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ヒトiPS細胞を駆使した革新的な膵癌オルガノイドの創出 ---複雑で不均一な生体内癌微小環境の再現---

発表のポイント
  • 膵癌は極めて予後不良の難治癌であり、新規治療薬の開発が極めて重要な課題となっている。しかしながら、癌微小環境の再現系が存在しなかったために創薬研究が進展していなかった。
  • ヒトiPS細胞由来の間葉系細胞および血管内皮細胞を用いて膵癌患者から分離した癌細胞と共培養することにより、複雑で不均一な膵癌微小環境を再現する革新的な癌オルガノイドを世界で初めて創出した。
  • 増殖性と静止性の異なるオルガノイドを誘導することで、膵癌の抗癌剤耐性や薬剤処理後の再増殖性を試験管内で再現することに成功した。膵癌に対する新たな治療薬の開発への貢献が期待される。
    図:ヒトiPS細胞を用いた革新的な膵癌オルガノイドの創出
 

 発表概要

東京大学医科学研究所附属幹細胞治療研究センター・再生医学分野の竹内健太研究員、谷水直樹准教授、谷口英樹教授らによる研究グループは、ヒトiPS細胞由来の未熟な間葉系細胞および血管内皮細胞を患者由来の膵癌細胞との共培養に用いることで、新たな癌オルガノイドFused pancreatic cancer organoid(FPCO)(注)の開発に成功しました。従来、生体外で再現することが極めて困難とされていた複雑で不均一な癌微小環境を、ヒトiPS細胞を駆使することで、試験管内(培養系)において再現することを世界で初めて実現化した画期的な研究成果です(図1)。再生医療に向けて開発が推進されていたヒトiPS細胞オルガノイド技術を癌研究に適用することで、難治癌に対する治療薬の開発に大きなブレークスルーがもたらされることが期待されています。
図1:融合型膵癌オルガノイド(FPCO)の創出方法

ヒトiPS細胞から分化誘導した血管内皮細胞と間葉系細胞を、ヒト膵癌患者由来の癌細胞と3次元共培養し、さらに気液界面培養を行うことで癌微小環境を含む膵癌オルガノイドを作成することが可能になった。


膵癌は極めて予後が不良な難治癌であり、高い抗癌剤耐性を示すことが知られています。ヒト膵癌組織は豊富な間質(癌細胞以外の線維芽細胞、免疫細胞、血管内皮細胞など多様な細胞を含み、それらの間隙に細胞外マトリックス成分が沈着している)から構成される複雑で不均一な癌微小環境を有しているという特徴を有しており、抗癌剤に対する耐性や転移・浸潤などの悪性形質との関連性が指摘されています。今回、研究グループは膵癌患者由来の癌細胞をヒトiPS細胞由来の未熟な間葉系細胞および血管内皮細胞と共培養することで、細胞外マトリックス産生、炎症反応、免疫抑制などに関与する複数種類の癌関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblast;CAF)を有する、複雑で不均一な癌微小環境を再現する革新的な癌オルガノイドを創出することに世界で初めて成功しました。この新規癌オルガノイドを使用して創薬スクリーニングを行うことにより、これまで困難とされていた難治癌に対する治療効果の高い抗癌剤の開発が大きく進展することが期待されます。

本研究成果は、神奈川県立がんセンター・臨床研究所・宮城洋平センター長、神奈川県立がんセンター・消化器外科(肝胆膵)・森永聡一郎副院長、千葉大学大学院医学研究院・臓器外科学教室・大塚将之教授、東京大学医科学研究所臨床ゲノム腫瘍学分野・古川洋一教授らとの共同研究によるものです。11月12日、国際科学誌「Cell Reports」(オンライン版)で公開されました。


 発表内容       

〈研究の背景〉
膵癌は5年生存率が約10%程度であり、極めて予後が不良な難治癌です。高い抗癌剤耐性を示すことから、現時点における根治的治療は外科的切除に限定されています。ところが、発見された時点ですでに病態が進行していることが多いため、手術適用となる患者は一部にとどまっているのが現状です。そのため、効果的な抗癌剤開発を推進することが喫緊の課題となっており、現在までに多くの膵癌治療薬の候補が報告されています。しかしながら、現時点において臨床的に高い治療効果が確認された薬剤は存在しません。その大きな原因のひとつは、癌間質を有しない膵癌細胞のみを用いた創薬スクリーニングが実施されてきたことにあります。この点を改善するためには、ヒト生体内における癌微小環境を的確に再現した新たな癌オルガノイドの確立が必須とされていました。

