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タンパク質の配送異常を排除するしくみ
~翻訳に共役した品質管理機構の新たな機能を解明~

発表のポイント
  • タンパク質は正しく合成されると同時に機能すべき目的地へと正確に配送される必要があります。
  • 翻訳の伸長異常を感知する品質管理機構は、タンパク質合成の異常だけでなく、共翻訳的注1な配送異常も認識し排除することが明らかになりました。
  • 分泌系タンパク質の配送異常は、タンパク質の凝集体形成やミトコンドリアの機能不全に繋がるため、その異常をタンパク質の合成段階で識別する予防的なしくみが存在することが明らかになりました。
  • 本研究成果は、不良タンパク質の蓄積が原因とされる神経変性疾患などの発症機序の理解や新規治療戦略の開発に繋がることが期待されます。

 概要

膜タンパク質などの分泌系タンパク質の大部分は、共翻訳的に小胞体へと配送されます。この配送に異常が生じると、細胞質でのタンパク質の凝集体形成やミトコンドリアへの誤配送によるミトコンドリアの機能不全が惹起されます。東北大学大学院薬学研究科の稲田利文教授(東京大学医科学研究所 基礎医科学部門RNA制御学分野教授)と松尾芳隆講師は、翻訳の伸長異常を感知する品質管理機構の新たな細胞内機能を解明し、翻訳の伸長段階で分泌系タンパク質の配送異常を早期に識別し、予防的に排除することを明らかにしました。

様々な神経変性疾患の脳内病理解析では、共通して不良タンパク質の凝集体が観察されます。本研究成果は、神経変性疾患の原因となる不良タンパク質の合成を効率的に抑制する治療薬の開発に貢献する事が期待されます。

この研究成果は、米国科学誌Cell Reportsにオンラインで 2021年3月24日(日本時間)に掲載されました。
 

 詳細な説明

タンパク質はmRNA注2を鋳型としたリボソーム注3による翻訳反応によって合成されます。リボソームはmRNAにコードされたトリプレットからなる遺伝暗号(コドン)を1つのアミノ酸へと変換し、この反応を繰り返すことでペプチド鎖を伸長します。また、翻訳の伸長反応はペプチド鎖の伸長だけでなく、その折りたたみや目的地への配送、複合体形成などと共役しており、これにより正常な機能を有するタンパク質が合成されます。翻訳の伸長過程で生じる異常な翻訳停滞は、これらの共役関係に大きな影響を与え、タンパク質の機能に重大な欠損を引き起こす危険性をはらんでいます。そのため、細胞内の品質管理機構によって排除される必要があります。

稲田利文教授らの研究グループは、これまでに、異常な翻訳停滞を認識し強制的に翻訳反応を終了させ、途中まで合成された新生ペプチド鎖を分解する機構(RQC: Ribosome-associated quality control)の分子メカニズムを報告してきました。

細胞内では同一のmRNAを複数のリボソームが翻訳しているため、異常な翻訳停滞が生じると停滞したリボソームと後続のリボソームが衝突し“リボソームの交通渋滞”が形成されます(図1)。この交通渋滞は、センサータンパク質である“Hel2”によって認識され、異常翻訳の目印としてリボソームタンパク質uS10にユビキチンが付加されます(図1)。このユビキチン化注4は、翻訳の強制終了を担うRQT複合体(Ribosome-associated Quality control Trigger Complex)によって認識され、サブユニット解離によって除去されます(図1)。また、サブユニット解離後の60Sサブユニットに残された新生ペプチド鎖は、Ltn1によってユビキチン化され、プロテアソーム注5によって分解されます(図1)。

 
 

RQCは真核生物に広く保存されており、その破綻が神経細胞死に繋がることが広く認知されています。一方で、RQCの分子機構に関する研究は、人工的に翻訳停滞を引き起こす配列を挿入したモデルmRNAによる解析に頼って進められてきた経緯があり、実際に細胞内で生じる異常翻訳の実体はほとんど明らかになっていませんでした。

