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液-液相分離体「ストレス顆粒」形成による ストレス防御および癌進展機構の解明 ――ストレス環境下で細胞がアポトーシスを回避する新たな仕組みを発見――

発表のポイント
  • 様々なストレス刺激によって形成される細胞内構造体「ストレス顆粒(SG)」の新規構成因子として、細胞死(アポトーシス)誘導に必須の分子である実行型カスパーゼ(カスパーゼ3および7)を同定しました。
  • SG内にカスパーゼ3/7が取り込まれると、その機能が阻害されてアポトーシスが回避され、ストレス環境下でも細胞が生存するという生体の新たなストレス防御機構を発見しました。
  • 腫瘍内のストレス環境下にある癌細胞ではSGが形成されており、細胞死を抑制して癌の増殖・進展を促していることがわかりました。本研究の知見を応用することで、癌に対する新たな治療法の開発が期待されます。
    液-液相分離体「ストレス顆粒」形成によるカスパーゼおよび細胞死(アポトーシス)の阻害

 発表概要

東京大学医科学研究所の武川睦寛教授、中村貴紀助教(研究当時)、藤川大地大学院生(研究当時)らによる研究グループは、様々なストレス刺激(低酸素/低栄養/ウイルス感染/蛋白質変性/変異型Rasなど)によって形成される細胞内構造体「ストレス顆粒(Stress granule: SG)」(注1)の構成分子を網羅的に同定する実験手法を開発して解析を行い、SGの新規構成因子として細胞死(アポトーシス:注2)誘導に必須の分子である実行型カスパーゼ(カスパーゼ3および7)(注3)を同定しました。

さらに、SG内にカスパーゼ3/7が取り込まれることで、その酵素活性が抑制されてアポトーシスが回避され、ストレス環境下でも細胞が生存するという、生体の新たなストレス防御機構を発見しました。加えて、腫瘍組織内のストレス環境下にある癌細胞ではSGが効率よく形成されており、アポトーシスによる細胞死が阻害されて、癌の増殖・進展が導かれていることを明らかにしました。

本研究により、生体の基本的なストレス適応機構の詳細が解明されるとともに、癌細胞はこの機構を悪用することで、腫瘍の増大・進展を導いていることが明らかとなりました。今後、今回の研究成果を応用した新たな癌治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は2023年4月28日(米国東部時間)、米国科学雑誌「Current Biology」に掲載されました。
 

 発表内容       

人体を構成する細胞は、外界からの様々なストレス刺激に対して、損傷を防御し生存を図るストレス適応機構を持つ一方で、ストレスを被った細胞に積極的に細胞死(アポトーシス)を誘導して排除する機構の両方を有しています。この様な相反する作用を持つ複数の機構を、ストレス刺激の種類や強弱に応じて使い分け、そのバランスを制御することで細胞の運命(生か死か)が決定付けられています。また、その制御破綻が、癌、ウイルス感染症、神経変性疾患などの病因・病態にも深く関与することが示されています。

細胞が持つ基本的なストレス適応機構として、近年、ストレス顆粒(SG)の形成が重要であることが見出されました。SGは、特定のストレス刺激(低酸素/低栄養/ウイルス感染/蛋白質変性/変異型Rasなど)に応答して、細胞内に迅速に形成される顆粒状の構造体であり、その本体は、mRNAや様々な蛋白質分子が「液-液相分離」(注4)という現象を介して集合した複合体であることが知られています(図1A)。SGの形成は、アポトーシスによる細胞死を抑制して、ストレス環境下での細胞の生存に寄与することが報告されています。しかしながら、SGがどの様にしてアポトーシスを抑制するのか、その詳細なメカニズムは殆ど解明されていません。また、ヒト癌細胞では、SGの形成が亢進していることが報告されていますが、癌病態におけるSGの役割はよく分かっていませんでした。
図1:ストレス刺激によるストレス顆粒の形成

