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DNAメチル化阻害剤の耐性に関わる機序を解明 ――DNAメチル化阻害剤耐性分子TOPORSを同定――

発表のポイント
  • CRISPR/Cas9システムを用いたスクリーニングにより、血液悪性腫瘍の治療に用いられるDNAメチル化阻害剤の耐性に関わる分子としてTOPORSを新規に同定しました。
  • TOPORSはDNAメチル化阻害剤によりDNAに捕捉されたDNMT1をユビキチン化し分解に導くことで、薬剤の効果を抑制していると考えられました。
  • ユビキチン化阻害剤などの併用により、これまで治療効果が不十分であったDNAメチル化阻害剤の効果が増強されることが示され、新たな治療戦略につながることが期待されます。
    図:TOPORS欠損により白血病細胞のDNAメチル化阻害剤に対する感受性が著明に亢進

 概要

東京大学医科学研究所附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野の岩間 厚志教授らの研究グループは、同所癌防御シグナル分野の中西 真教授、西山 敦哉准教授との共同研究により、血液悪性腫瘍の治療に用いられるDNAメチル化阻害剤(注1)の耐性に関わる分子として、ユビキチンE3リガーゼ(注2)TOPORSを同定しました。DNAメチル化阻害剤はDNAに取り込まれると、メチル化維持を担うDNMT1と共有結合を形成しDNMT1を捕捉します。このDNAとDNMT1の架橋構造(注3)により、腫瘍細胞の分裂が障害されます。本研究グループは、TOPORSがDNAに捕捉されたDNMT1をユビキチン化(注4)し分解に導くことで、DNAメチル化阻害剤の効果を抑制していることを示しました。さらに、DNAメチル化阻害剤とユビキチン化阻害剤の併用により、DNAに捕捉されたDNMT1の分解が阻害され、DNAメチル化阻害剤の血液悪性腫瘍細胞に対する効果が増強されることを示しました。

本研究成果は2024年8月28日、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。


 発表内容       

高齢者の血液悪性腫瘍に対する治療成績は大きく改善しておらず、高齢化の進む本邦において重要な課題となっています。アザシチジンやデシタビンに代表されるDNAメチル化阻害剤は、従来の化学療法に比して副作用が少なく、高齢者の急性骨髄性白血病(注5)や骨髄異形成症候群(注6)などの血液悪性腫瘍に頻用されています。しかし、ほとんどの症例で根治的な治療とならないため、その作用を増強させる治療戦略が求められています。
本研究では、まずDNAメチル化阻害剤の作用増強に関わる遺伝子を同定するために、CRISPR/Cas9システム(注7)によるスクリーニングを行いました。Cas9を発現した血液腫瘍細胞株とsgRNAライブラリー(注8)を用いた探索の結果、ユビキチンE3リガーゼであるTOPORS遺伝子のノックアウト(注9)により、DNAメチル化阻害剤の効果が増強されることを見出しました。DNAメチル化阻害剤はシトシン(注10)類似の構造を有し、DNAに取り込まれた後にメチル化維持を担うDNMT1を捕捉します。このDNAとDNMT1の架橋構造により、腫瘍細胞における有糸分裂(注11)が障害されることが抗腫瘍効果機序の一つであると考えられています。野生株と比べて、TOPORSノックアウト細胞ではDNAメチル化阻害剤の投与後にDNAとDNMT1の架橋構造が多く残存し、有糸分裂がより強く障害されました。また、TOPORSノックアウト細胞では、DNAメチル化阻害剤の投与後にDNMT1のユビキチン化修飾が減少していました。これらの結果から、TOPORSはDNAに捕捉されたDNMT1をユビキチン化し分解に導くことで、DNAとDNMT1の架橋構造の残存を防ぎ、DNAメチル化阻害剤の効果を減弱していると考えられました。DNAメチル化阻害剤の暴露後にDNAに捕捉されたDNMT1は、高度にSUMO化(注12)されます。TOPORSはSUMO化部位との相互作用に必要な部位を複数有しており、DNAメチル化阻害剤の暴露後にDNAと架橋構造を形成したSUMO化DNMT1をユビキチン化の標的とすることで、DNAメチル化阻害剤に対する耐性に寄与していると考えられます。

血液腫瘍細胞に対してDNAメチル化阻害剤とユビキチン化阻害剤を併用すると、架橋されたDNMT1の分解が遅れ、DNAメチル化阻害剤単剤より強い効果を示しました。さらに、急性骨髄性白血病患者の検体を免疫不全マウスに移植し、DNAメチル化阻害剤とユビキチン化阻害剤との併用療法を行うと、高い治療効果が得られました。これらの結果から、ユビキチン化阻害剤とDNAメチル化阻害剤の併用は血液悪性腫瘍に対してより効果の高い治療戦略である可能性が考えられました。本研究結果は、これまで治療効果が不十分であったDNAメチル化阻害剤を用いた血液悪性腫瘍の治療における新たな治療戦略につながることが期待されます。
図:TOPORSがDNAメチル化阻害剤の効果を抑制する機構

