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造血幹細胞のクロマチンに刻まれた加齢の記憶を解読

発表のポイント
 
  • マウス造血幹細胞(注1)のエピゲノム(クロマチンアクセシビリティー、ヒストン修飾)(注2、3、4)が加齢に伴い特徴的な変化を示すことを明らかにしました。
  • 加齢に伴いクロマチンアクセシビリティーが増加する領域のDNA配列には、炎症やサイトカイン、酸化ストレスなどのストレス応答性の転写因子の標的配列が多く含まれており、ストレスを負荷した際にこの領域によって制御される遺伝子の発現が若い造血幹細胞よりも加齢造血幹細胞で有意に増強されることを実験的に示しました。
  • 本研究成果は造血幹細胞の老化プロセスの一端を明らかにしたものであり、加齢関連疾患の発症機序の解明につながることが期待されます。

 発表概要

  • 加齢に伴い貧血や免疫能の低下、血液がんといった血液疾患の発症率が上がることが知られています。高齢化が進む日本ではこれらの加齢関連疾患が増加しており、その発症機序を解明するために血液細胞の老化プロセスを明らかにする重要性が高まっています。

  • 今回、東京大学医科学研究所附属幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野の研究グループは、マウス加齢造血幹細胞のクロマチンアクセシビリティーやヒストン修飾などのエピゲノム解析を行い、加齢に伴い特徴的な変化を示すことを明らかにしました。特に、加齢に伴いクロマチンアクセシビリティーが増加する領域のDNA配列には、ストレス反応性の転写因子の標的配列が多く含まれており、ストレスを負荷した際にこの領域によって制御される遺伝子の発現が若い造血幹細胞よりも加齢造血幹細胞で有意に増強されることを実験的に示しました。
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  • この現象は、過去に曝露履歴のあるストレスの記憶がエピゲノムに記憶されており、再チャレンジの際に遺伝子発現誘導を効率よく増強する機構として機能していることを示しています。加齢造血幹細胞の若齢造血幹細胞とは異なるストレス反応性を説明する現象であり、造血幹細胞の老化プロセスの理解を深め、加齢関連疾患の発症機序の解明に寄与するものと考えられます。
  • 本研究成果は、2022年5月16日、国際科学雑誌「Nature communications」オンライン版に公開されました。

     
  •  発表内容

    加齢とエピゲノム変化の関連は以前から注目されており、血液細胞においてもその関連は示唆されていました。エピゲノムの中でもDNAメチル化解析は既に加齢造血幹細胞において解析され報告されていましたが、クロマチンアクセシビリティーやヒストン修飾についてはまだ十分な解析がされていませんでした。
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  • 本研究では、加齢したマウスと若齢マウスからそれぞれ造血幹細胞を純化し、ATAC-seq(注5)とCUT&TAG法(注6)を用いてゲノム網羅的にクロマチンアクセシビリティーとヒストン修飾を解析しました。加齢によりクロマチンアクセシビリティーが変化している領域(Differentially accessible regions : DARs)は前駆細胞より造血幹細胞に多く、生涯に渡り維持される造血幹細胞にエピゲノム変化がより蓄積することが示されました。また、DARの多くはプロモーターよりエンハンサー領域に位置していました。加齢により造血幹細胞でクロマチンがオープンとなるDAR領域には、CREB/ATFファミリー、STATファミリー、IRFファミリー、CNCファミリー(注7)などの各種のストレス(炎症やサイトカイン、酸化ストレス)に応答性の転写因子の結合配列が多く含まれており、造血幹細胞が曝露されたストレスの影響がエピゲノムに蓄積されている可能性が示唆されました。
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  • ヒストン修飾を調べたところ、エンハンサーマークであるモノメチル化ヒストンH3K4(H3K4me1)に加えて活性化型ヒストン修飾であるアセチル化ヒストンH3K27(H3K27ac)を獲得した活性化型エンハンサーが約半数であり、他の半分ほどはH3K27acあるいはH3K4me1もない活性化準備状況にあるエンハンサーであることがわかりました。
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  • さまざまなストレスシグナルがエピジェネティックな再構成(クロマチンアクセシビリティーの亢進とヒストン修飾の変化)を誘導し、ストレス応答性の遺伝子発現を活性化します。ストレス解除後にこれらの変化が部分的に維持されると、ストレスの再チャレンジに際して遺伝子発現がより早くより強く誘導されることが近年明らかとなり、このようなストレス反応の履歴がクロマチンに残存する状況をエピジェネティック記憶と呼んでいます。そこで造血幹細胞にサイトカイン刺激を加えた際の遺伝子発現応答を解析した結果、DARのクロマチンアクセシビリティーの増加と近傍の遺伝子の発現上昇は、若齢造血幹細胞よりも加齢造血幹細胞で有意に強い反応を示しました。
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  • すなわち、加齢造血幹細胞においてクロマチンがオープンとなるDAR領域は、現下のストレス刺激反応性のものに加えて、過去に曝露履歴のあるストレスの再チャレンジの際に、遺伝子発現誘導を効率よく増強する機構として機能していると考えられます。これらの所見は、加齢造血幹細胞が若齢幹細胞とは異なるストレス反応性を示す一つの機序を明らかにしたものと言えます。

