発表のポイント |
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概要
東京大学医科学研究所・附属先端医療研究センターの齋藤真助教は、妊婦のマラリア治療を最適化するための新しいエビデンスに関する調査成果を、オックスフォード大学、抗マラリア薬の臨床エビデンスの構築に取り組む国際組織「The WorldWide Antimalarial Resistance Network (WWARN)」との共同成果として公表しました。アルテメテル-ルメファントリン(AL)(注1)をはじめとする、アルテミシニンをキードラッグとする併用療法(ACT)(注2)が、現在推奨されているキニンをキードラッグとする治療法よりも、かなりの割合で効果的であることを明らかにしたものです。本研究成果は本日29日(イギリス時間)、欧米の医学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」に公表されました。
発表内容
妊婦はマラリアに感染しやすく、感染は母親と胎児の両方に悪影響を及ぼすことが知られています。しかし世界の妊婦の推定60%はマラリア流行地域に住んでおり、毎年1億2500万人の妊婦がマラリアの危険にさらされています。これまで妊娠中の母親は、胎児への薬の安全性への懸念のために臨床試験から除外され、抗マラリア薬の臨床試験においてはあまり研究対象とされていませんでした。一方、この20年間で一般に使用されているマラリア治療法が実際には安全であるというエビデンスが蓄積されてきました。しかしながら現在のところ、妊娠中の女性に対する抗マラリア薬の有効性を評価するための合意されたガイドラインは存在せず、有効性もあまり検証されてこなかったのが実情です。現在、キニンとクリンダマイシンの併用療法が妊娠初期の女性を治療するための推奨薬となっています。しかし、クリンダマイシンはマラリア流行地域では広く利用することができず、また実際には妊娠時期を問わず妊婦にはキニン単剤療法が使用されることが多い現状があります。
本研究は、10か国の19の研究から得られた4,968人に及ぶ妊婦の既存データを対象として、個別患者データを用いて多階層解析を実施したものです。多くの地域・期間のデータを標準化し、単一のデータセットに集積することで、異なる研究デザインで得られた研究データをより適切に解析・要約することが可能であり、元の研究論文で解析が不可能であったような様々なリサーチクエスチョンに対する統計的検出力も大きくなります。これは既存の研究が乏しい場合において、特に有効な手法です。本研究では、最も一般的に使用されるACTであるALを含むACTと推奨薬であるキニンをキードラッグとする治療法との有効性と忍容性について評価を行いました。
その結果、ACTの有効性と忍容性は、キニン治療法よりも優れていることが明らかになりました。 ALは、他のACTと比較した場合において、忍容性で最高値を示しましたが、有効性については最も低い値を示しました。これは、妊婦においてALの投与量が適切ではない(少なすぎる)ために有効性が低下している可能性があることを示しています。このため本研究では、用量を最適化するためのさらなる調査を推奨しています。
東京大学医科学研究所の齋藤真助教は、「ACTの安全性については以前から示されており、母親と胎児へのマラリアの悪影響を最小限に抑える観点から、副作用が少なく最も効果的な薬を使用する必要があります。妊娠中の女性に対する現在のACT投与量は最適ではないかもしれませんが、本研究結果により妊娠中の女性は苦くつらいキニンを我慢して飲まないといけない必要がなくなりました」と話します。一方、齋藤助教は、初産の女性、または感染したマラリア原虫量が多い女性は治療が失敗するリスクがより高いため、臨床経過を注意深く見守る必要があることも指摘しています。
マラリアの高流行地域では、キニン治療から28日以内に58.0%の女性が熱帯熱マラリアを再発したのに対し、AL治療後の再発は13.8%でした。低流行地域では、どちらの治療もより高い効果が見られましたが、それでもキニンの治療を受けた女性の33.6%が、28日以内に再発しました。一方、ACTで治療を受けた女性の95%以上は流行の度合い(つまり再感染の危険性)に関係なく、28日以内には再発しませんでした。
マラリア原虫の生殖母体(注3)の治療後の出現頻度は、ACT治療後よりもキニン治療の後で高いことが示されました。生殖母体はヒトから蚊にマラリアを媒介するための特別な段階であり、即ちこれは、マラリアの感染を減らすためにACTがより優れているということを意味しています。キニンの投与は、腹痛、吐き気、嘔吐などの副作用のリスクが高いため、忍容性が低下します。これは、キニンの推奨時期である妊娠初期ではつわりによって、さらに悪化する可能性があります。マラリアに感染した妊娠中の女性は一般的に、妊娠していない女性よりもマラリアによる症状が軽いため、副作用があると軽微な場合でも内服を自己中断してしまう可能性はより高くなります。