この課題を克服するために、今回、稲田利文教授らの研究グループは、RQCのセンサータンパク質であるHel2に着目し、選択的リボソームプロファイリングという手法を用いて、Hel2結合型リボソームに含まれるmRNAの網羅的解析を行いました。その結果、分泌系タンパク質の配送異常を伴う異常翻訳がHel2によって認識され、除去されることが明らかになりました。

膜タンパク質などの分泌系タンパク質の大部分は、翻訳伸長段階でSRP(Signal recognition particle) 注6に認識されることで共翻訳的に小胞体膜へと配送されます。膜タンパク質には疎水性に富んだ領域が多く存在し、親水性の細胞質ではうまくペプチド鎖の折りたたみを行うことができません。そのため、配送過程に異常が生じると、細胞質でタンパク質の凝集体が形成される危険性があります。また、一部の膜タンパク質では、SRPの機能低下によるミトコンドリア注7への誤配送が観察されており、それによりミトコンドリアの機能不全が惹起されることも報告されています。

今回の報告では、Hel2が分泌系タンパク質の翻訳伸長過程のごく初期にリボソームと結合する様子が観察され、SRPの機能低下によってその結合量がさらに増加することが明らかになりました。また、Hel2の欠損下では、SRPの機能低下によって惹起されるミトコンドリアの機能不全や分泌系タンパク質のミトコンドリアへの誤配送も亢進することから、Hel2が分泌系タンパク質の配送異常を早期に識別し、強制的に翻訳を終結させることで、毒性をもった不良タンパク質の蓄積を未然に防ぐことが示唆されました(図2)。

今回の報告は、翻訳に共役した品質管理機構の新たな機能を提案するものであり、今後、様々な疾患の原因となる不良タンパク質の合成を効率的に抑制する治療戦略の開発に貢献する事が期待されます。

 
 
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究A、C)、日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」、(公財)武田科学振興財団、(公財)持田記念医学薬学振興財団の研究助成により実施しました。
 
 

 論文題目

Title: The ribosome collision sensor Hel2 functions as preventive quality control in the secretory pathway
Authors: Yoshitaka Matsuo and Toshifumi Inada
 

 用語解説

注1 共翻訳的:翻訳反応(タンパク質合成の途中)と共役した状態を示す。

注2 mRNA:メッセンジャーRNAの略で日本語では伝令RNA。タンパク質合成の設計図となる遺伝情報を持つRNA。

注3 リボソーム:mRNAの持つ遺伝情報に従ってアミノ酸同士を結合させ、タンパク質を合成する装置。タンパク質とRNAから構成される巨大な複合体である。 

注4 ユビキチン化:ユビキチンは76アミノ酸からなる低分子タンパク質である。ユビキチンが他のタンパク質のリジン残基に共有結合で付加されると、タンパク質の活性を制御したりプロテアソームによって認識され分解されたりする。

注5 プロテアソーム:ユビキチン化された異常タンパク質を分解する因子。複数のタンパク質が集合して出来る複合体である。

注6 SRP:Signal recognition particleの略で日本語ではシグナル認識粒子。分泌系タンパク質の合成途中に新生ペプチド鎖のシグナルペプチドを認識し、翻訳中のリボソームを小胞体膜へと運ぶタンパク質-RNA複合体。

注7 ミトコンドリア:真核生物に存在する細胞小器官の一種。酸素呼吸により生命活動で必要とされるエネルギーであるATPの大部分を産生する。
 
 

 問い合わせ先

東北大学大学院薬学研究科
担当 稲田利文・松尾芳隆
http://www.pharm.tohoku.ac.jp/~idenshi/inada_lab_HP/

東京大学医科学研究所 RNA制御学分野
担当 稲田利文
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/basicmedicalsciences/page_00154.html


 

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