まず初めに、今年の元日午後4時に発生しました能登半島沖の地震で被害に遭われました皆様に心よりお悔やみを申し上げます。元日に震度7もの大地震が発生したのは有史以来初めてのことだそうで、皆様もびっくりされたことと思います。さて、皆様はこの年末年始、どうお過ごしだったでしょうか?故郷に帰省された方、東京で過ごされた方、皆様それぞれが将来の目標に向かって決意も新たにされたことと思います。本年が所員皆様にとり益々輝く一年でありますよう心よりお祈り申し上げます。
さてこの4年間我々を苦しめていたCOVID-19が昨年5月に5類感染症に分類されて以降、世の中は以前の活気をほぼ完全に取り戻したかのような感があります。しかしながら、この4年間は日本を取り巻く環境を大きく変化させました。世界では解決の糸口すら見出せない争い事が絶えず、地球温暖化によると思われる未曾有の災害も発生し、今後人類が対面しなければならない諸問題が顕在化した感があります。東京大学ではこれまでの教育システムでは対応しきれない難題を解決できる人材を育成する目的でCollege of Design構想を進めています。Designというとアートを連想させる人が多いと思いますが、Designの始まりは、視点を提供することであり、新しい課題を発見することがDesignです。この意味においてCollege of Designは新しい学問体系を創造する学部であり、学生個々人にとり自分が学ぶべき課題を自身で創造することを目的としたもので日本初の試みです。このようにこれまでの学問体系に縛られず新たな学問を創造する力こそ、今ある、またこれから訪れるであろう予想できない課題に対応可能な人材として必要な資質であると思います。生命科学分野においても同様で、免疫、がん、感染症、再生医学、社会医学などこれまでの学問体系を超えた発想や知識が重要で、これこそがまさに総合知の概念です。医科学研究所は日本で唯一の基礎医科学から社会問題まで幅広く扱う研究所で、総合知を実践する場として最も適していると自負しております。
さて昨年、我々に大きな影響を与えたことといえば生成AIの問題が挙げられます。ChatGPTが2022年11月にプロトタイプとして公開されて以来、教育・研究の場で多くの人々が生成AIの恩恵に預かっていることと思います。英文校正については以前から活用しておりましたが、昨年末からChatGPTを利用するようになりました。まだ十分に活用できておりませんが、文章やプレゼン資料の作成などあらゆる場面で有用なことは間違いありません。ただ一言述べさせていただきますと、この新年のご挨拶には生成AIは全く用いておりませんのでご安心ください。一方、生成AIが便利であればあるほど我々自身の人間としての様々な能力に悪い影響を与えるのではと心配しております。例えばカーナビの登場以来、自身の地理的感覚が衰えているのを感じざるを得ません。また英文校正AIの使用以来、時間をかけずそれなりの英文を書くことはできるようになりましたが、昔のように一つ一つ吟味して文章を作り上げていく過程が省略され、自身の英語能力の向上にはむしろマイナスになっている感さえあります。東京大学でも、様々な場面において生成AIの使用を奨励しておりますが、一方その限界を常に認識し、あくまで個々人の能力を向上するための道具として利用する意識が肝要と説いております。
さて、続いて昨年新たに医科研に参画され将来の研究所を支える人事についてご紹介させていただきます。まず教授人事です。基礎医科学部門タンパク質代謝制御分野にタンパク質分解、とりわけユビキチンープロテアソーム系で世界をリードする佐伯泰教授を東京都医学総合研究所よりお迎えいたしました。佐伯先生は質量解析技術でも第一人者ですので医科研に所属の多くの研究者と密接な連携が大いに期待できると考えております。さらにシステム疾患モデル研究センター細胞制御研究分野に筑波大学から山﨑聡教授をお迎えしました。山崎教授は2年前まで医科学研究所幹細胞治療研究センターに所属されておられましたのでご存じの先生も多いかと思いますが、造血幹細胞を中心とした幹細胞研究で独創的な成果をあげられ世界をリードされておられます。医科研の中核課題である再生医療や遺伝子治療の推進に大いに寄与されると期待しております。続いて、ヒトゲノム解析センターデジタル・ゲノミクス分野に国立成育医療研究センターから熊坂夏彦教授をお迎えいたしました。熊坂教授は機械学習を応用した一細胞RNAデータ解析ツール ガスパチョを開発されて世界から注目されている遺伝統計学者で、やはり医科研の中核課題であるゲノム解析分野の発展に大いに活躍していただけると期待しております。最後に医科研病院には国立がん研究センター東病院から池松弘朗教授をお迎えし、新たに先端消化器内視鏡学分野をご担当いただきます。池松教授のご専門は消化器がんに対する内視鏡治療で、外科を担当されている志田教授、腫瘍内科の朴教授と大腸がんを軸とした緊密な連携が期待されます。佐伯教授、山﨑教授、熊坂教授、池松教授には医科研の更なる発展に向けてご活躍いただきますようお願い申し上げます。