(左)TOPORSはDNAメチル化阻害剤によりDNAに捕捉されたSUMO化DNMT1をユビキチン化し分解に導くことで、DNAとDNMT1の架橋構造の残存を防ぎ、薬剤の効果を抑制している。(右)TOPORSのノックアウトやユビキチン化阻害剤の投与により、DNAメチル化阻害剤投与後のDNAとDNMT1の架橋構造がより多く残存し、薬剤の効果が増強される。

 

 発表者・研究者等情報       

東京大学医科学研究所附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野
岩間 厚志 教授
海渡 智史 研究当時:博士課程
現:国立研究開発法人国立がん研究センター研究所 特任研究員


 論文情報       

雑誌名:Nature Communications(オンライン版)
題 名:Inhibition of TOPORS ubiquitin ligase augments the efficacy of DNA hypomethylating agents through DNMT1 stabilization
著者名:Satoshi Kaito, Kazumasa Aoyama, Motohiko Oshima, Akiho Tsuchiya, Makiko Miyota, Masayuki Yamashita, Shuhei Koide, Yaeko Nakajima-Takagi, Hiroko Kozuka-Hata, Masaaki Oyama, Takao Yogo, Tomohiro Yabushita, Ryoji Ito, Masaya Ueno, Atsushi Hirao, Kaoru Tohyama, Chao Li, Kimihito Cojin Kawabata, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Hidetaka Kosako, Akihide Yoshimi, Susumu Goyama, Yasuhito Nannya, Seishi Ogawa, Karl Agger, Kristian Helin, Satoshi Yamazaki, Haruhiko Koseki, Noriko Doki, Yuka Harada, Hironori Harada, Atsuya Nishiyama, Makoto Nakanishi, Atsushi Iwama* (*責任著者)  
DOI: 10.1038/s41467-024-50498-4 
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-50498-4.pdf


 研究助成      

本研究は、科研費「基盤研究(S)(課題番号:19H05653)」、「新学術領域研究(課題番号:19H05746)」の支援により実施されました。


 用語解説       

(注1)DNAメチル化阻害剤
主に血液疾患の治療に使われる抗癌剤であり、比較的副作用が少ないため高齢者や合併症を有する患者によく使用される。

(注2) ユビキチンE3リガーゼ
ユビキチンを標的タンパク質に結合させるために必要な酵素活性を持つ酵素。

(注3) DNAとDNMT1の架橋構造
薬剤の添加などの様々な条件により、DNAとタンパク質が共有結合を介して架橋構造を形成することがある。DNAメチル化阻害剤の投与によるDNAとDNMT1の架橋構造の形成はその代表例の一つである。

(注4) ユビキチン化
タンパク質にユビキチンという小さなタンパク質を結合させる過程。ユビキチン化されたタンパク質は分解されることが多いが、細胞内シグナル伝達に関与するなど他の機能も知られている。

(注5)急性骨髄性白血病
骨髄中で白血球に分化する前の段階の過程の未熟な細胞が腫瘍化し、異常に増殖する疾患。

(注6)骨髄異形成症候群
骨髄中の造血幹細胞に遺伝子変異などの異常の蓄積が起き、正常な血液細胞の産生ができなくなる疾患。骨髄異形成症候群の一部は急性骨髄性白血病に移行することが知られている。

(注7) CRISPR/Cas9システム
ゲノム編集に使われる技術であり、標的とした特定のDNA配列を切断することができる。これにより、遺伝子の改変や修復が可能となる。

(注8) sgRNAライブラリー
sgRNAは標的とする配列と相補的な配列を持ち、Cas9タンパク質と共存することでDNAの切断を可能にする。様々なsgRNAの集合体であるライブラリーを用いることで、様々な遺伝子がノックアウトされた細胞集団を作ることができる。

(注9)ノックアウト
DNA編集などにより、当該遺伝子の機能を喪失させること。

(注10) シトシン
DNAを構成する塩基の一つ。DNAメチル化はシトシンの5位の炭素原子に起きることが知られている。DNAメチル化阻害剤はシトシン類似の構造を有するが、5位の炭素原子が窒素原子に置き換わっているため、メチル化を受けない。

(注11)有糸分裂
1組の姉妹染色分体を二つの娘細胞に正確に均等分配するために必要な過程。

(注12)SUMO化
タンパク質にSUMOという小さなタンパク質を結合させる過程。SUMO化はタンパク質の機能に様々な影響を与える。


 問合せ先       

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野
教授 岩間 厚志 (いわま あつし) 
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html

〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

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