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概要
東京大学医科学研究所分子シグナル制御分野の武川睦寛教授、森泉寿士助教(研究当時)らの研究グループは、環境ストレス刺激によって誘発される細胞死や炎症を司るタンパク質リン酸化酵素JNK(注1)が、ストレス刺激の強度に比例して線形的に活性化するのではなく、刺激強度が一定の閾値を超えた場合にのみ急峻に活性化する「スイッチ様応答」を示すことを見出し、その分子機構を解明しました。さらに、このユニークなJNK活性化パターンが、微弱なストレスに対する不要な組織損傷や炎症を抑止しており、生体が外部環境の変化に適応して恒常性を維持する上で必須であることを明らかにしました。人体を構成する細胞は、紫外線や温度変化など、その強度が連続的に変化する環境ストレス刺激(アナログ入力)に常に曝されています。一方で、このような刺激に対する細胞応答は「生か死か」という二者択一の運命決定(デジタル出力)として現れます。本研究では、このアナログ入力である環境ストレス刺激から、どのようにしてデジタル出力である細胞運命が導き出されているのかに着目し、ストレスによる細胞運命(細胞死・炎症)決定に重要なJNKシグナル伝達経路を詳細に解析しました。
その結果、無刺激状態では、JNKの上流因子であるMKK4(注2)が核と細胞質の間を緩やかに往復(シャトル)している一方で、ストレス環境下ではその速度が著しく亢進することを発見しました。さらに、このMKK4のストレス依存的な時空間動態変化そのものが、スイッチ様のJNK活性化パターンを生み出す原動力であり、アナログ入力であるストレス刺激からデジタル出力であるJNK応答を導く「アナログ-デジタル変換器」として機能していることを解明しました。実際に、MKK4の時空間動態変化を破綻させたヒト細胞やゼブラフィッシュ個体では、JNK活性がスイッチ様応答から、刺激強度に比例した線形応答に変化して、低線量の紫外線に対しても活性化するようになり、細胞死や炎症が誘発されて個体レベルでは高頻度に発生異常や奇形が生じることを確認しました。
本成果は、「環境変化に適応し、恒常性を維持する」という根源的生命現象の制御原理を明らかにしたものであり、本知見を活用することで、がんや慢性炎症性疾患など、ストレス応答の異常が関与する各種疾患の病態理解と新たな治療戦略の創出に繋がることが期待されます。
本研究成果は2026年1月8日付で、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公開されました。
発表内容
生体を構成する細胞は、常にさまざまな環境ストレス(紫外線、放射線、温度/浸透圧/pH変化、活性酸素など)に曝されています。このような物理・化学的なストレス刺激に対して、細胞が生存し得る至適条件はごく限られた範囲内であり、ある一定以上の強度を持つ(閾値を超えた)ストレスに曝された細胞は、細胞死(アポトーシス:注3)や炎症などにより排除されます(図1左)。すなわち、個々の細胞においては、その強度が連続的に変化する「signal/noise比の低いストレス刺激」(アナログ入力)から、「生きるか死ぬか」という二者択一の運命決定(デジタル出力)が導き出されています。このような、ストレス刺激から細胞応答に至る過程で生じる細胞内情報伝達の「アナログ-デジタル変換」は、生物が外部環境の変化に適応する上で必須の根源的生命機能であり、細胞運命(細胞死・炎症応答等)の制御と生体の恒常性維持に必要不可欠です。しかしながらその分子機構は不明であり、長らく未解決の問題として残されていました。環境ストレス刺激による細胞運命の制御には、JNKと呼ばれるタンパク質リン酸化酵素が重要な役割を果たしています。これまでの研究から、JNKはストレス刺激の強度に比例して線形的に活性化するのではなく、弱いストレス刺激に対しては不活性化状態のまま維持されるものの、刺激の強度が一定の閾値を超えると急激に強く活性化する「スイッチ様応答」を示すことが報告されてきました(図1左)。しかしながら、JNKのスイッチ様応答がどのような分子機構によって生み出されているのか、すなわち、アナログ入力である環境ストレス刺激からデジタル出力であるJNK活性が導き出されるメカニズムに関しては明らかにされていませんでした。
左:アナログ入力である環境ストレス刺激に対し、JNKは一定の閾値を境に急峻に活性化するスイッチ様応答(デジタル出力)を示す。この応答様式により「生か死か」という二者択一の細胞運命が規定されている。
右:ストレス環境下では、JNKによるフィードバック制御を介してMKK4(JNK活性化因子)のリン酸化状態や結合分子が変化し、核内・核外輸送の双方が促進されて、MKK4が高速で核-細胞質間をシャトルする様になる。このMKK4の時空間動態変化がスイッチ様のJNK活性化(デジタル応答)を生み出している。
本研究では、JNKのこのユニークな活性化パターンを規定する分子機構を解明するため、JNK上流の活性化因子であるMKK4に着目しました。生細胞を用いたリアルタイム分子イメージング解析により、MKK4の細胞内動態を詳細に解析した結果、無刺激時にMKK4は、核と細胞質の間を緩やかにシャトル(約1,500秒かけて核-細胞質間を移動)していましたが、細胞に紫外線などのストレス刺激が加わると、MKK4の移動速度が著しく亢進し、MKK4が高速でシャトル(約14秒で移動)するようになることが分かりました(図2)。
核もしくは細胞質に限局してレーザー光(青点)を照射すると、それぞれ核および細胞質に存在するMKK4のみが蛍光を発する(左写真)。その後、時間経過と共に核内MKK4(赤色蛍光)は細胞質へ移行し、一方、細胞質MKK4は核内へと移行する。細胞質/核における蛍光輝度の時間変化を計測することで、MKK4の核→細胞質移行速度および細胞質→核移行速度をそれぞれ別個に計測できる(右グラフ)。
右:紫外線照射後、MKK4の核-細胞質間シャトル速度は著しく亢進した(細胞質→核移行速度計測例)。