これらの研究結果を実際にある特定の地域で適用する場合には、抗マラリア薬の地域による耐性パターンに関する最新情報を考慮に入れる必要があります。また、妊娠中の女性に向けたより適切な、新しい投与量を模索する場合には、ACTの有効性と忍容性の両方を再評価する必要があります。
WWARNのディレクターで、研究の上席著者であるオックスフォード大学のフィリップ・ゲラン教授は、「本研究は、以前の研究で示されたACTに関する安全性のエビデンスと併せて、ACTの有効性と忍容性はキニンよりも優れていることを裏付ける揺るぎないエビデンスを示しました。一方で、母親と胎児の両方に最適な治療効果を保証するためには、抗マラリア薬の妊婦に対する最適投与量に関する今後の研究が欠かせません」と指摘しています。
発表論文
雑誌名:The Lancet Infectious Diseases(オンライン版)タイトル:Efficacy and tolerability of artemisinin-based and quinine-based treatments for uncomplicated falciparum malaria in pregnancy: a systematic review and individual patient data meta-analysis.
著者:Makoto Saito*, Rashid Mansoor, Kalynn Kennon, Anupkumar R Anvikar, Elizabeth A Ashley, Daniel Chandramohan, Lauren M Cohee,Umberto D’Alessandro, Blaise Genton, Mary Ellen Gilder, Elizabeth Juma, Linda Kalilani-Phiri, Irene Kuepfer, Miriam K Laufer, Khin Maung Lwin,Steven R Meshnick, Dominic Mosha, Victor Mwapasa, Norah Mwebaza, Michael Nambozi, Jean-Louis A Ndiaye, François Nosten, Myaing Nyunt,Bernhards Ogutu, Sunil Parikh, Moo Kho Paw, Aung Pyae Phyo, Mupawjay Pimanpanarak, Patrice Piola, Marcus J Rijken, Kanlaya Sriprawat,Harry K Tagbor, Joel Tarning, Halidou Tinto, Innocent Valéa, Neena Valecha, Nicholas J White, Jacher Wiladphaingern, Kasia Stepniewska, Rose McGready and
Philippe J Guérin*.
掲載日:2020年04月29日(GMT)
DOI:10.1016/S1473-3099(20)30064-5
URL:https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30064-5
用語解説
注1:アルテメテル-ルメファントリン(AL)
アルテメテル-ルメファントリンという経口薬で、アルテミシニン併用療法(ACT)の中で、現在世界で最も広く使われている。↑
アルテメテル-ルメファントリンという経口薬で、アルテミシニン併用療法(ACT)の中で、現在世界で最も広く使われている。↑
注2:アルテミシニンベースの併用療法(ACTs)
「9.添付資料」の中にある薬草(Artemisia annua)の抽出物を基に開発されたアルテミシニンをキードラッグとし、半減期の長いもう一つの別の作用機序の抗マラリア薬を組み合わせて併用する内服治療法で、非妊婦での熱帯熱マラリアに対する標準治療薬となっている。↑
「9.添付資料」の中にある薬草(Artemisia annua)の抽出物を基に開発されたアルテミシニンをキードラッグとし、半減期の長いもう一つの別の作用機序の抗マラリア薬を組み合わせて併用する内服治療法で、非妊婦での熱帯熱マラリアに対する標準治療薬となっている。↑
注3:生殖母体
マラリア原虫の生活環の中の一つの形態で、感染したヒトを蚊が吸血した際に生殖母体がヒトから蚊に移ることにより、蚊の体内で再び増殖し、次のヒトへと伝播することが可能となっている。↑
マラリア原虫の生活環の中の一つの形態で、感染したヒトを蚊が吸血した際に生殖母体がヒトから蚊に移ることにより、蚊の体内で再び増殖し、次のヒトへと伝播することが可能となっている。↑