  • この成果は造血幹細胞の老化のプロセスの一端を明らかにしたものであり、加齢関連疾患の発症機序の解明につながることが期待されます。また、今回解析した網羅的なエピゲノム解析、遺伝子発現解析のデータは論文と共に公開されており、公開データとして今後他の研究者にも幅広く利用されます。

  • 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP19H05653, JP26115002, JP19H05746)と国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショットプロジェクト(21zf0127003h0001)の研究助成により実施されました。
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 発表雑誌

雑誌名:「Nature communications」(5月16日 オンライン版)
論文タイトル: Epigenetic traits inscribed in chromatin accessibility in aged hematopoietic stem cells
著者: Naoki Itokawa, Motohiko Oshima, Shuhei Koide, Naoya Takayama, Wakako Kuribayashi, Yaeko Nakajima-Takagi, Kazumasa Aoyama, Satoshi Yamazaki, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Koji Eto, and Atsushi Iwama
DOI : 10.1038/s41467-022-30440-2
URL : https://www.nature.com/articles/s41467-022-30440-2

 

 用語解説

(注1)マウス造血幹細胞:
赤血球、白血球、血小板といった各種血液細胞を産生する造血システムにおける幹細胞。
幹細胞は生涯に渡り維持されるため、加齢性変化は造血幹細胞に蓄積されていると考えられている。

(注2)エピゲノム:
DNAの配列を変えることなく遺伝子の発現を制御するしくみの総称。DNAメチル化、ヒストン修飾、クロマチンアクセシビリティーなど様々なものが含まれる。エピゲノムは細胞の外的な状況に応じて様々に変化し、細胞に記憶され、長期の遺伝子発現に影響を及ぼすことが知られている。

(注3)クロマチンアクセシビリティー
DNAとヒストンの複合体(クロマチン)の凝集の度合い。凝集がほどけると、転写因子などがアクセスしやすくなり標的の遺伝子の発現が活発となる。エンハンサーやプロモーターの活性を測る指標の一つとして利用されている。総じていうと、アクセシビリティーが高いと活性化型の状態、アクセシビリティーが低いと不活性な状態と考えられる。

(注4)ヒストン修飾
DNAが巻き付くヒストンタンパク質にアセチル化やメチル化といった化学的修飾が加わると、クロマチンの状態やDNA結合タンパク質との親和性が変わり遺伝子の発現が変化する。様々な修飾が確認されており、その影響は修飾によって異なる。ヒストンH3の4番目リシンのメチル化(H3K4me)、27番目リシンのアセチル化(H3K27ac)はエンハンサーやプロモーターの活性化を担う活性化型ヒストン修飾として知られている。

(注5)ATAC-seq
Tn5トランスポサーセという酵素を用いることで、クロマチンアクセシビリティーが高い領域のDNAだけを選択的に切断できる。これに次世代シーケンサーを組み合わせることでゲノム網羅的にクロマチンアクセシビリティーを解析できる。

(注6)CUT&TAG法
Tn5トランスポサーセに、さらに特定のDNA結合因子(ヒストン修飾や転写因子)への抗体を結合させることで、DNA結合因子の分布をゲノム網羅的に解析できる。

(注7)CREB/ATFファミリー、STATファミリー、IRFファミリー、CNCファミリー
CREB/ATFファミリー転写因子はTNFやIL-1などの炎症性サイトカインや紫外線、放射線、熱などのストレスに反応して活性化する転写因子であり、STATファミリー転写因子はトロンボポイエチンやIL-6をはじめとした各種のサイトカインに反応して活性化する。IRFファミリーの転写因子はインターフェロンにより活性化される。またCNCファミリーに属するNRF2は酸化ストレスに対して細胞を防御するマスターレギュレータとして知られている。

 

 問い合わせ先

〈研究に関すること〉
東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野
教授 岩間厚志 (いわま あつし) 
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html

〈報道に関すること〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/​
 

 資料

  


図1:加齢に伴う造血幹細胞のクロマチンアクセシビリティー変化の検出
ATAC-seqの原理


Tn5トランスポザーゼによりオープンクロマチン領域のゲノムを断片化し、その際に付与されたアダプターに相補的なPCRプライマーを用いてオープンクロマチン領域を増幅後、シークエンスによりオープンクロマチン領域を同定する。Differentially accessible region (DAR):若齢と加齢造血細胞分画のATACピークレベルに有意差が認められる領域。

 

図2:加齢に伴うストレス暴露のエピジェネティック記憶
ストレスシグナルはエピジェネティックな再構成を誘導し、ストレス応答性転写因子(ATF, STAT, CNCファミリーなど)を介して遺伝子発現の活性化をもたらす。この際、クロマチンの弛緩(アクセシビリティーの亢進)とヒストン修飾(エンハンサーマークH3K4me1, 転写活性化誘導性H3K27ac)の変化が誘導され、転写が活性化される。ストレス解除後にこれらの変化が部分的にのみ解除された場合、エピジェネティック記憶として維持され、ストレスの再チャレンジに際して遺伝子発現がより早くより強く誘導され、細胞のストレス応答性が増強される。加齢造血幹細胞においてDARとして検出されクロマチンが開いていながら活性化していないエンハンサー領域には、これまでにストレス刺激を受けて一度活性化した履歴がエピジェネティック記憶として記録されていることが想定される。
 

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