English
Top

哺乳類においてリボソームの衝突に対処する仕組み ――ユビキチン修飾を介した翻訳停滞の解消を試験管内で再現――

発表のポイント
 
  • 哺乳類において、衝突リボソームセンサーZNF598が翻訳途中で衝突したリボソームに対してK63型ポリユビキチン化を行うことを初めて発見しました。
  • クライオ電子顕微鏡を用いてヒトの衝突リボソームの構造を初めて明らかにし、出芽酵母とは異なる制御機構を獲得している可能性を見出しました。
  • 本成果は、衝突リボソームの蓄積が関連する様々な神経系疾患の発症機構の理解や、新規治療戦略の開発につながることが期待されます。

 発表概要

リボソーム(注1)が翻訳(注2)途中に強く停滞すると、後続のリボソームとの衝突を引き起こします。衝突リボソームは 不良タンパク質の産生を引き起こすため、品質管理機構RQC(Ribosome-associated Quality Control ; 注3)により認識・排除される必要があります。RQCの欠損は、モデル生物における寿命の短縮や神経変性疾患との関連が明らかになっています。

今回、東京大学 医科学研究所RNA制御学分野/大学院理学系研究科生物科学専攻/大学院新領域創成研究科メディカル情報生命科学専攻の稲田利文教授と、東北大学大学院薬学研究科の成田桃子大学院生、ミュンヘン大学Gene CenterのRoland Beckmann教授らの研究グループは、主に出芽酵母を用いた先行研究により、RQCは①衝突リボソームのユビキチン化(注4)②リボソームサブユニット解離(注5)③合成途中の不良タンパク質の分解といった分子機構で行われることを報告してきました。しかし、哺乳類におけるRQCの分子機構には不明な点が多く残されていました。

研究グループは、内在性の翻訳停滞配列を用いた試験管内の再構成実験により、哺乳類における衝突リボソームへの新規ユビキチン修飾としてK63型ポリユビキチン修飾(注6)を発見し、K63型ポリユビキチン修飾を目印として衝突リボソームのサブユニット解離が誘導されることを明らかにしました。さらに、クライオ電子顕微鏡(注7)を用いた構造解析により、ヒトの衝突リボソーム構造を初めて決定しました。また、出芽酵母の衝突リボソーム構造との違いを発見し、ヒトの衝突リボソームは、進化上で出芽酵母とは異なる制御機構を獲得している可能性を見出しました。

本成果は、衝突リボソームの蓄積が関連するさまざまな神経系疾患の発症機構の理解や、新規治療戦略の開発につながることが期待されます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED-CREST 課題番号:20gm1110010h0002、研究代表者:稲田利文)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:19H05281, 21H05277, 22H00401、稲田利文;21H00267, 21H05710, 松尾芳隆)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(課題番号:JPMJPR21EE、研究代表者:松尾芳隆)などの支援を受けて行われました。
本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」(10月27日付けオンライン版)に公表されました。

 

 発表内容

研究の背景
正確な遺伝子発現は、生命活動を営む上で必要不可欠です。特定のmRNA配列やストレス条件等の要因によりリボソームが強く停滞すると、停滞リボソームと後続リボソームが衝突リボソーム構造を形成します。その結果、翻訳反応の中断や、コドンの読み枠の変更が誘発され、異常タンパク質を産生する恐れがあります。RQCは衝突リボソームを解消し、合成途中の異常なタンパク質を分解することで、細胞内恒常性を維持しています。RQC機能不全マウスは進行性神経変性の表現型を示すことや、若年性神経筋疾患と自閉症患者にRQC関連因子の変異が報告されていることから、特に神経系におけるRQCの重要性が示唆されています。

出芽酵母におけるRQCでは、①衝突リボソームセンサーHel2による衝突リボソームの認識と、リボソームタンパク質uS10のK63型ポリユビキチン化、②RQT(RQC-Trigger)複合体によるリボソームのサブユニット解離、③新生ペプチド鎖のユビキチン-プロテアソーム系を介した分解、という分子機構で誘導されます。
哺乳類においては、Hel2のホモログであるZNF598によるuS10及びeS10のモノユビキチン化がRQCを誘導することが報告されていました。しかし、出芽酵母のRQCはK63型ポリユビキチン修飾を必要とすることや、RQT複合体のホモログであるヒトRQT(human-RQT)複合体がポリユビキチン結合活性を有することから、モノユビキチン化リボソームが解離反応の基質であるというモデルには議論の余地が残されていました。
 
研究内容
本研究ではヒトRQT複合体は、uS10に形成されたK63型ポリユビキチン修飾を目印として衝突リボソームのサブユニット解離を行うことが強く示唆されました(図)。

