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ラット多能性幹細胞から精子・卵子の元になる細胞を作ることに成功 - 畜産業や医学研究への実用化に一歩前進 –

発表のポイント
 
  • ラット多能性幹細胞(注 1)から試験管内で精子・卵子の元になる始原生殖細胞を作ることに成功した。
  • 試験管内で作った始原生殖細胞(注 2)は、精子のできないラットの精巣に移植すると、精子になることができた。得られた精子を授精させてできた受精卵は正常なラットに成長した。
  • 多能性幹細胞から個体作出に繋がる始原生殖細胞の作製はマウスに次ぐ 2例目の成功となり、同技術の産業・医学研究への実用化に向け一歩前進した。

 発表概要

  • 東京大学医科学研究所再生発生学分野の小林俊寛特任准教授、及川真実特任研究員と自然科学研究機構生理学研究所の平林真澄准教授らは、奈良県立医科大学、京都大学、スタンフォード大学らの研究チームとの国際共同研究で、世界で初めてラットの多能性幹細胞から試験管内で精子・卵子の元になる始原生殖細胞を作ることに成功しました。試験管内で作られた始原生殖細胞を精子のできないラットの精巣に移植すると、正常な精子を作り、それらを卵子に授精させると健康な産仔を得ることができました。このように個体作出に繋がる機能的な始原生殖細胞を作ることができたのはマウスに次いで2例目になります。

  • マウスとラットは同じ齧歯類に属していますが、生理学的な特徴はラットの方がマウスよりもヒトに近いとされています。一方でラットは多能性幹細胞であるES細胞の培養方法開発において、マウスに遅れること 30年近くかかるなど、ヒトやその他多くの動物種と共通して試験管内での細胞培養における困難さが課題になっていました。始原生殖細胞を作る研究においてもマウスでの成功から11年が経過しましたが、今回、作製方法の工夫や新たに開発した遺伝子改変ラットを駆使することで、ようやく実現することができました。

  • ラットを用いた本研究成果は、効率的な産業動物の繁殖や生殖医学研究といった、試験管内で作った生殖細胞の利用・応用に向け、最も研究が進んでいるマウスと、ヒトや産業動物との橋渡しを担う重要な位置づけになると期待されます。

  • 本研究は、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金(新学術領域研究(研究領域提案型)基盤研究(B)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム)、住友財団 2021年度 基礎科学研究助成、生理学研究所 計画共同研究、東京農業大学生物資源ゲノム解析センター「生物資源ゲノム解析拠点」共同利用 等の支援を受けて行われました。
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  • 本研究成果は2022年4月7日付(米国東部夏時間)の科学雑誌「Science」オンライン版に掲載されました。 
 

 発表内容

近年、多能性幹細胞から精子・卵子といった生殖細胞を作る研究が盛んに進められています。もしこれが実用化できれば、効率的な産業動物の生産や、生殖細胞に起因する発癌・不妊の原因究明・治療法開発といった生殖医学研究に大きく役立つと期待されます。2011年にマウスで初めて多能性幹細胞から精子・卵子の元になる始原生殖細胞を作る技術が開発 1 されて以降、ヒトを含む複数の哺乳類において研究が進められてきました。しかしマウス以外の動物種では技術的な問題もあり、作られた生殖細胞から本当に正常な産仔が得られるかは明らかにされていませんでした。

そこで今回研究グループはマウスと同じ齧歯類であるラットを用いて研究を進めました (注 3)。ラットはマウスよりも生理学的な特徴がヒトに近いことが知られています。またマウスと並ぶ汎用な実験動物として生殖補助技術も充実していることから、作られた生殖細胞の受精能や個体発生能を正確に評価できる利点があります。一方で多能性幹細胞であるES細胞 (注 4) の培養法開発において、ラットはマウスに遅れること 30年近くかかるなど、一般的にマウスよりも試験管内での細胞培養に厳密な条件が必要で、その特徴はヒトやその他多くの動物種と共通しています。そこで研究グループはラットにおいて多能性幹細胞から生殖細胞を作る技術を確立できれば、近い将来その他の動物種へ応用する際のよい橋渡しになるのではないかと考えました。
 
