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ブラジルからの帰国者から分離された新型コロナウイルス変異株の性状解明、 ならびに本変異株に対するワクチン効果の検証

発表のポイント
  • ブラジル由来の変異株は、従来の流行株(注1)と同等の病原性と増殖性を持っている。
  • ブラジル変異株は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)回復者あるいはワクチン接種者の血清・血漿により中和(注2)された。
  • 従来株の初感染から回復した動物は、その後のブラジル変異株による再感染に対してある程度の抵抗性を示した。

 発表概要

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、ブラジルで出現した新型コロナウイルス変異株の特性を明らかにしました。本研究グループは今回、ブラジルからの帰国者から分離された新型コロナウイルス変異株の性状をCOVID-19動物モデル(ハムスター; 注3)で分析し、従来の流行株と比較しました。その結果、ブラジル変異株のハムスターにおける増殖力と病原性は従来株と同等であることが明らかになりました。また、COVID-19回復者あるいはワクチン接種者血清・血漿のブラジル変異株に対する中和活性は、従来株に対するそれと同じであることが判明しました。さらに、従来株の感染から回復したハムスターは、その後のブラジル変異株による再感染に対して一定の抵抗性を示すことも明らかになりました。本研究成果は、ブラジル変異株のリスクを評価する上で重要な情報となります。

本研究成果は、2021年6月17日(米国東部夏時間)、米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン速報版で公開されました。

なお本研究は、東京大学、米国ウイスコンシン大学、国立感染症研究所、米国ミシガン大学、国立国際医療研究センターが共同で行ったものです。本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として得られました。

 

 発表内容 

現在もCOVID-19の爆発的な流行が世界的規模で続いています。2021年6月17日現在、累計感染者数は世界全体で1億7000万名を超え、そのうちおよそ380万人が亡くなっています。

2021年に入り、スパイク蛋白質(注4)に変異を有する様々な新型コロナウイルス(英国、南アフリカ共和国、ブラジル、インド由来の変異株など)が国内において検出され、これら変異株の流行が急速に拡大しています。それらの中でブラジル変異株は、ウイルスの感染力や病原性を高める可能性のある変異(N501Y; 注5)を有していること、さらに現行ワクチンの効果を低下させる可能性のある変異(E484K; 注6)を有していることから、本変異株による流行拡大が懸念されています。しかし、この変異株の増殖力や病原性など、その基本特性については明らかになっていませんでした。

本研究グループは、まずCOVID-19感染モデル動物のハムスターを用いて、ブラジルからの帰国者から分離された変異株の増殖力と病原性を従来の流行株と比較しました。ブラジル変異株を感染させたハムスターでは、ウイルス感染により体重増加の抑制が観察されましたが、同変異株と従来株との間で体重変化に違いは認められませんでした(図1A)。また、ブラジル変異株の鼻や肺などの呼吸器における増殖力は、従来株とほぼ同じであることがわかりました(図1B)。このように哺乳動物におけるブラジル変異株の増殖力と病原性は、従来株と同等であることが判明しました。

COVID-19の回復者あるいはCOVID-19 mRNAワクチン(米ファイザー社製ワクチン)の接種者から採取された血清・血漿を用いて、ブラジル変異株と従来株に対する中和抗体価を測定しました。その結果、回復者あるいはワクチン接種者血清・血漿のブラジル変異株に対する中和抗体価は、従来株に対するそれとほぼ同じであることが明らかになりました(図2)。

次に、従来株の感染から回復したハムスターが、その後のブラジル変異株による再感染に対して抵抗性を示すのかどうかを調べました。初感染から回復したハムスターに変異株を再感染させた後、呼吸器におけるウイルス量を測定しました。変異株を再感染させたハムスターの鼻甲介からは少量のウイルスが検出されましたが、肺からはウイルスは全く検出されませんでした(図3)。加えて、ブラジル変異株を感染させたハムスターにCOVID-19回復者から採取した血漿を投与したところ、肺におけるウイルス増殖が抑制されることもわかりました(図4)。