続いて新任の特任教授のご紹介をさせていただきます。所長オフィスには文科省科研費学術変革領域研究 学術研究支援基盤形成事業のコホート・生体試料支援プラットフォーム担当として醍醐弥太郎先生に、またヒトゲノム解析センターメタゲノム医学分野には植松智先生にご就任いただきました。医科研の中心的課題である学術支援基盤事業やゲノム解析にご活躍いただきますようお願いいたします。さらに、感染遺伝学分野には柴田琢磨准教授、腫瘍抑制分野には山内(井上)茜准教授、臨床ゲノム腫瘍学分野には山口貴世志准教授、健康医療インテリジェンス分野には張燿中准教授、タンパク質代謝制御分野には小林妙子准教授、システムウイルス学分野に伊東純平准教授、先進動物ゲノム研究分野に吉見一人准教授をお迎えしました。医科研の研究力はますます強化されております。また社会連携研究部門特任准教授として安井寛先生、さらには湯地晃一郎先生に、アジア感染症分野には合田仁先生にご就任いただきました。医科研の発展に向けてご活躍いただくようお願い申し上げます。また長い間医科研の外科学研究を支えてこられました、田原秀晃先生が昨年3月に定年退職され、新たに大阪国際がんセンター研究所がん創薬部長に就任されて更なる研究にご活躍です。また異動された多くの教授、准教授の先生方や特任教員の先生方も新たな研究室を立ち上げご活躍されておられます。医科研から優秀な人材が数多く輩出されることは、取りも直さず医科研が日本の科学界に貢献していることの証と思います。諸先生の更なるご活躍をお祈り申し上げております。
続いて医科研の研究についてご紹介させていただきます。2022年度の実績も総論文数は500を超え、IF 10以上の論文割合も20%を超えており順調に研究力が強化されているものと理解しております。これもひとえに教員のみならず、大学院生、研究所員全員の弛まぬ努力の賜物と感謝しております。外部資金の獲得につきましても、順調に獲得金額、獲得件数ともに増え続けており、こちらも医科研の研究が順調に推移していることの証と考えております。
さて、とてもおめでたいご報告となりますが、昨年も多くのかたが名誉ある賞を受賞されました。まず修士課程学生の山本章人さんが東京大学総長賞を受賞されました。また井元教授が文部科学大臣表彰を、高津名誉教授が紫綬褒章を受賞されました。藤堂教授は、高峰記念第一三共賞、並びにバイオインダストリー大賞を、佐藤佳先生は小島三郎記念文化賞を受賞されました。また一昨年の中村名誉教授に引き続き、河岡特任教授が文化功労者に選出されましたことは医科研にとり名誉なことと思います。最後に宮野名誉教授が大川賞を受賞されました。諸先生の研究業績に敬意を表すとともに、心よりお喜び申し上げます。また昨年度も次世代の医科学研究所、さらには日本の科学界を背負う人材として、齋藤真先生、小林俊寛先生が医科学研究所奨励賞を受賞されました。更なる飛躍と活躍を期待しております。
次に医科研の最も中核をなす事業である国際共同利用・共同研究拠点の現状についてご説明させていただきます。医科研は2018年11月に「基礎・応用医科学の推進と先端医療の実現を目指した医科学国際共同研究拠点」として、生命科学系では唯一の国際共同利用・共同研究拠点に認定されています。3つのコアとなる共同研究領域を通じて、国内外の大学・研究機関をつなぐことで、国際共同研究を強化することを目的としております。昨今資料作成のため色々先生方にご連絡させていただいておりますが、本年度は国際共同利用・共同研究拠点事業の中間評価の年となります。医科研にとり生命線とも呼べる事業です。どうぞよろしくご協力の程お願い申し上げます。さて共同利用・共同研究拠点の実績ですが、2022年度は国際共同研究の採択件数は、昨年度の32件から29件に多少減少しましたが、国際共同研究の7割超が国内機関と国際機関を医科研がハブとして結ぶ、国際拠点事業のミッションそのものの実現であり、その枠組みでの国際共同研究論文も増加しています。この素晴らしい成果を誇りに思うと共に、担当の川口副所長を中心とする教職員の皆様のご尽力に、改めて、御礼申し上げます。
