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新型コロナウイルスの空気伝播に対するマスクの防御効果

発表のポイント
  • 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の空気伝播におけるマスクの防御効果とマスクの適切な使用法の重要性を明らかにしました。
  • マスクにはSARS-CoV-2粒子の対面する人への暴露量を減らす効果と吸い込みを抑える効果があることわかりました。N95マスク(注1)は密着して使用しないと防御効果が低減すること、また、マスクだけではウイルスの吸い込みを完全に防ぐことができないことも明らかになりました。
  • マスクの適切な使用方法の理解に役立つことが期待されます。

 発表概要

東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野の河岡義裕教授らの研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の空気伝播におけるマスクの防御効果とマスクの適切な使用法の重要性を明らかにしました。

SARS-CoV-2によって引き起こされるCOVID-19は2019年末に中国で発生し、未だ終息の兆しを見せないまま世界規模での流行が続いています。感染経路として飛沫ならびにエアロゾル感染が考えられておりCOVID-19の感染拡大を防ぐためにマスクの着用が推奨されていますが、浮遊するウイルスに対してマスクがどの程度の防御効果を有するかについてはわかっていません。

本研究では、バイオセーフ―ティーレベル(BSL)3施設内に感染性のSARS-CoV-2を噴霧できるチャンバー(注2)を開発し、その中に人工呼吸器を繋いだマネキンを設置して、マネキンに装着したマスクを通過するウイルス量を調べました。その結果、マスクを装着することでSARS-CoV-2の空間中への拡散と吸い込みの両方を抑える効果があることがわかりました。また、N95マスクは最も高い防御性能を示しましたが、適切に装着しない場合はその防御効果が低下すること、また、マスク単体ではウイルスの吸い込みを完全には防ぐことができないことがわかりました。

感染性のSARS-CoV-2に対するマスクの防御効果とその効果を十分に発揮する条件が明らかになったことで、適切なマスクの使用方法への啓発に役立つことが期待されます。

本研究成果は、2020年10月21日(米国東部時間)、米国科学雑誌「mSphere」オンライン版で公開されました。なお本研究は、東京大学、慶應義塾大学、国立病院機構仙台医療センターが共同で行ったものです。本研究成果は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点研究領域)の一環として得られました。

 

 発表内容

COVID-19の猛威は未だ終息の兆しをみせず、2020年10月6日現在、既に世界中で3500万人以上が感染し100万人以上が犠牲となっています。COVID-19は会話中や咳などにおける飛沫を媒介として感染が拡大します。さらに、飛沫よりも小さな空気中を漂う粒子であるエアロゾルからもSARS-CoV-2の遺伝子が検出されており、ウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルを介したSARS-CoV-2の空気伝播が起こりうると考えられています。

COVID-19の感染拡大を防ぐためCDC(Centers for Disease Control and Prevention: アメリカ疾病対策予防センター)やWHO(World Health Organization: 世界保健機構)のガイドラインにおいてマスクの着用が奨励されており、医療現場を含め様々な場所でマスクの使用が求められています。しかしながら、マスクの性能についてはラテックスビーズや塩化ナトリウムを試験粒子として捕集効率が評価されており、感染性を持ったウイルス飛沫やエアロゾルに対するマスクの防御効果についてはわかっていませんでした。

本研究では、空中に浮遊するSARS-CoV-2に対してマスクがどの程度の防御効果を持つかを検討するために、感染性のSARS-CoV-2を用いてウイルスの空気伝播をシミュレーションできる特殊チャンバーを開発しました(図1)。


図1 BSL3施設内に設置したウイルス噴霧チャンバー
左側のマネキンの口からSARS-CoV-2が噴出されチャンバー内に拡散する。右側のマネキンには人工呼吸器が繋がれており、吸い込んだウイルス粒子はウイルス回収装置に捕集される。

このチャンバーはSARS-CoV-2を含め病原性の高い病原体を取り扱うことのできるバイオセーフティーレベル(BSL)3施設内に設置しました。ウイルス噴霧チャンバーの中にマネキンを設置し、ネブライザーを繋いでSARS-CoV-2を飛沫やエアロゾルとしてヒトの咳と同等の速度で口元から放出できるようにしました。ウイルスを吸い込むマネキンには人工呼吸器を繋いでヒトと同等の換気率で呼吸できるようにし、ゼラチン膜でできたウイルスを捕集する装置を呼吸経路に設置することで、マネキンが吸い込んだ空気に含まれるウイルス粒子を捕集できるようにしました。

