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難治性疾患「原発性骨髄線維症」の新たな発症機構を発見 -ポリコーム抑制性複合体の機能不全は骨髄線維症を促進する-

発表のポイント
  • 遺伝子の発現を制御する因子であるポリコーム抑制性複合体の異性型PRC1複合体PRC1.1の機能不全が、原発性骨髄線維症(注1)の病態の悪化に関与することを明らかにしました。
  • PRC1.1の代表的な標的遺伝子であるHoxA遺伝子群の発現抑制の解除が、骨髄線維化を促進させることがわかりました。
  • PRC1.1は、これまで骨髄線維症において機能異常が知られていたポリコーム抑制性複合体の一つであるPRC2複合体とは異なる機序で骨髄線維化に関与することが示されました。

 発表者 

岩間 厚志(東京大学医科学研究所 幹細胞分子医学分野 教授)

篠田 大輔(東京大学医科学研究所 幹細胞分子医学分野 特任研究員)

 

 発表概要

原発性骨髄線維症は、骨髄増殖性腫瘍(注2)の一つで、造血幹細胞に生じた遺伝子異常により骨髄中の血液細胞が腫瘍化して増殖し、骨髄の線維化と造血障害を生じる血液がんです。原発性骨髄線維症は比較的稀な疾患であり、主に中高年層に発症し、予後不良であることが知られています。原発性骨髄線維症についても次世代シーケンサー(注3)による網羅的解析が進み、骨髄増殖性腫瘍に特異的なドライバー変異(注4)に加えて、エピゲノム(注5)因子やRNAスプライシング(注6)調節因子の遺伝子変異が報告されています。エピゲノム関連遺伝子としては、ASXL1やEZH2の変異が報告されています。

東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野の研究グループは、ヒストン修飾複合体で遺伝子発現を抑制するポリコーム抑制性複合体の中で、Polycomb repressive complex 2 (PRC2)及び従来型 PRC1複合体(注7)の機能不全が、原発性骨髄線維症の病態の増悪に関与することを報告してきました。しかしながら、異性型PRC1複合体(注7)の原発性骨髄線維症への関与は明らかにされていませんでした。今回、同分野の篠田大輔特任研究員、岩間厚志教授らの研究グループは、熊本大学の指田吾郎教授や理化学研究所の古関明彦グループリーダーとの共同研究において、異性型PRC1複合体の機能不全も骨髄線維症の病態を促進させることを明らかにしました。

本研究では、異性型複合体の一つであるPRC1.1の構成因子Pcgf1遺伝子の欠損が、原発性骨髄線維症のドライバー変異の一つであるJAK2遺伝子変異による骨髄線維症を促進させることがわかりました。また、Pcgf1遺伝子の欠損はPRC1.1の標的遺伝子であり造血腫瘍での活性化が知られているHoxA遺伝子群の発現抑制解除を介して骨髄線維化を促進させることが明らかになりました。一方で、PRC2機能不全に伴う骨髄線維症モデルと本モデルの遺伝子発現プロファイルは大きく異なることが明らかになり、PRC1.1はPRC2とは異なる機序で骨髄線維化に関与していることが示唆されました。本研究結果によって原発性骨髄線維症の病態がさらに明らかとなり、新たな治療法の確立に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2021年9月8日、国際医科学雑誌「Leukemia」オンライン版に公開されました。


 

図1:骨髄線維症の病態
ドライバー変異を獲得した造血幹細胞がさらに付加的な遺伝子変異を獲得することにより、腫瘍性の増殖能を獲得し、骨髄の線維化と造血障害を生じます。この過程には、異常な造血幹細胞から産生される巨核球や骨髄球(単球)系細胞が病態の形成・進行に重要な役割を持つことが明らかにされています。



 

図:本研究のまとめ
ポリコーム抑制性複合体の機能不全の骨髄線維症における役割についてEzh2欠損に伴うPRC2機能不全モデルではHmga2などの標的遺伝子を介して異常な巨核球造血を引き起こして、骨髄線維症を促進することを以前報告しました。今回のPcgf1欠損に伴う異性型PRC1機能不全では、巨核球造血の亢進は明らかではなく、HoxA遺伝子群などの発現亢進に伴う異常な骨髄球系細胞の増殖が線維化促進に寄与している可能性が示されました。


 

 発表内容

本研究では、異性型PRC1の一つであるPRC1.1の骨髄線維症の病態における役割を解明するために、原発性骨髄線維症のドライバー変異の一つであるJAK2遺伝子変異体を発現し、PRC1.1の構成因子Pcgf1遺伝子を欠損するマウスを作成して骨髄移植を行い、移植後マウスの解析を行いました。二重変異マウスは単変異マウスや野生型マウスに比較して有意に生存期間が短縮し、骨髄ならびに脾臓では著明な線維化の進行が確認されました。また、二重変異マウスは貧血や血小板減少症を呈するとともに、骨髄球系への分化の促進が認められました。一方で、PRC2機能不全骨髄線維症モデルマウスで認められた巨核球系の増殖は認められず、異なる表現型を有していました。

次に本マウスモデルにおいて骨髄線維化を促進するメカニズムを解明するために、骨髄移植後マウスから造血幹前駆細胞を採取してRNAシークエンス解析(注8)、ChIPシークエンス解析(注9)を行いました。 二重変異マウスの造血幹前駆細胞において、骨髄球分化に関連する遺伝子群の発現増強とヒストンH2A119番目のリジンのモノユビキチン化の低下が認められました。標的遺伝子としてHoxA遺伝子群 (Hoxa9など)が同定され、Pcgf1欠失によるHoxA遺伝子群の発現亢進が確認されました。