さて、続いて医科研病院の現状についてご説明いたします。まずは藤堂病院長の元、基礎・橋渡し研究の連携が進められた結果、病棟利用が顕著に促進しております。また数年前から進められております。白金・本郷プロジェクトについても、外科や泌尿器科を中心としてダビンチを利用した手術数が順調に増加しております。また緩和医療やMRIなどの画像診断、リハビリテーション医療も順調に推移しております。最後に診療科の強化に向けて、池松教授が担当する消化器内科を新設し、大腸がん医療に対して内科から外科、さらには腫瘍内科までを一気通貫で治療可能な体制を構築いたしました。これらの改革の結果、手術件数、セカンドオピニオン外来件数ともに増加傾向にあり、全体の収益改善に大いに寄与していただいていると考えております。
さて次は医科研が我が国の生命科学を支える事業として注力する学術研究支援基盤形成事業、バイオバンク・ジャパン、そして橋渡し研究戦略的推進プログラムについてご説明いたします。
まず学術研究支援基盤形成事業についてです。最先端の解析技術の研究を進めながら、「科研費による生命科学研究」を、「最先端技術」により支援する、わが国として重要な事業です。昨年度事業の継続が正式に認められ、統括する生命科学連携推進協議会の代表を武川先生が担当されておられます。また、村上先生、武川先生が代表を務める4つの支援プラットフォームや、所長オフィス設置の学術研究基盤支援室を中心に、醍醐先生、真下先生を含めて医科研の教員10名が参画しながら支援を進めています。その結果、1万5千件にせまる支援数と、4500に迫る論文成果が得られております。まさに研究支援基盤形成事業として成功裡に推移していると言っても過言ではないでしょう。
次にバイオバンク・ジャパンについてご説明します。医科研では世界最大規模の疾患バイオバンクとして、日本全体から収集した、DNAあるいは血清などの価値のある試料を管理、分譲しています。現在51疾患27万人、44万を超える症例数を誇っております。2023年度からはオミクス情報を追加する目的で全ゲノムシークエンス、メタボロームやプロテオームなどの解析を進める予定となっております。松田先生、村上先生、鎌谷先生、森崎先生、武藤先生をはじめとする皆様のご尽力によって、分与実績も2017年度以降急激に増加し、それに合わせて論文発表も順調に増えております。バイオバンクジャパンの資料を用いて解析した研究成果の一例をご紹介しますと、がんを始めとして心房細動、統合失調症、関節リウマチなど様々な疾患の原因解明に大いに役立っております。
次に橋渡し研究プログラム(東大拠点)の現状についてご説明いたします。これはアカデミアの医療技術シーズを基礎研究から支援する事業で、医学部附属病院と共に藤堂先生、長村先生が中心となり医科研病院が東京大学拠点における幅広い支援を担当しています。昨年度も橋渡し研究事業医科研発事業として数多くの課題が採択され、社会実装に向けた試験が進められております。また、First in Human試験にまで進んだ開発研究でも、この1年で大きな進捗がありました。所員皆様ご自身の研究成果で、今後臨床応用まで開発できる可能性をお感じのシーズがありましたら、当該事業へ御相談をお願いいたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。
医科研の共同利用施設の強化につきましては、奄美病害動物研究施設の整備と様々な設備の拡充が真下先生を中心として進められて、昨年10月に第3棟改築記念シンポジウムを開催するに至りました。川口副所長が進めている多様な財源による共同利用機器の整備では、ライトシート顕微鏡を新たに導入いたしました。所員の皆様には積極的なご利用をお願い申し上げます。医科研の研究環境の強化につきましては、昨年度は長村先生が中心となって新設された細胞プロセッシング施設について社会実装に必要な製造所としての認可がおり、無事稼働しております。また、岡田先生が中心となり、治療ベクター開発室ベクターユニットを整備中です。
昨年度医科研に生じた大きな出来事として、国際高等研究所新世代感染症センター UTOPIAの設立が挙げられます。河岡先生が拠点長となり、医科研のみならず東大全体から数多くの研究者が参画しております。医科研としてはUTOPIA事業の成功に向けて全力で支援して参りたいと考えております。
最後に今年度も拙い所長を支えていただく部門長の皆様、並びに附属病院執行部、事務部門の皆様をご紹介させていただきます。部門長の皆様、病院執行部の皆様、さらには事務部門の皆様は経験も豊富な方で、大所高所から極めて適切かつ良識あるご助言をいただけるものと確信しております。また今年度も経験豊富かつ良識的で心より頼りになる武川、川口、井元、岩間副所長、藤堂病院長、さらには上原事務部長とともに医科研全体の舵取りをして参りたいと思います。医科研所員皆様が活躍できる場を作っていくことが最も重要と考えております。皆様が持てる力を余すところなく発揮していただくよう、全力を尽くします。どうぞ本年もご協力をお願い申し上げます。
ご清聴ありがとうございました。
東京大学医科学研究所 所長
中西 真
中西 真