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発表概要
老化細胞の蓄積は、加齢に伴う炎症の主な原因であり、様々な加齢性疾患の素因となると考えられます。しかしながら、老化細胞の蓄積の分子的基盤や、この蓄積機序を標的として老化現象を改善する技術については、ほとんど知られていません。東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野の王德瑋研究員、中西真教授らの研究グループは、老化細胞が免疫チェックポイントタンパク質であるPD-L1(注1)を不均一に発現していること、PD-L1陽性老化細胞は生体内で加齢とともに蓄積することを明らかにしました。PD-L1陰性細胞はT細胞による免疫監視に感受性があり、PD-L1陽性細胞は抵抗性があることが分かりました。抗PD-1抗体(注2)を自然老化マウスや正常脂肪肝炎マウスに投与すると、活性化CD8陽性T細胞(注3)依存的にp16陽性老化細胞の総数や、PD-L1陽性細胞の集団が減少し、老化に関連するさまざまな表現型が改善されることも分かりました。
これらの結果は、PD-L1の不均一な発現が老化細胞の蓄積や老化に伴う炎症誘発に重要な役割を担っていることを示唆しており、免疫チェックポイント阻害によってPD-L1陽性老化細胞を除去することは、新たな抗加齢治療の有望な戦略であると考えられます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature」(イギリス時間11月2日、オンライン版)に、掲載されました。
発表内容
これまでの研究では、ある種の老化細胞がマクロファージやNK細胞、あるいはCD4陽性T細胞に対して感受性を示すことが明らかとなっていました。しかし、なぜ加齢に伴い老化細胞が免疫監視機構を回避して生体内の様々な臓器や組織に蓄積するのかについては全く分かっていませんでした。本研究では、加齢に伴う老化細胞の蓄積機構の一端が、免疫監視機構からの回避により制御されると考え、老化細胞における免疫チェックポイント関連分子の発現を解析しました。その結果、老化細胞の一部(約10%程度)が免疫チェックポイントタンパク質PD-L1を特異的に発現していることを見出しました。さらに様々な臓器においてp16(注4)陽性老化細胞内のPD-L1発現細胞の割合が加齢に伴い増加することから、老化に伴いPD-L1陽性p16陽性老化細胞が選択的に蓄積すると考えられました。
この老化細胞における不均一なPD-L1の発現は、p130-E2Fシグナル(注5)によるPD-L1遺伝子の転写促進と、プロテアソーム(注6)を介したタンパク質品質管理の不全によるPD-L1タンパク質の分解不全の2つの機構によるものと考えられます。
次に培養細胞系を用いて老化細胞が感受性を示す免疫系細胞を探索したところ、老化細胞がCD8陽性T細胞に対して強い感受性を示すこと、また老化細胞におけるPD-L1の発現がCD8陽性T細胞に対する感受性を強く抑制することを明らかにしました。
一方、CD8陽性T細胞が老化細胞を認識するためには、老化細胞が抗原提示したMHCクラスI分子と結合する必要があります。これまでの研究から老化細胞はレトロトランスポゾンや内在性レトロウイルス遺伝子の発現抑制機構に不全が生じていることが知られています。実際、様々な臓器のp16陽性老化細胞のRNA-seq解析を行なったところ、複数の内在性レトロウイルス遺伝子の発現がp16陰性細胞と比較して有意に高いことが示されました。
このことから、p16陽性老化細胞では内在性レトロウイルス由来のペプチドが抗原提示されてCD8陽性T細胞に認識されていると考えらました。さらに、p16陽性老化細胞がCD8陽性T細胞に認識されるためには老化細胞が分泌する様々な炎症性サイトカインの存在も必要であることが示されました。
興味深いことに、生体内のp16陽性老化細胞を単離してシングルセルRNA-seq解析(注7)を行なったところ、PD-L1陽性のp16陽性老化細胞はPD-L1陰性のp16陽性老化細胞と比較してより強い炎症性性質を示すことが分かりました。このことは、加齢に伴いPD-L1陽性p16陽性の老化細胞が選択的に蓄積することで、より強い慢性炎症が生じて臓器や組織の機能に悪い影響を及ぼすと考えられます(図1)。
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図1 老化に伴うPD-L1陽性老化細胞の蓄積
PD-L1陰性の老化細胞はMHC-1分子上に内在性レトロウイルス由来のペプチドを抗原として提示し、かつ炎症性サイトカインを分泌することで活性化CD8陽性T細胞により認識されて除去される。一方、PD-L1陽性老化細胞はCD8陽性T細胞上のPD-1分子と結合してCD8陽性T細胞の活性を抑制することで免疫監視を回避して蓄積する。
最後に、抗PD1抗体投与により老化細胞のPD-L1シグナルを阻害した場合の、生体内老化細胞免疫監視と老化・老年病や生活習慣病の病態における影響を解析しました。老齢および非アルコール性脂肪肝炎(NASH)(注8)モデルマウスに抗PD1抗体を投与すると、生体内の様々な臓器におけるp16陽性老化細胞の割合や、p16陽性老化細胞内のPD-L1陽性細胞の割合が有意に低下するとともに、老化に伴う筋力低下や肺胞サイズの拡大、さらには肝臓内への脂肪の蓄積が顕著に改善しました(図2)。NASH病態においても、脂肪蓄積や線維化が有意に減少し、それに伴い肝機能の指標も改善しました(図3)。
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図2 抗PD-1抗体投与により老齢マウスに見られる老化表現が改善する
