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概要
東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野の岩間厚志教授と小出周平特任助教らの研究グループは、加齢造血幹細胞(注1)を機能的に分類可能な新規老化マーカーとして分子シャペロンClusterin(注2)を同定しました。加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞と比較して骨髄球・血小板分化が優位となり免疫機能の低下や造血器腫瘍(注3)の温床となるとされています。本研究ではCluレポーターマウス(注4)の解析から、Clu陽性造血幹細胞は骨髄球・血小板に分化能が偏ること、Clu陰性造血幹細胞は均整の取れた分化能を有することを明らかにしました。また、Clu陽性造血幹細胞は加齢に伴い増加し、加齢マウスではClu陽性造血幹細胞が大部分を占めることを明らかにしました。
本研究成果は2025年3月25日、米国血液学会が発行する血液学専門誌「Blood」オンライン版に掲載されました。
発表内容
造血幹細胞は加齢に伴い、骨髄球・血小板分化が優位となり、リンパ球の産生が低下することが知られていますが、その詳細な原理は明らかではありませんでした。本研究では若齢マウス (8-10週齢)と加齢マウス (20ヶ月齢)の造血幹細胞を用いたsingle cell RNA-sequence解析(注5)から加齢造血幹細胞マーカーとしてCluを同定しました(図1)。

加齢造血幹細胞ではClu陽性細胞が増幅することが明らかとなった。
Cluの発現をEGFPでモニタリング可能なClu-EGFPマウスを用いて、造血幹細胞の加齢変化とCluの発現を評価しました。その結果、若齢期ではClu陽性造血幹細胞は一部であるものの、加齢期ではClu陽性造血幹細胞が支配的になること明らかにしました (図2A)。さらに移植実験から加齢造血幹細胞をClu陽性とClu陰性に分けて機能性を評価しました。その結果、Clu陽性の加齢造血幹細胞はリンパ球分化能が著減し、骨髄球・血小板へ分化が偏ることから、典型的な加齢造血幹細胞の表現系を有することが判明しました(図2.B)。一方、少数ながら維持されるClu陰性の加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞と同様に多様な血球細胞を産生することが明らかとなりました(図2B)。加えて、RNA-sequence解析(注6)、およびATAC-sequence解析(注7)の結果から、Clu陰性の加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞と類似した特性を有しており、Clu陽性の加齢造血幹細胞が加齢特性を規定する幹細胞分画であることが明らかとなりました(図2C)。

(A) 造血幹細胞は加齢に伴いClu陽性の割合が増加する。 (B) 移植解析においてClu陽性造血幹細胞は骨髄球に偏る分化を示す。 (C) RNA-sequence, ATAC-sequence解析においてClu陰性加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞と、Clu陽性加齢造血幹細胞は加齢造血幹細胞と類似した特性を示す。
これらの結果から、造血系の老化はClu陽性造血幹細胞が加齢に伴い増幅することが原因の一つであると考えられます。本研究成果は造血幹細胞を機能的に分類可能な新規老化マーカーを同定したものであり、本マーカーを標的とすることでClu陽性加齢造血幹細胞を除去し、Clu陰性造血幹細胞の増幅を誘導するなど、老化関連疾患(注8)の新規予防・治療戦略の開発につながることが期待されます(図3)。

Clu陰性造血幹細胞は均整の取れた分化能を示し、若齢造血幹細胞における主要な細胞である。Clu陽性造血幹細胞は骨髄球・血小板への分化の偏りを示し、加齢とともに増幅する。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 幹細胞分子医学分野岩間 厚志 教授
小出 周平 特任助教
論文情報
雑誌名:Blood(オンライン版)題 名:Tracking Clusterin expression in hematopoietic stem cells reveals their heterogeneous composition across the lifespan
著者名:Shuhei Koide, Motohiko Oshima, Takahiro Kamiya, Zhiqian Zheng, Zhaoyi Liu, Ola Rizq, Akira Nishiyama, Koichi Murakami, Yuta Yamada, Yaeko Nakajima-Takagi, Bahityar Rahmutulla, Atsushi Kaneda, Kazuaki Yokoyama, Nozomi Yusa, Seiya Imoto, Fumihito Miura, Takashi Ito, Tomohiko Tamura, Claus Nerlov, Masayuki Yamashita, Atsushi Iwama* (*責任著者)
DOI: 10.1182/blood.2024025776
URL: https://ashpublications.org/blood/article/doi/10.1182/blood.2024025776/536303/Tracking-clusterin-expression-in-hematopoietic
研究助成
本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:26115002, 19H05746)」、「基盤研究(S)(課題番号:19H05653, 24H00066)」、若手研究(課題番号:22K16298)」、横浜市立大学先端医科学研究センターにおける文部科学省特色ある共同利用・共同研究拠点支援プログラム 課題番号:JPMXP0618217493), AMED「ムーンショットプロジェクト(21zf0127003h0001)」,「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (243fa627001)」,「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 (23jm0610094h0001), 日本血液学会、上原記念生命科学財団、先進医薬研究振興財団の支援により実施されました。
用語解説
(注1)加齢造血幹細胞造血幹細胞は加齢とともにその機能・特性が変化する。血液細胞を作り出す機能の低下や、分化の偏り(骨髄球系細胞・血小板への分化がリンパ球系細胞への分化よりも優位となる)とともに、骨髄球系腫瘍を発症するリスクが高まる。
(注2) Clusterin
細胞内でタンパク質の適切なフォールディングを補助するシャペロン蛋白質。近年、細胞質内、細胞外に分泌されて細胞内外のミスフォールドタンパク質(正しく折り畳まれなかった不良品蛋白質)の分解に寄与している働きも報告されている。
(注3) 造血器腫瘍
血球細胞から発生する癌の総称。大きく白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫に分類され、加齢とともに発症率が大きく増加する。
(注4) Cluレポーターマウス
Clusterin開始コドン直下にEGFPを挿入したマウス。Cluの転写効率がEGFPに反映されることで、Cluの発現を定量的に評価が可能なマウス。
(注5)single cell RNA-sequence解析
個々の細胞の遺伝子発現を網羅的に解析する技術。細胞集団を対象としたRNA-sequence解析とは異なり、細胞集団全体の平均的な遺伝子発現ではなく、一細胞ごとの遺伝子発現のばらつきを明らかにすることができる。
(注6)RNA-sequence解析
細胞内のRNA分子を網羅的に解析する技術。細胞集団を対象としたバルク解析であるため、単一細胞レベルのばらつきを捉えることはできないが、高深度なシーケンス解析が可能である。
(注7) ATAC-sequence解析
細胞内のクロマチンの開放性をゲノムワイドで解析する技術。ゲノム上の弛緩状態から転写因子や制御因子の結合可能性を同定することが可能である。
(注8) 老化関連疾患
がん、糖尿病、動脈硬化などの加齢に伴って発症しやすくなる疾患の総称。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉国立大学法人東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野
教授 岩間 厚志 (いわま あつし)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html
〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/