいは照会を希望される医療関係者は、次の東京大学医科学研究所附属病院脳腫瘍外科のホームページを経由してお問い合わせください。https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/glioma/research/T-BV/index.html
本治験の問い合わせフォームに記入し、「送信する」をクリックしてフォームを送信してください。問い合わせフォームの受信を確認後、治験チームよりご連絡致します。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所
附属病院 脳腫瘍外科
伊藤 博崇(いとう ひろたか)准教授
所長オフィス
藤堂 具紀(とうどう ともき)特任研究員
兼:同研究所附属病院 脳腫瘍外科
関連情報
東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/glioma/
東京大学医科学研究所附属病院 TR・治験センター
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/tr/
東京大学医科学研究所附属病院
https://www.h.ims.u-tokyo.ac.jp/
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
https://www.amed.go.jp/
一般社団法人 日本ウイルス療法学会
https://jsovt.com
研究助成
本医師主導治験は、日本医療研究開発機構(AMED)「橋渡し研究戦略的推進プログラム」(令和7(2025)年度~現在)「ベバシズマブ発現型抗がんヘルペスウイルスの臨床開発」の支援により行われます。また、T-BVの基礎開発に対する支援は、日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業(平成28(2016)~29(2017)年度)「がん細胞の不均一性に対応した治療用遺伝子組換えウイルスの開発研究」、日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業(平成31(2019)~令和3(2021)年度)「がん生物学とウイルス学の融合による抗がんウイルス創薬システムの開発」、日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究戦略的推進プログラム(令和2(2020)~5(2023))「ベバシズマブ発現型抗がんヘルペスウイルスの臨床開発」、日本学術振興会(JSPS)「特別研究奨励費」(平成27(2015)~28(2016)年度)「抗体発現型単純ヘルペスウイルスI型の新規作成と悪性脳腫瘍における治療効果の検討」を含みます。
用語解説
(注1)第I相臨床試験医薬品の開発は一般的に、安全性を調べる第I相試験、比較的少数の被験者を対象にして治療効果を検討する第II相試験、多数の被験者を対象に治療効果を検証する第III相試験の3段階で臨床試験を行います。今回の医師主導治験は第I相試験であり、T-BVを初めてヒトに投与して、安全性を評価することを主目的としています。がんを対象とする医薬品開発の場合は、一般的に、標準治療で効果が得られなかった被験者を対象に第I相試験を行います。本治験においても、標準的な初期治療ののちに再発または再増大した悪性神経膠腫患者を対象に、T-BVを投与し、安全性を評価します。本治験において安全性が確認された場合には、速やかに第II相試験を計画し、有効性の検討を進める予定です。
(注2)トランスレーショナルリサーチ
医療につながる基礎研究成果を臨床における実用化に橋渡しする開発研究を指します。知的財産権の確保、臨床に用いる製剤の製造・品質試験・安定性試験、動物を用いた安全性試験、臨床試験実施計画の作成、規制対応など、数多くのプロセスを経ます。多大な開発資金と多大の労力を必要とします。革新的医療技術がアカデミアから生まれるのが世界趨勢となっている中、G47ΔやT-BVのようながんの革新的バイオ治療製品の開発には特に長い年月(多くは発明から15年以上)がかかり、また製薬企業の早期参画が期待できないため、継続した開発資金(研究費)の獲得が課題です。
問合せ先
【治験に関するお問合せ先】東京大学医科学研究所附属病院 TR・治験センター
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/tr/