以上の結果は、従来株の感染から回復した人がブラジル変異株に再び感染する可能性があることを示唆しています。しかし、ウイルス感染によって中和抗体が体内で産生されていれば、同変異株が体内に入ってきても重症化しないことを示しています。また、現行のCOVID-19 mRNAワクチンは、ブラジル変異株に対しても有効であることを示しています。

本研究によって、新型コロナウイルス変異株の特性の一端が明らかになりました。これらの成果は、変異株のリスク評価など行政機関が今後のCOVID-19対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
 
 
 
 
 
 

 発表雑誌

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(6月17日オンライン版)
論文タイトル:Characterization of a new SARS-CoV-2 variant that emerged in Brazil
著者:
Masaki Imai*, Peter J. Halfmann, Seiya Yamayoshi, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Shiho Chiba, Tokiko Watanabe, Noriko Nakajima, Mutsumi Ito, Makoto Kuroda, Maki Kiso, Tadashi Maemura, Kenta Takahashi, Samantha Loeber, Masato Hatta, Michiko Koga, Hiroyuki Nagai, Shinya Yamamoto, Makoto Saito, Eisuke Adachi, Osamu Akasaka, Morio Nakamura, Ichiro Nakachi, Takayuki Ogura, Rie Baba, Kensuke Fujita, Junichi Ochi, Keiko Mitamura, Hideaki Kato, Hideaki Nakajima, Kazuma Yagi, Shin-ichiro Hattori, Kenji Maeda, Tetsuya Suzuki, Yusuke Miyazato, Riccardo Valdez, Carmen Gherasim, Yuri Furusawa, Moe Okuda, Michiko Ujie, Tiago J. S. Lopes, Atsuhiro Yasuhara, Hiroshi Ueki, Yuko Sakai-Tagawa, Amie J. Eisfeld, John J. Baczenas, David A. Baker, Shelby L. O’Connor, David H. O’Connor, Shuetsu Fukushi, Tsuguto Fujimoto, Yudai Kuroda, Aubree Gordon, Ken Maeda, Norio Ohmagari, Norio Sugaya, Hiroshi Yotsuyanagi, Hiroaki Mitsuya, Tadaki Suzuki, Yoshihiro Kawaoka*
DOI:10.1073/pnas.2106535118
URL:https://www.pnas.org/content/118/27/e2106535118
 


 問い合わせ先

<医科研ウェブサイトお問い合わせフォーム>
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/inquiries.php

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授
河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/

 

 用語解説

注1)従来の流行株:
国内での流行初期に検出されたウイルスは、中国武漢由来の株であったが、2020年3月以降は、欧州から持ち込まれたウイルス(欧州株)が優勢になった。しかし、2021年6月現在、この欧州株とは異なる変異株が国内における流行の主流となっている。

注2)中和:
ウイルスの細胞への感染を阻害する機能(中和活性)を有する抗体がCOVID-19回復者やワクチン接種者の血液中に含まれる。

注3)COVID-19動物モデル:
本研究グループは、新型コロナウイルスに感染したハムスターが重い肺炎症状を呈するなど、ヒトに類似した病態を示すことを報告している(Imai et al., PNAS, 2020)。

注4)スパイク蛋白質:
コロナウイルス粒子表面に存在する蛋白質。ウイルス感染は、このスパイク蛋白質を介してウイルス粒子が宿主細胞表面の受容体蛋白質に結合することで始まる。実用化されたあるいは開発中のCOVID-19に対するワクチンのほとんどは、このスパイク蛋白質を標的としており、その機能を失わせる(中和する)ことを目的としている。COVID-19回復者やワクチン接種者の多くで、スパイク蛋白質に対する中和抗体が検出される。

注5)N501Y:
スパイク蛋白質の受容体結合部位に位置する501番目のアミノ酸残基がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に置き換わる変異。このアミノ酸置換によりスパイク蛋白質は受容体に結合しやすくなり、その結果、この変異を持つウイルスは宿主細胞に感染しやすくなる。

注6)E484K:
スパイク蛋白質の受容体結合部位に位置する484番目のアミノ酸残基がグルタミン酸(E)からリシン(K)に置き換わる変異。COVID-19回復者由来の抗体は、この変異を持つウイルスに対する中和活性が低いことから、同変異がワクチンの有効性に影響する可能性が指摘されている。
 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:518KB)