(A) 老齢マウスに抗PD-1抗体を投与するとp16陽性老化細胞の割合が減少する。老齢マウスに抗PD-1抗体を投与すると(B)握力の減少や、(C)肝臓内への脂肪の蓄積が改善する。
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図3 抗PD-1抗体投与によりNASH病態が改善する
(A) 抗PD-1抗体を投与するとNASH肝臓のp16陽性老化細胞の割合が減少する。NASHマウスに抗PD-1抗体を投与すると血清(B) AST, (C) ALT, (D) LDH値が正常値に近づき、(E) 肝臓内の脂肪蓄積が改善する。
これまでに、低分子化合物を用いて老化細胞を生体内から除去するSenolysis(注9)が加齢病態の改善に効果的であることが示されていますが、本研究は老化細胞に対する自己の免疫監視を強化することで、効率的に老化細胞を除去して老化や老年病、生活習慣病病態を改善できることを報告するもので、新規性の高い抗加齢療法の開発につながることが期待できます。
とりわけ、抗PD1抗体や抗PD-L1抗体は、既に様々ながん腫において臨床応用されており、抗加齢療法としてこれら療法を用いる場合は、がん治療として用いる場合よりも、より低容量、かつ低頻度で使用することができると期待されます。従って、一部のがん治療で見られる抗PD1抗体や抗PD-L1抗体を用いた免疫チェックポイント阻害療法による自己免疫疾患発症等の副作用を抑えた抗加齢療法の開発につながる可能性が期待できます。
なお本研究は、金沢大学がん進展制御研究所の城村由和教授、筑波大学の山崎聡教授、東京大学医科学研究所の井元清哉教授と古川洋一教授、および慶應大学の吉村昭彦教授の研究グループとの共同研究により実施されました。
本研究は、内閣府・日本医療研究開発機構(AMED)「ムーンショット型研究開発事業」(JP22zf0127003 )、老化メカニズムの解明・制御プロジェクト(JP21gm5010001)と、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20H00514, JP20K21497, JP19H05740)などの支援を受けて実施されました。
発表雑誌
雑誌名:「Nature」(11月2日 オンライン版)論文タイトル:Blocking PD-L1-PD-1 improves senescence surveillance and aging phenotypes
著者:Teh-Wei Wang, Yoshikazu Johmura*, Narumi Suzuki, Satotaka Omori, Toshiro Migita, Kiyoshi Yamaguchi, Seira Hatakeyama, Satoshi Yamazaki, Eigo Shimizu, Seiya Imoto, Yoichi Furukawa, Akihiko Yoshimura, Makoto Nakanishi*(共同責任著者)
DOI:10.1038/s41586-022-05388-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41586-022-05388-4
問い合わせ先
〈研究に関すること〉東京大学医科学研究所 癌防御シグナル分野
教授 中西 真(なかにし まこと)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/cancerbiology/section04.html
金沢大学 がん進展制御研究所 がん・老化生物学研究分野
教授 城村 由和(じょうむら よしかず)
http://ganken.cri.kanazawa-u.ac.jp/about/department/cb05/
〈報道に関すること〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
金沢大学医薬保健系事務部薬学・がん研支援課企画総務係
https://www.kanazawa-u.ac.jp/
用語解説
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(注1)PD-L1:
T細胞表面上のPD-1およびB7-1受容体と結合してT細胞機能を抑制する膜貫通型タンパク質のこと。
(注2)抗PD-1抗体:
細胞上のPD-1に結合してPD-1とPD-L1あるいはPD-L2との結合を阻害し、T細胞の活性化を維持する抗体のこと。
(注3)CD8陽性T細胞:
CD8を細胞表面に発現するT細胞で、適応免疫系の重要な構成要素で、ウイルスや細菌などの細胞内病原体や腫瘍に対する免疫防御に重要な役割を果たす。
(注4)p16:
細胞周期に重要な役割を持ち、様々ながんにおいて変異や欠落があるがん抑制遺伝子であるのこと。特に、CDK4キナーゼを阻害することで細胞周期をG1期で停止させ、老化細胞を誘導する。
(注5)p130-E2Fシグナル:
哺乳類の細胞では細胞周期の調節とDNA合成を制御する転写因子シグナル。Rb、p107、p130ファミリーのタンパク質によりその活性が抑制される。
(注6)プロテアソーム:
真核生物細胞の細胞質および核に存在するタンパク質分解を行う巨大な酵素複合体。
(注7)シングルセルRNA-seq解析 :
一細胞ごとにmRNAの発現量を検出する手法。
(注8)非アルコール性脂肪肝炎(NASH):
アルコール非依存的に肝臓に脂肪が蓄積し炎症や線維化が起きてしまう疾病。進行すると肝硬変や肝臓がんになる。
(注9)Senolysis:
老化細胞除去療法のこと。