癌微小環境(tumor microenvironment;TME)は、癌細胞とそれを取り巻く豊富な間質により構成されていますが、その主要な成分とされるのが癌関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblast;CAF)です。CAFは、それらが放出する細胞外基質(extracellular matrix;ECM)やサイトカインを放出することで癌細胞と密接な相互作用を有しており、癌細胞に治療抵抗性を付与したり、時には物理的な障壁として薬剤の浸透を妨げたりするとされています。また、近年の研究により、CAFは均一な細胞集団ではなく、複数の異なる特性を有するCAFから構成される多様な細胞集団であることが明らかとなってきており、それらの異なったCAFと癌細胞の相互作用に関する詳細な解析が求められています。しかしながら、従来、癌細胞との共培養に使用されてきた間質細胞は増殖能や分化能が限定的であったため、多様なCAF により構成される複雑で不均一な生体内癌微小環境の再現には成功していませんでした。

〈研究の内容〉
本研究では、多様なCAFおよび癌血管構成細胞の供給源として、世界で初めてヒトiPS細胞を活用しました。すなわち、膵癌患者より樹立したヒト膵癌細胞と、ヒトiPS細胞から分化誘導した未熟な間葉系細胞および血管内皮細胞を三次元的に共培養することにより、新たに融合型膵癌オルガノイド(FPCO)を作製しました。この新規ヒト膵癌オルガノイドの確立により、従来、免疫不全マウスに移植することで再現していたヒト膵癌組織を試験管内の培養系(in vitro)において再現することが可能となりました。免疫不全マウス移植により再現されるヒト膵癌組織の間質の一部および血管は、マウス由来の細胞で構成されていましたが、膵癌オルガノイドの構成細胞は全てがヒト細胞であり、ヒト膵癌患者の生体内癌組織により近似性の高い微小環境が再現されていると考えられます(図2)。
図2:FPCOとヒト膵癌組織の近似性

FPCOにおいては膵癌の組織学的特徴である腺管構造と豊富な間質が、マウスに癌細胞を移植して得られるヒト膵癌組織およびヒト膵癌患者組織と同程度に認められる。


さらに、二つのオルガノイド培養法を用いることで、膵癌細胞の増殖性が大きく異なった増殖性FPCOおよび静止性FPCOを人為的に作り分けることを可能としました(図3)。FPCO内の間質細胞について、免疫染色および単一細胞RNA解析を組み合わせて解析を行ったところ、いずれのFPCOにおいても、患者の生体内癌組織に存在することが報告されている3種類の異なったCAF、すなわち、myofibroblastic CAF (myCAF), inflammatory CAF (iCAF), antigen presenting CAF (apCAF)が存在していることが確認されました(図4)。すなわち、ヒトiPS細胞由来の間葉系細胞を用いることで、多様な癌関連線維芽細胞 (CAF)が存在するヒト膵癌間質の特徴を再現することに世界で初めて成功しました。
図3:増殖性の異なる膵癌組織の再現

生体内のヒト膵癌組織においても、癌細胞の増殖性が大きく異なった部位がひとつの膵癌組織の中に存在することが知られているおり、増殖性FPCOと静止性FPCOを誘導することで、このようなヒト膵癌組織の不均一性を再現できる可能性がある。

図4: FPCOには3種類のCAFが含まれる

ヒト膵癌組織では主にECM産生に関わるαSMA(+)myCAF、炎症性サイトカイン産生に関わるIL6(+)iCAFおよび免疫抑制に関わるCD74(+)apCAFが存在している。増殖性FPCOと静止性FPCOにも、それら3種類のCAFが異なる割合と局在で存在している。


増殖性FPCOと静止性FPCO組織内での各種CAF局在を比較したところ、静止性FPCOではmyCAFが癌細胞の腺管構造近傍に局在しているのに対して、増殖性FPCOではmyCAFが間質全体に散在していることが明らかになりました。膵癌患者25人由来のヒト膵癌検体を対象として、膵癌組織中の様々な部位のmyCAF局在様式を解析したところ、増殖性FPCOおよび静止性FPCOに近似した部位がそれぞれ存在することが明らかとなりました。さらに、単一膵癌組織内での詳細な検討を行ったところ、増殖性FPCOあるいは静止性FPCOに近似した癌組織がそれぞれ複数箇所存在したことから、2種類の異なったFPCOは膵癌組織の不均一性の再現系となることが確認されました(図5)。また、静止性FPCOのmyCAF局在部位においては、膵癌の悪性度の指標となると考えられている癌幹細胞マーカー(ABCG2)や上皮間葉転換マーカー(NCAD)の発現レベルが高いことも確認されました。この結果は、膵癌の難治性の原因となる悪性形質の解明に役立つ新たな発見として科学的価値の高いものです。
図5: FPCOはヒト膵癌組織と近似したmyCAF局在を示す