ラット多能性幹細胞から始原生殖細胞の作製
マウスを用いた研究から、多能性幹細胞をまずは着床後の胚におけるエピブラスト (注 5) と呼ばれる細胞に近づけることが、始原生殖細胞を効率的に作る上で鍵になることが知られていました。そこで研究グループは多能性幹細胞であるラット ES 細胞を用い、マウスで開発された方法に倣ってエピブラスト細胞の作製を試みました。しかし細胞が培養皿上に接着することが必要なマウスの方法では、ラットの ES 細胞は生存できませんでした。そこで ES 細胞を培養皿上に接着させる代わりに、スフェロイドと呼ばれるボール状の構造体を作って浮遊させたまま培養したところ、数日の培養でエピブラスト細胞になれることがわかりました (図1A)。次に ES 細胞由来のエピブラスト細胞から始原生殖細胞を作るため、必要な培養条件を検討しました。ここで、エピブラスト細胞が始原生殖細胞になったかを視覚的に判断するため、遺伝子操作により始原生殖細胞になると赤色の蛍光を発するレポーターを持つラットを新たに作製し、そこから作った ES 細胞を使いました。

その結果、特定の条件下でスフェロイド内の細胞のうちおよそ 20% 程度が赤色の蛍光を発する始原生殖細胞になれることがわかりました (図1A)。そこでこの試験管内で作った始原生殖細胞における遺伝子発現パターンが、実際のラット胎児がもつ始原生殖細胞とどの程度似ているか比較してみました。すると今回作った細胞は特に胚発生初期の胎児がもつ始原生殖細胞に極めて近い特徴を示すことがわかりました。さらにこの試験管内で作った始原生殖細胞は、胚発生中期の胎児がもつ生殖腺の支持細胞 (注 6) と一緒に培養することで胚発生中期の始原生殖細胞に近い状態まで成長できました (図1B)。このことから、研究グループが開発した方法によりラット ES 細胞から試験管内で胚発生初期および中期の始原生殖細胞が作り出せることが明らかになりました。
 

図 1. ラット多能性幹細胞から試験管内における始原生殖細胞の作製
(A) 作製過程の各細胞およびスフェロイドの写真。ラット ES 細胞は数100 個の細胞が集まったコロニーを形成して増殖する。4000個の ES 細胞を集めスフェロイドを形成することでエピブラスト細胞、始原生殖細胞を作った。始原生殖細胞になると赤色蛍光のレポーターが陽性になる。
(B) 始原生殖細胞 (赤色) の免疫染色像。ES 細胞由来の始原生殖細胞は生殖腺の支持細胞と共培養することで DDX4 (緑色) という胚発生中期の始原生殖細胞で見られるマーカーを発現する (左)。右は実際のラット胎児がもつ始原生殖細胞。
 
ラットES 細胞由来の始原生殖細胞から作られた精子を使って産仔を得る
次に研究グループは、ラット ES 細胞由来の始原生殖細胞が精子を作れる能力を持っているかを検証するため、以前研究グループが報告2,3 した精子のできないラットの精巣に移植しました。この時、精子ができたかを視覚的に判断するため、遺伝子操作により精子形成が起こると緑色の蛍光を発するレポーターを持つラットを新たに作製し、そこから作った ES 細胞由来の始原生殖細胞を移植に用いました。8 週間後以降に精巣を調べてみると、精巣を構成する無数の細い管の中に、緑色蛍光を示す精子の詰まった管が観察され、このことから ES 細胞由来の始原生殖細胞が精巣の中で正常に精子を作れたことがわかりました (図2A, B)。最後にこの精子が受精して個体を作る能力を持っているか検証するため、顕微鏡下で細いガラス管を使って精子を 1個ずつラットの未受精卵に顕微授精 (注 7) しました。できた受精卵を雌ラットの卵管に移植すると、受精卵を移植されたラットは正常な産仔を出産することができました (図2C)。生まれた産仔は健康に発育し子孫を残すこともできました。これらのことからラット ES 細胞から試験管内で作った始原生殖細胞は、健康な個体の誕生・発育に繋がる正常な機能を持っていることが明らかになりました。
 