ストレス環境下でストレス顆粒が形成されると(A)、実行型カスパーゼであるカスパーゼ3および7が選択的に顆粒内に取り込まれる(B)。


今回、研究グループは、SGに局在する蛋白質分子の網羅的探索を行い、SGの新たな構成因子として、アポトーシス誘導に必須の分子である実行型カスパーゼ(カスパーゼ3および7)を同定しました。さらに、SG内にカスパーゼ3/7が取り込まれると、その酵素活性が阻害されてストレス誘導アポトーシスが回避され、細胞の生存に寄与することを発見しました。また、腫瘍内部のストレス環境下にある癌細胞では、SGが効率よく形成されており、癌細胞の細胞死が阻害されて、腫瘍の増大・進展が導かれていることを明らかにしました。

まず研究グループは、ヒト培養細胞にストレス刺激を与えてSGを形成させた後、その内部に含まれる様々な蛋白質分子を、近接依存性ビオチン標識(BioID)法という特殊な手法を用いてランダムにラベルし、質量分析によって網羅的に同定しました。この解析の結果、SGの未知構成因子として新たに細胞骨格やシグナル伝達などの制御に関わる116種類の蛋白質分子を同定することに成功しました。

興味深いことに、これらの分子の中にアポトーシスに関わるカスパーゼが含まれていたことから、さらに解析を進めた結果、細胞内に多数存在するカスパーゼ・ファミリー分子のうち、アポトーシス誘導に最も重要な実行型カスパーゼ(カスパーゼ3および7)が選択的にSGに局在すること(図1B)、また、不活性型よりも、活性化型のカスパーゼ3/7分子の方が効率よくSG内に取り込まれることを発見しました。さらにその結果、カスパーゼ3/7の酵素活性が阻害されてアポトーシスが回避され、ストレス環境下(紫外線、小胞体ストレス、抗癌剤投与など)においても細胞が生存することを見出しました。また反対に、カスパーゼ3/7に点変異を導入(2A変異体と命名)してSG内に取り込まれない様にすると(図2A)、様々なストレス刺激によって誘発されるアポトーシスが著しく亢進することを確認しました(図2B)。即ち、ストレス環境下でSGが形成されると、その内部に実行型カスパーゼが取り込まれて失活し、細胞死(アポトーシス)が回避されるという、生体の新たなストレス防御機構の存在が明らかとなりました。
図2:カスパーゼ3(2A)変異体の発現による、ストレス誘導アポトーシスの亢進
(A) 実行型カスパーゼのみに保存されたアミノ酸残基2箇所をアラニンに置換すると、カスパーゼ3はSGへの局在能を失った。(B)カスパーゼ3(2A)変異体を発現する細胞では、SG形成が起きても、カスパーゼ3がその内部に取り込まれず、失活しないため、ストレス刺激によるアポトーシスが著しく亢進する。

これまでに、様々なヒト癌(胃/大腸/膵/肺癌、肉腫等)において、腫瘍内部のストレス環境(低酸素・低栄養等)や癌遺伝子などの影響により、癌細胞内にSGの形成が認められることが報告されています。そこで次に、今回見出したSG形成依存的なアポトーシス阻害と、癌病態との関連について解析を行いました。

ヒト胃癌細胞を移植した担癌マウスを用いた実験から、腫瘍内部のストレス環境下にある癌細胞では、確かにSGの形成が認められること、またその結果、カスパーゼ3/7がSG内に取り込まれて失活し、癌細胞のアポトーシスが著しく阻害されていることが分かりました(図3A左)。また反対に、SGに取り込まれないカスパーゼ3(2A)変異体を発現する癌細胞では、SGが形成されてもカスパーゼ活性が維持されるため、効率よくアポトーシスが誘発されて(図3A右)、腫瘍の増大が有意に抑制されることが分かりました(図3B)。即ち、癌細胞は、SGの細胞死抑制作用を利用することでストレスに対する抵抗性を獲得し、腫瘍の増大・進展が導かれていることが明らかとなりました。

先行研究ではSGが細胞保護作用を有しており、様々なストレス刺激による細胞死を防ぐ機能を持つことが示されてきましたが、その詳細なメカニズムは不明でした。本研究により、新たなSG構成因子としてアポトーシスに必須の分子であるカスパーゼ3/7が同定されるとともに、SGがこれら実行型カスパーゼの機能阻害を介して細胞死を抑制し、生体のストレス防御に寄与していることが明らかとなりました。また、癌細胞は、この機構を悪用することで自身の細胞死を防いでおり、その結果、腫瘍の増大が促されていることも明らかとなりました(図3C)。
図3:ストレス顆粒(SG)形成による、腫瘍組織内がん細胞のアポトーシス抑制