増殖性FPCOではmyCAFが間質に散在しているのに対して、静止性FPCOではmyCAFが癌細胞の腺管構造近傍に局在していた(矢頭)。ヒト膵癌患者の組織内において、増殖性FPCOあるいは静止性FPCOと近似したmyCAF局在を示す部分があることも確認された。


複数の抗癌剤(Gemcitabine、5-Fluorouracil、Paclitaxel)を用いてFPCOを用いたin vitro薬剤耐性試験を実施したところ、特に癌幹細胞マーカー(ABCG2)や上皮間葉転換マーカー(NCAD)の発現レベルが高い膵癌部位に近似している静止性FPCOにおいて、高い抗癌剤耐性が認められることが確認されました(図6A)。一方、高濃度Gemcitabineにより癌細胞を強制的に死滅させた後に長期間培養を継続したところ、増殖性FPCOにおいて癌細胞が再増殖することが確認されました(図6B)。したがって、静止性FPCO は膵癌の抗癌剤耐性機構の解明に有益なモデルとなり、増殖性FPCOは膵癌再発モデルとして有効であると考えられます。
図6: 静止性FPCOの高い抗癌剤耐性及び増殖性FPCOの再増殖能

〈今後の展望〉
今後、FPCOを用いて創薬スクリーニングを行うことにより、膵癌の難治性の原因となっている高い抗癌剤耐性や薬剤治療後の再発を制御可能な革新的な新規治療薬の開発が実現化されることが期待されます。研究グループでは、膵癌患者の手術検体から癌細胞株を樹立しバンク化することにより、多数(100人以上)の個人別膵癌オルガノイドをパネル化して常時供給することが可能な体制を構築しつつあります。臨床予後とFPCO薬剤応答性の関連性を明らかにすることにより、将来的には精度の高い個別化医療への展開が期待されます。癌微小環境は膵癌のみならず様々な癌の治療抵抗性との関連性が指摘されていることから、ヒトiPS細胞を用いた癌微小環境の再現方法は、今後の癌研究に大きなブレークスルーをもたらすことが期待されます。

 

 

 発表者

東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 再生医学分野
谷口 英樹(センター長、教授)
谷水 直樹(准教授)
竹内 健太(研究員
 

   論文情報

〈雑誌〉Cell Reports
〈題名〉Incorporation of human iPS cell-derived stromal cells creates a pancreatic cancer organoid with heterogeneous cancer-associated fibroblasts
〈著者〉Kenta Takeuchi, Shunsuke Tabe, Kenta Takahashi, Kenji Aoshima, Megumi Matsuo, Yasuharu Ueno, Yoichi Furukawa, Kiyoshi Yamaguchi, Masayuki Ohtsuka, Soichiro Morinaga, Yohei Miyagi, Tomoyuki Yamaguchi, Naoki Tanimizu*, and Hideki Taniguchi*
*責任著者
〈DOI〉10.1016/j.celrep.2023.113420
〈URL〉https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(23)01432-8
 

 研究助成

本研究は、AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(拠点B)「iPS細胞を用いた代謝性臓器の創出技術開発拠点」(課題番号 JP22bm0304002)、高松宮妃癌研究基金研究助成金、AMED Prime 「胆汁輸送路を備えた肝オルガノイドを用いた胆汁うっ滞性肝障害モデルの構築と疾患発症機序の解明」(課題番号JP20gm621002)の支援により実施されました。

 

 用語解説

(注)Fused pancreatic cancer organoid(FPCO):
従来型の膵癌オルガノイド(pancreatic cancer organoid, PCO)は膵癌細胞のみを用いていたが、ヒトiPS細胞由来の間葉系細胞と血管内皮細胞を共培養してスフェロイドを作成した。さらに気液界面培養を行ってスフェロイドを融合(Fused)させることで、膵癌の腺管構造と複雑な間質の再現に成功した。研究グループでは、この新規膵癌オルガノイドをFused pancreatic cancer organoid (FPCO)と名付けた。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所再生医学分野
教授 谷口 英樹(たにぐち ひでき)
准教授 谷水 直樹(たにみず なおき)
 
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)

 

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