 

図 2. ラット多能性幹細胞から作った始原生殖細胞の機能評価
(A) ラット ES 細胞由来の始原生殖細胞が移植されてから 10週後の精巣写真。精子形成が起こっている場所は緑色レポーターが陽性になる。
(B) 緑色蛍光を示した管の免疫染色像。PNA という精子・精子細胞 (共に染色体が半分) のマーカー (赤) が認められる。
(C) (B) の精子細胞をラット未受精卵に顕微授精し得られたラット産仔 (生後 7-8日目)。その後、健康に成体に成長した。

 
本研究によりマウスに次いで 2番目の動物としてラットで、試験管内において多能性幹細胞から機能的な始原生殖細胞を作りだすことに成功しました (図3)。これまでの生殖細胞を作る研究ではマウスを用いた研究が飛躍的に発展してきましたが、それを追随できる動物種がなく、マウスで得られた知見や技術がどこまで動物種を越えて汎用なのか判断することが困難でした。本研究成果によりラットとマウスの生殖細胞の特徴を比較する解析も可能になり、そこから導き出された種を越えた保存性などを元に試験管内での生殖細胞作製研究が一層進むと考えられます。またそれらは将来的な産業応用やヒトを対象とした医学研究に繋がることが期待されます。
 

図 3. 本成果の概要
ラットの多能性幹細胞から、精子形成および正常なラットの誕生に繋がる機能的な始原生殖細胞を作ることに成功した。
 

 

 発表雑誌


雑誌名:Science
論文タイトル:Functional primordial germ cell-like cells from pluripotent stem cells in rats
著者:Mami Oikawa†, Hisato Kobayashi, Makoto Sanbo, Naoaki Mizuno, Kenyu Iwatsuki, Tomoya Takashima, Keiko Yamauchi, Fumika Yoshida, Takuya Yamamoto, Takashi Shinohara, Hiromitsu Nakauchi, Kazuki Kurimoto, Masumi Hirabayashi*, Toshihiro Kobayashi†*(†Equal contribution, *Corresponding author)
DOI番号:10.1126 / science.abl4412
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/science.abl4412
 

 問い合わせ先 

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 再生発生学分野
特任准教授 小林 俊寛(こばやし としひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/page_00175.html
 
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
 
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
https://www.nips.ac.jp/

 

 用語解説

注1) 多能性幹細胞 
試験管内における無限の増殖性と、身体のあらゆる細胞になれる多能性を兼ね備えた細胞。代表的なものとして、胚性幹細胞 (ES 細胞) や人工多能性幹細胞 (iPS 細胞) がある。

注 2) 始原生殖細胞 
妊娠初期の胚で作られるすべての精子・卵子の元になる細胞。マウス・ラットでは受精後 1週間後、ヒトでは2週間後に出現する。

注 3) マウスとラットの違い
マウスはハツカネズミ、ラットはドブネズミでそれぞれ実験動物としてよく使われている。ラットの方がマウスより 10倍ほど大きく、賢いことから、外科的手術、あるいは脳科学・生理学研究において扱いやすいという利点がある。

注 4) ES 細胞
胚性幹細胞 (Embryonic Stem cell) の略称で代表的な多能性幹細胞の1種。着床が起こる前の受精卵を試験管内で培養することで作ることができる。マウスでは 1981 年にマーティン・エバンス(英国)らによって、ラットでは 2008 年にオースティン・スミス (英国) らによってそれぞれ作られた。

注 5) エピブラスト
着床が起こった後に形成される多能性を持った細胞塊。生殖細胞を含め、様々な細胞になる直前の状態にある。

注 6) 生殖腺の支持細胞
胎児の生殖腺において一緒に存在する生殖細胞の成長を促し、精子・卵子へと成熟させる細胞。

注 7) 顕微授精
マイクロマニピュレーターという装置が付いた顕微鏡下で1個の精子を1個の卵子に注入し授精する操作。ジョイスティックによる精子・卵子の移動と、特殊な注射筒を使った液の出し入れを繊細に操作する技術を必要とし、不妊治療の現場でも使用されている。

 
 

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