さらに、このストレス依存的なMKK4シャトル速度亢進の分子機構を詳細に解析した結果、下流のJNKによるフィードバック制御により、ストレス刺激依存的にMKK4のリン酸化状態や結合分子が変化して、核外輸送および核内移行の双方が促進されることで、MKK4が核-細胞質間を高速でシャトルするようになることが明らかになりました(図1右)。これらの実測データに基づいて数理シミュレーションと生物学実験を組み合わせた解析を実施した結果、MKK4のシャトル速度変化そのものが、JNK活性のスイッチ様応答を生み出す原動力となっていることを発見しました(図3)。すなわち、ストレス依存的なMKK4の時空間動態変化が、ストレス刺激(アナログ入力)からスイッチ様のJNK活性(デジタル出力)を導く「アナログーデジタル変換器」として機能していることが明らかになりました。
数理シミュレーションにより、MKK4の「ストレス依存的な核-細胞質間シャトル速度の亢進」は、強いストレス刺激に対してより強いJNK活性を誘導する機構であり(中上)、一方、MKK4の「核に優位な細胞内局在」は、弱いストレス刺激に対する不必要なJNK活性化を抑制する機構であること(中下)が明らかとなった。これら二つの機構が協調的に作用することで、スイッチ様のJNK活性化パターンが生み出されている(右)。
実際に、時空間動態変化を破綻させた変異型MKK4(NES-MKK4)を発現する細胞では、JNKの活性化パターンがスイッチ様応答から、刺激強度に比例した線形応答に変化してしまい、微弱なストレス刺激に対してもJNKが活性化するようになってアポトーシスや炎症性サイトカイン(IL-1β)産生が誘発されてしまうことが確認されました(図4左)。さらに、変異型MKK4(NES-MKK4)を発現するゼブラフィッシュ個体を樹立して解析を行った結果、このような個体では低線量(15 J/m2)の紫外線刺激に対してもJNKが活性化してアポトーシスや炎症が誘発され、正常なMKK4を発現する個体と比較して、高頻度に発生異常や奇形が生じることが明らかとなりました(図4右)。
左:時空間動態制御を破綻させた変異型MKK4(NES-MKK4)を発現するヒト細胞では、JNKの活性化パターンがスイッチ様から線形応答に変化し、微弱な紫外線に対してもJNKが活性化して、炎症物質(IL-1β)産生が誘発される。
右:NES-MKK4を発現するゼブラフィッシュでは、低線量の紫外線刺激に対してもJNKが過剰に活性化して細胞死(アポトーシス)が誘発され、高頻度に発生異常や形態異常(尾部湾曲)が生じる。
本研究により、「環境変化に適応して恒常性を維持する」という根源的生命現象を支える制御原理が明らかとなりました。この機構は、従来考えられていたリン酸化反応や酵素活性の量的変化によって情報が伝達されるという単純な概念とは異なり、細胞内における「シグナル伝達分子の時空間動態変化」そのものが情報となって細胞運命を精緻に調節するという、シグナル伝達制御の新たなコンセプトを提示するものです。
JNKシグナルの異常は、がん、慢性炎症性疾患、神経変性疾患など、多様な疾病に深く関与することから、本成果によってこれら難治性疾患の病態の理解が大きく前進することが期待されます。また本研究により、シグナル分子の「活性」のみならず「細胞内動態」を標的とすることで、JNKシグナルを精緻に制御する新たな創薬戦略の可能性が示されました。今後、本研究で見出されたアナログ–デジタル変換機構の破綻と疾患との関連を解明することで、生命現象のさらなる理解と医療応用への発展が期待されます。
発表者・研究者等情報
論文情報
雑誌名:Nature Communications題 名:Spatiotemporal regulation of MKK4 dictates switch-like JNK activation and binary cell-fate decisions
著者名:Hisashi Moriizumi, Takanori Nakamura, Yuji Kubota, Ryosuke Hiranuma, Youngmin Cho, Toru Kawanishi, Hiroyuki Takeda, Takashi Suzuki, Mutsuhiro Takekawa*
(*責任著者)
DOI:10.1038/s41467-025-67943-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-67943-7
研究助成
本研究は、JST CREST「多細胞」1細胞内分子振動と多細胞間相互作用によるストレス応答機構の解明(課題番号:JPMJCR2022)」、科研費・新学術領域研究「数理シグナル」数理解析に基づくMAPKシグナルと生命機能制御機構の解明(課題番号:16H06574)」、AMEDワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (課題番号:JP223fa627001)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)JNK(c-jun N-terminal kinase)JNKは、細胞が紫外線、放射線、温度/浸透/pH圧変化、活性酸素などの環境ストレスを受けた際に活性化されるタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)であり、特定の基質分子をリン酸化することで情報を伝達し、細胞死(アポトーシス)や炎症などのストレス応答を導く。JNKシグナルの異常は、癌、慢性炎症性疾患、神経変性疾患など、さまざまな疾患に密接に関与することが知られている。
(注2)MKK4(Mitogen-activated protein kinase kinase 4)
MKK4は、環境ストレス刺激に応答して活性化されるJNKシグナル伝達経路において、JNKをリン酸化して直接活性化する上流のキナーゼ分子であり、細胞死や炎症などのストレス応答の制御に関与している。
(注3)アポトーシス
細胞死の一形態で、予めプログラムされた細胞死。多細胞生物では、発生や組織の維持の過程で生じる過剰な細胞、環境ストレスなどによって損傷を受けた細胞などを除去する際に用いられる。
問合せ先
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<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
