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概要
東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野の岩間厚志教授と慶應義塾大学医学部血液内科の神谷高博助教(東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野 客員研究員)らの研究グループは、多発性骨髄腫細胞を一細胞単位でより高精度に解析する手法を確立し、これまで技術的に困難とされていた治療後の残存細胞や希少な亜集団を含む包括的な発現解析を実現しました。血液細胞の一種である形質細胞ががん化することで起こる多発性骨髄腫(注1)は、多様な治療法が開発されてきた現在でも完治が困難であり、その原因として微小残存病変(注2)の関与が指摘されています。本研究における解析の結果、治療後に残存する亜集団(注3)が同定され、同集団がRNAのスプライシング(注4)に特異的な変化を有することが明らかとなりました。さらに、スプライシング因子RBM39(注5)を標的としたスプライシング経路への介入が、これら治療耐性集団の効果的な治療戦略となることを、遺伝学的・薬理学的に証明しました。
本研究成果は2025年9月2日付で、米国癌学会が発行する血液学学術専門誌「Blood Cancer Discovery」オンライン版に掲載されました。
発表内容
多発性骨髄腫は極めて不均一性の高い細胞集団から構成されることが知られています。本疾患の治療成績は近年大きく改善していますが、完治を実現するためにこの多様性と治療耐性に関わる分子基盤の解明が求められてきました。本研究では、フローサイトメトリー(注6)により腫瘍細胞を高度に純化し、single-cell RNA-sequence解析(scRNA-seq)(注7)にB細胞受容体レパトア(注8)情報解析(scVDJ-seq)を統合して評価することで、従来より高精細な腫瘍細胞の解析を実現しました(図1A, B)。その結果、代表的な表面抗原の1つであるCD138(注9)の発現強度に沿った多様性と可塑性が明らかとなりました。これまでは、腫瘍細胞はCD138陽性であるとされてきましたが、解析対象から除外されることが少なくなかったCD138陰性分画にも少数であるものの腫瘍細胞が含まれることが明らかとなり、さらにCD138陽性腫瘍と陰性腫瘍の間には可塑性がある可能性が示唆されました。また、CD138陰性の腫瘍集団に治療耐性の亜集団が患者間に共通して存在することが示唆されました(図1C-E)。
(A)新たに策定した抗体パネルを用いてフローサイトメトリーで細胞集団を分取した後に単一細胞解析を行い、(B)scVDJ-seqで得たレパトア情報に基づいて腫瘍細胞の選別を行った(赤色が腫瘍細胞)。(C)全10検体を統合したscRNA-seqデータ(18,360細胞)のクラスター分類。(D)CD138陽性骨髄腫細胞とCD138陰性骨髄腫細胞の遺伝子発現特性と各クラスターの遺伝子発現を比較し、各クラスターのCD138陽性・陰性細胞との類似性を評価。(E)治療前後における各クラスターの割合の変動。
さらに、scRNA-seqおよびbulk RNA-sequence解析(注10)に基づいたRNAスプライシング解析ならびにCD138陰性の治療耐性細胞集団に高発現する遺伝子を用いたCRISPR/Cas9 screening(注11)を実施した結果、同集団には多くのスプライシング関連因子が高発現し、他とは異なるスプライシング特性を有していること(図2A)、その一つの因子であるRBM39の抑制を介したスプライシング経路への介入が治療アプローチとして有用であることが示されました。
多発性骨髄腫細胞株に対してRBM39阻害薬であるインディスラム(Indisulam:注12)を使用すると、細胞増殖は著明に抑制されました(図2B)。また、細胞株を移植した免疫不全マウスにインディスラムの投与を行うと、高い治療効果が得られました(図2C, D)。さらに、患者検体を用いた解析では、CD138陽性集団に比してCD138陰性集団の同薬剤への感受性が高いことが示され、従来使用されている薬剤に対する反応性と反対の傾向を示しました(図2E)。
(A)治療抵抗性の亜集団(クラスター4)ではRBM39が高発現している。(B)RBM39阻害薬であるIndisulamは、多発性骨髄腫細胞株の増殖を容量依存的に抑制する。(C)多発性骨髄腫細胞株を移植した免疫不全マウスにIndisulamを投与すると、高い治療効果を発揮する。腫瘍量を細胞株が発する光で評価。(D) 多発性骨髄腫細胞株を移植された免疫不全マウス(C)の生存曲線。(E)患者検体ではCD138陽性細胞に比して陰性細胞の方がIndisulamの感受性が高いことが示唆され、従来の治療薬(Bortezomib)と反対の傾向を示す。
これらの結果から、RBM39を標的としたスプライシング経路への介入が、多発性骨髄腫の有望な新規治療戦略となり得ることが明らかになりました。本研究成果は、治療抵抗性獲得の分子的基盤にスプライシング変化が関与する可能性と、希少な亜集団が再発の原因となる可能性を示しています。今後も同様の解析手法を用いることで、さらなる包括的な疾患理解につながることが期待されます。
CD138陰性亜集団の中にスプライシング特異性を呈する治療抵抗性細胞が存在する。RBM39を標的としたスプライシング経路への介入は、多発性骨髄腫の新規治療戦略となりうる。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 幹細胞分子医学分野岩間 厚志 教授
慶應義塾大学医学部血液内科
神谷 高博 助教
(東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 幹細胞分子医学分野 客員研究員)
論文情報
雑誌名: Blood Cancer Discovery(オンライン版)題 名: Identification of a CD138-negative therapy-resistant subpopulation in multiple myeloma with vulnerability to splicing factor inhibition