そこで、造血幹前駆細胞の培養を行ったところ、Pcgf1欠失によるHoxA9の発現亢進がJAK2遺伝子変異造血幹・前駆細胞の増殖能を増強し、骨髄球系への分化促進を引き起こしていることが確認されました。さらに、Hoxa9を強制発現させたJAK2遺伝子変異造血幹前駆細胞を移植したところ、早期に骨髄線維化を誘導することが示されました。

最後に、JAK2遺伝子変異を持つ骨髄線維症における異性型PRC1とPRC2の機能の差異を評価するために、JAK2遺伝子変異/Pcgf1欠損マウスとJAK2遺伝子変異/Ezh2欠損マウスの骨髄細胞の遺伝子発現データーを比較したところ、標的遺伝子が大きく異なることが明らかになり、異性型PRC1とPRC2の機能不全は、異なるメカニズムでJAK2変異マウスの骨髄線維症を促進することが示唆されました。

本研究において解析したPCGF1遺伝子の変異は骨髄線維症で報告されていませんが、骨髄線維症で変異の頻度が多いASXL1遺伝子変異は、Pcgf1欠損と同様にヒストンH2A119番目のリジンのモノユビキチン化の低下やHoxA遺伝子群の発現増強などが本モデルと共通した特徴が知られており、今回のPcgf1欠損マウスによる骨髄線維症モデルはASXL1遺伝子変異による病態を模倣している可能性があり、本モデルで明らかになった知見が骨髄線維症の病態解明に寄与することが期待されます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP19H05653, JP19H05746)により実施されました。
 

 発表雑誌

雑誌名:「Leukemia」(オンライン版)
論文タイトル: Insufficiency of non-canonical PRC1 synergizes with JAK2V617F in the development of myelofibrosis
著者: Daisuke Shinoda, Yaeko Nakajima-Takagi, Motohiko Oshima, Shuhei Koide, Kazumasa Aoyama, Atsunori Saraya, Hironori Harada, Bahityar Rahmutulla, Atsushi Kaneda, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Haruhiko Koseki, Kazuya Shimoda, Tomoaki Tanaka, Goro Sashida, and Atsushi Iwama
DOI : https://doi.org/10.1038/s41375-021-01402-2
URL : https://www.nature.com/articles/s41375-021-01402-2

 

 用語解説

(注1) 原発性骨髄線維症(Primary myelofibrosis:PMF):
骨髄増殖性腫瘍の一つで、造血幹細胞に生じた遺伝子の異常によって、骨髄中の血液細胞が腫瘍化して増殖し、骨髄の線維化と造血障害が生じる血液がんのこと。主に中高年層に発症し、予後不良であることが知られている。

(注2) 骨髄増殖性腫瘍 (Myeloproliferative neoplasms: MPNs):
主に慢性骨髄性白血病、真性多血症、骨髄線維症、本態性血小板血症の4種類の疾患から構成されており、造血幹細胞のクローン性増殖とそれに伴う末梢血での血球増加または骨髄の線維化に伴う造血不全を特徴とする疾患群。慢性骨髄性白血病はBCRとABLの相互転座によって引き起こされ、遺伝子変異を標的としたチロシンキナーゼ阻害薬が治療として確立されている。

(注3) 次世代シーケンサー  (Next Generation Sequencer: NGS):
ゲノム配列情報を読み取ることができる次世代型装置。2000年代後半に米国で実用化され、ゲノム解析が劇的に高速化され普及した。

(注4) ドライバー変異:
がんの発生や進行に直接的な役割を果たす遺伝子変異。真性多血症、骨髄線維症、本態性血小板血症では、JAK2、MPL、CALRの3種類の遺伝子がドライバー変異として報告されている。

(注5) エピゲノム:
DNAやヒストンへの化学修飾が規定する遺伝情報。後天的なものであり細胞の状況に応じて様々に変化する。DNAメチル化やヒストン修飾(メチル化、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化など)が知られている。

(注6) RNAスプライシング:
mRNA 前駆体からイントロンを除去して、成熟mRNAを産生するプロセス。スプライシングに関連する因子をスプライシング因子と総称しており、造血器腫瘍ではスプライシング因子の遺伝子変異が高頻度に認められることが報告されている。

(注7) ポリコーム抑制性複合体 (Polycomb Repressive Complex:PRC):
遺伝子の転写を抑制するヒストン修飾複合体であり、PRC1とPRC2の2種類に大別される。PRC2は、標的遺伝子座のヒストンH3の27番目のリジンをトリメチル化することに加えて、従来型PRC1を呼び込み、ヒストンH2Aの119番目のリジンをモノユビキチン化を促すことが知られてる。一方で、異性型PRC1はPRC2非依存的に標的部位にリクルートされ、ヒストンH2A119番目のリジンのモノユビキチン化を起こす。H3の27番目のリジンのトリメチル化とヒストンH2A119番目のリジンのモノユビキチン化はともに転写を抑制する機能を有する。

(注8) RNAシークエンス解析:
NGSを利用してmRNAの発現量を定量し、対象となる細胞内で発現する全転写物を網羅的に解析する手法

(注9) ChIPシークエンス解析:
抗体を用いて特定のタンパク質と結合するDNA領域を回収するクロマチン免疫沈降(Chromatin immunoprecipitation:ChIP)と、NGSを組み合わせた解析手法。特定の転写因子やヒストン修飾とゲノムDNAの結合部位を網羅的に解析することができる。

 

 問い合わせ先

〈研究に関すること〉
東京大学医科学研究所 幹細胞分子医学
教授 岩間厚志 (いわま あつし) 
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/stemcell/section02.html

〈報道に関すること〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/index.html
 
 

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