まず、吐き出す側のマネキンと吸い込む側のマネキンの両者の距離とウイルスの吸い込み量との関係について調べたところ、ウイルスを放出するマネキンから離れるにしたがって、SARS-CoV-2の吸い込み量が減少することが分かりました。その一方で、1m離れていてもウイルスは吸い込まれることが分かりました(図2)。



図2 距離によるウイルスの吸い込みへの影響
SARS-CoV-2を噴出するマネキンと吸い込むマネキンの距離を変更した際のウイルスの吸い込み量への影響を検討した。ウイルスを放出するマネキンから離れるにしたがって、ウイルスの吸い込み量が減少した

続いて、ウイルスを吸い込む側のマネキンに各種のマスクを装着させて、ウイルスの吸い込み量を調べました。その結果、布マスクを着用することでウイルスの吸い込み量がマスクなしと比べて60-80%に抑えられ、N95マスクを密着して使用することで10-20%まで抑えられることがわかりました(図3)。



図3 マスク装着によるウイルスの吸い込みの防止効果
吸い込む側のマネキンにマスクを装着させ、ウイルスの吸い込み量への影響を検討した。N95マスクはウイルスの吸い込みに対する最も高い防御効果を示したが、フィッティングを行わないとその効果は低減した。


一方で、N95マスクは隙間をふさいだ密着条件で使用しないとその防御効果が低下することが、さらに、隙間を完全にふさいだとしても一定量のSARS-CoV-2がマスクを透過するということがわかりました。続いて反対にウイルスを吐き出させる側のマネキンにマスクを装着させてSARS-CoV-2を空間中に噴出させると、マスクの装着によりウイルスの吸い込み量が大きく低下することが明らかとなりました(図4)。



図4 マスク装着によるウイルスの拡散防止効果
ウイルスを吐き出す側のマネキンにマスクを装着させ、ウイルスの吸い込み量への影響を検討した。布マスク、外科用マスク、N95マスクはウイルスの拡散防止効果をそれぞれ示した。


このことはマスクにはウイルスの吸い込みを抑える働きよりも対面する人への暴露量を減らす効果が高いことを示唆しています。さらに、ウイルスを吐き出す側のマネキンに布マスクまたは外科用マスクを装着させ、吸い込む側のマネキンに各種のマスクを装着させると相乗的にウイルスの吸い込み量が減少することがわかりました。
上述の実験では定量性を確保するために高濃度のウイルスを噴霧して解析を行いました。

COVID-19感染者の呼気に含まれるウイルス量が不明であるため、噴霧するウイルス量を段階的に減らした実験も行ったところ、布マスク、外科用マスクならびにN95マスク着用時においてマスクを透過した感染性ウイルスはいずれも検出限界未満でした(図5)。



図5 低ウイルス量を噴霧した際のウイルスの吸い込みへの影響
吐き出すウイルス量(1×104 PFU)を減らして、ウイルスの吸い込み量への影響を検討した。N95マスクを密着して装着したとしてもマスクを透過したウイルスRNAが検出された。

一方で、ウイルスの遺伝子はどのマスク着用時においても検出されました。実際の感染者から吐き出された感染性ウイルスがマスクを通過して、感染を引き起こすのかどうかについては今後の更なる解析が必要ですが、マスクのみでは浮遊するSARS-CoV-2の吸い込みを完全に防ぐことができないことを示唆しています。

以上の研究成果は、マスクを密着させて適切に着用することの重要性の理解と、マスクの防御効果への過度の信頼を控え、他の感染拡大防止措置との併用を考慮する等の感染拡大防止に向けたガイドラインの作成に役立つことが期待されます。

 

 発表論文

雑誌名:mSphere(10月21日オンライン版)
論文タイトル:Effectiveness of face masks in preventing airborne transmission of SARS-CoV-2
著者:Hiroshi Ueki, Yuri Furusawa, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Masaki Imai, Hiroki Kabata, Hidekazu Nishimura, and Yoshihiro Kawaoka*
DOI:10.1128/mSphere.00637-20
https://msphere.asm.org/content/5/5/e00637-20.full
 

 用語解説

(注1)N95マスク
NIOSH(米国労働安全衛生研究所)によって規定された要件を満たした微粒子用マスク。塩化ナトリウムを試験粒子として95%以上の捕集性能を示します。

(注2)チャンバー
本研究では感染性のSARS-CoV-2を用いてウイルスの空気伝播をシミュレーションするために特殊な大型容器を開発しバイオセーフティーレベル3施設内に設置しました。
 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:390KB)