著者名: Takahiro Kamiya, Masahiko Ajiro, Motohiko Oshima, Shuhei Koide, Yaeko Nakajima-Takagi, Kazumasa Aoyama, Akiho Tsuchiya, Satoshi Kaito, Naoki Itokawa, Ryoji Ito, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Bahityar Rahmutulla, Atsushi Kaneda, Takayuki Shimizu, Noriko Doki, Taku Kikuchi, Nobuhiro Tsukada, Masayuki Yamashita, Shinichiro Okamoto, Akihide Yoshimi, Keisuke Kataoka, and Atsushi Iwama* (*責任著者)
DOI: 10.1158/2643-3230.BCD-24-0340
URL: https://aacrjournals.org/bloodcancerdiscov/article-abstract/doi/10.1158/2643-3230.BCD-24-0340/764433/Identification-of-a-CD138-negative-therapy?redirectedFrom=fulltext
研究助成
本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:19H05746)」、「基盤研究(S)(課題番号:19H05653, 24H00066)」、公益信託日本白血病研究基金、国際骨髄腫学会、日本骨髄腫学会などからの助成金の支援により実施されました。
用語解説
(注1)多発性骨髄腫抗体をつくる形質細胞ががん化して起こる血液がん。骨痛・腎障害・貧血などを来し、日本では年間10万人あたり約6人程度が発症する。高齢化に伴い患者数は増加傾向で、治療の進歩により生存期間は延びている。
(注2)微小残存病変
治療後にごく少数ながら体内に残っているがん細胞。臨床では、高感度フローサイトメトリーや次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析で検出する。現在の画像診断技術や腫瘍マーカー検査では検出困難な場合も多い。微小残存病変陰性の達成は、一般に良好な予後と関連すると考えられている。
(注3)治療後に残存する亜集団
がんや血液疾患などに対する化学療法・分子標的薬・免疫療法などの治療を受けたあとに、体内に完全には消失せず生き残った細胞集団を指す。これらの細胞は腫瘍細胞の一部であり、治療に対して抵抗性を示すことが多いため、再発や病気の進行の原因になる。
(注4)スプライシング
メッセンジャーRNAの前駆体から不要な部分であるイントロン領域が取り除かれ、成熟したメッセンジャーRNAとなるプロセス。このプロセスに異常が生じることをスプライシング異常という。この結果として、正常とは異なるタンパク質が生成されることや、タンパク質の発現量の低下が引き起こされる。スプライシングの異常は、がんや疾患の原因となることから、スプライシングを標的とする治療法の開発が注目されている。
(注5)RBM39
RNA結合モチーフタンパク質39。スプライシングを補助・調整する因子で、機能が乱れると広範なミススプライシングを招く可能性がある。
(注6)フローサイトメトリー
細胞を液体中で1つずつ流しながらレーザー光を当て、その散乱光や蛍光シグナルを検出することで、細胞の大きさ・複雑さ・分子マーカーを同時に測定でき、細胞集団の多様性を定量的に明らかにする技術。特定の細胞のみを分取することもできる。
(注7)single cell RNA-sequence解析
個々の細胞の遺伝子発現を網羅的に解析する技術。細胞集団を対象としたRNA-sequence解析とは異なり、細胞集団全体の平均的な遺伝子発現ではなく、一細胞ごとの遺伝子発現のばらつきを明らかにすることができる。
(注8)B細胞受容体レパトア
免疫細胞であるT細胞やB細胞は、多種多様な抗原に反応できるように、ひとつひとつの細胞が異なる特異性を持つT細胞受容体やB細胞受容体を細胞の表面に発現している。この受容体によって特徴づけられる集団。single cell VDJ-sequence解析により、B細胞や形質細胞がもつ免疫グロブリン(BCR)の再構成(V・D・J)配列および可変部(CDR3など)配列を単一細胞単位で決定し、クローン性を高精度に特定することが可能になった。
(注9)CD138
形質細胞で高発現するヘパラン硫酸プロテオグリカンで、細胞接着・サイトカイン結合・シグナル伝達に関わる。骨髄腫細胞では基本的に強陽性であるとされ、微小残存病変評価の基幹マーカーとしても広く利用されている。
(注10)RNA-sequence解析
多数の細胞をまとめてRNAの種類と量を網羅的に解析する技術。細胞集団を対象とした解析であるため単一細胞レベルのばらつきを捉えることはできないが、高深度で安定した解析が可能である。
(注11)CRISPR/Cas9 screening
CRISPR/Cas9システムはゲノム編集に使われる技術であり、標的とした特定のDNA配列を切断することができる。これにより、遺伝子の改変や修復が可能となる。sgRNA(single guide RNA)は標的配列に相補的な配列を持ち、Cas9タンパク質と結合することでDNAの切断を実現する。CRISPR/Cas9スクリーニングでは、さまざまなsgRNAを含む「sgRNAライブラリー」を用いることで、さまざまな遺伝子がノックアウトされた細胞集団を作成し、目的とする細胞の性質の変化に寄与する遺伝子を同定することができる。
(注12)インディスラム (Indisulam)
抗がん活性を有するスルホンアミド化合物であり広範囲のヒト腫瘍株に対して抗増殖効果を示す。Indisulam は Molecular glue 型のタンパク質分解誘導剤であり、E3 ユビキチンリガーゼ構成因子である DCAF15 と相互作用することによってRBM39 をポリユビキチン化しプロテアゾームタンパク分解経路によってその分解を誘導する。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野
教授 岩間 厚志 (いわま あつし)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html
教授 岩間 厚志 (いわま あつし)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