 


  • 図:哺乳類におけるRQCの分子機構モデル
    哺乳類において衝突リボソームが形成されると、ZNF598が衝突を認識し、uS10をK63型ポリユビキチン化する。ヒトRQT複合体はこのK63型ポリユビキチン鎖を認識し、リボソームのサブユニット解離を行う。
まず、クライオ電子顕微鏡を用いた解析により、内在性の翻訳停滞配列であるXBP1u mRNA上で形成されたヒトの衝突リボソームの立体構造を決定し、RQC誘導に関与するユビキチン修飾部位の違いの構造的基盤を解明しました。さらに研究グループは、RQCの誘導過程である衝突リボソームの形成、リボソームのユビキチン化、ヒトRQT複合体によるサブユニット解離といった一連の反応を、内在性の翻訳停滞配列であるXBP1u mRNA用いて試験管内で再現し、K63型ポリユビキチン化が形成されることを初めて観察しました。さらに、ヒトRQT複合体は、K63型ポリユビキチン化されたuS10を持つリボソームを特異的にサブユニット解離することを明らかにしました。
 
社会的意義・今後の予定
正確な遺伝子発現は、生命活動を営む上で必要不可欠であり、その破綻は多くの疾患の原因となります。異常な翻訳停滞が生み出す衝突リボソームは、不良タンパク質を産生し、その蓄積は神経系疾患の原因となることが明らかになっています。また近年、衝突リボソームの蓄積がアポトーシス応答経路や自然免疫応答経路を活性化することが報告されました。したがって、衝突リボソーム解消経路であるRQCの、哺乳類における分子機構を詳細に解明した本研究成果は、衝突リボソームの蓄積が関連するさまざまな神経系疾患の発症機構の理解や、新規治療戦略の開発につながることが期待されます。
  •  

 発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(10月27日付けオンライン版)
論文タイトル:A distinct mammalian disome collision interface harbors K63-linked polyubiquitination of uS10 to trigger hRQT-mediated subunit dissociation
著者:Momoko Narita#, Timo Denk#, Yoshitaka Matsuo, Takato Sugiyama, Chisato Kikuguchi, Sota Ito, Nichika Sato, Toru Suzuki, Satoshi Hashimoto, Iva Machová, Petr Tesina, Roland Beckmann* and Toshifumi Inada*
#共同第一著者
*共同責任著者
DOI:10.1038/s41467-022-34097-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-34097-9

 

 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 RNA制御学分野
教授 稲田 利文(いなだ としふみ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/basicmedicalsciences/page_00154.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

 用語解説 

  • (注1)リボソーム
    リボソームタンパク質とリボソームRNA (rRNA)から構成される巨大な複合体であり、メッセンジャーRNA(mRNA)にコードされている遺伝暗号(コドン)に従ってアミノ酸同士を結合させ、タンパク質を合成する装置。全体として大小二つのサブユニット(60Sサブユニットと40Sサブユニット)で構成されている。

    (注2)翻訳
    リボソームがmRNAの読み枠内のコドンに従ってアミノ酸をつなげ、タンパク質を合成する過程。翻訳伸長は通常開始コドンで始まり、終止コドンで完結する。

    (注3)品質管理機構RQC(Ribosome-associated Quality Control)
    品質管理機構は、異常な遺伝子産物を認識し分解することで、遺伝子発現の正確性を保証するシステムである。RQC(Ribosome-associated Quality Control)は、異常な翻訳停滞を認識し、停滞したリボソームが保有する不良タンパク質を分解へ導く品質管理機構である。


    (注4)ユビキチン化
    ユビキチンは76アミノ酸からなる低分子タンパク質である。ユビキチン化はタンパク質修飾の一種で、ユビキチンリガーゼなどの酵素の働きによりユビキチンがイソペプチド結合で基質タンパク質に付加されることを指す。

    (注5)サブユニット解離
    翻訳途中のリボソームが大サブユニットと小サブユニットへ分離すること。

    (注6)K63型ポリユビキチン修飾
    ポリユビキチンは、基質へ結合したユビキチンに対し、他のユビキチン分子が次々と連結した状態である。ポリユビキチンは、ユビキチンのいずれのアミノ酸を介して連結するかにより、
    8種類(K6・K11・K27・K29・K33・K48・K63・M1)の連結型が存在する。K63型ポリユビキチン修飾は、K63を介してユビキチンが連結した状態を指す。

    (注7)クライオ電子顕微鏡
    液体窒素(-196℃)等により極低温に冷却された試料に対して電子線を照射し、試料を透過した電子線を検出することにより試料の観察を行う顕微鏡。
     

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:408KB)