(A)腫瘍内部のストレス環境下にある癌細胞ではSGの形成が認められ、カスパーゼ3がSGに取り込まれて失活するため癌細胞のアポトーシスが阻害されている(左)。一方、SGに取り込まれないカスパーゼ3(2A)変異体を発現する癌細胞では、SGが形成されてもカスパーゼが失活せず、効率よくアポトーシスが誘導される(右)。(B)カスパーゼ3(2A)を発現する癌細胞をマウスに移植すると、癌細胞のアポトーシスが亢進して腫瘍の増大が有意に抑制される。(C)SG形成による生体のストレス防御機構:特定のストレス刺激によりSGが形成されると、カスパーゼ3/7がSG内に優先的に取り込まれて失活し、アポトーシスによる細胞死が回避される。癌細胞は、このメカニズムを悪用することでストレス環境下でも生存し、腫瘍が増大・進展する。


SGと癌との関連については、最近、様々な抗癌剤(5-FU/ソラフェニブ/ラパチニブ/ボルテゾミブ等)によって、癌細胞内にSGが形成されてしまうことが報告されており、これによって薬剤の抗癌作用が低下してしまう可能性が示唆されています。

本研究により、人工的にSGの形成を阻害したり、SG内へのカスパーゼの取り込みを抑制したりすることが出来れば、癌細胞の細胞死が亢進して、抗癌剤の治療効果を高められる可能性が見出されました。今後、今回の研究成果を応用した新たな癌治療薬の開発が期待されます。
 

 発表者

東京大学医科学研究所 分子シグナル制御分野
武川 睦寛(教授)
中村 貴紀(助教:研究当時)
藤川 大地(理学系研究科生物科学専攻博士課程:研究当時)
 

  論文情報

〈雑誌〉Current Biology
〈題名〉Stress granule formation inhibits stress-induced apoptosis by selectively sequestering executioner caspases
〈著者〉Daichi Fujikawa, Takanori Nakamura, Daisuke Yoshioka, Zizheng Li, Hisashi Moriizumi, Mari Taguchi, Noriko Tokai-Nishizumi,  Hiroko Kozuka-Hata, Masaaki Oyama, *Mutsuhiro Takekawa *責任著者
〈DOI〉10.1016/j.cub.2023.04.012
〈URL〉https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.04.012

 研究助成

本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:16H06574)」、「基盤研究(B)(課題番号:18H02609)」、「JST CREST (課題番号:JPMJCR2022)」、「AMED (課題番号:JP223fa627001)」の支援により実施されました。


 用語解説

(注1)ストレス顆粒(Stress granule: SG)
細胞が低酸素、異常蛋白質の蓄積、熱ショック、ウイルス感染などのストレス状態に置かれた際に、細胞質内のmRNAや蛋白質分子が、液-液相分離現象により集合して生じる直径200 nm程度の構造体。SG形成は、ストレス環境下で細胞損傷を防御するストレス適応機構であると考えられている。またその異常が癌、神経変性疾患、ウイルス感染症などに関与する。 

(注2)アポトーシス
細胞死の一形態で、予めプログラムされた細胞死。多細胞生物において、過剰な細胞や、ストレスにより損傷した細胞などを排除する際に用いられる。

(注3)カスパーゼ
アポトーシスを導く蛋白質分解酵素の総称。細胞の生存に必要な様々な蛋白質分子を切断・分解することで細胞死を誘導する。哺乳類は14種類のカスパーゼ分子を持つが、この内、特にカスパーゼ3および7は実行型カスパーゼと呼ばれ、アポトーシス誘導に直接的かつ必須の役割を果たしている。

(注4)液-液相分離
特定の構造を取らない天然変性領域を持つ蛋白質分子や、mRNA等の核酸分子が弱い相互作用によって細胞内局所に集合し、液滴状の構造体を形成する現象。この現象により、様々な「膜の無いオルガネラ(ストレス顆粒のみならず、核小体、核膜孔、中心体、神経顆粒等)」が形成されることが明らかにされ、近年注目を集めている。

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野
教授 武川 睦寛(たけかわ むつひろ)
 
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

 

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