高等生物では、多種多様な細胞が互いに共役し合うことで生命を維持しています。ヒトでは、実に37兆個もの細胞が集合して個体を形成していると言われており、その律動が恒常性の維持に必須であるとともに、調律の破綻は様々な疾患を引き起こす原因となります。私達の研究室では、最先端の遺伝子改変技術を用いて様々なモデルマウスを作製し、動物個体における特定の遺伝子機能について、特に生殖細胞の発生や、精子形成に着目しながら解析を進めています。
精子形成の制御の解明
生殖細胞は遺伝情報を次世代に伝えることだけに特化したユニークな細胞です。ヒトでは心臓が一度拍動する期間に1,500もの精子が作られています。この精子形成は、未分化な精原幹細胞から始まり運動性を持つ半数体の精子に至るまで複雑なプロセスが厳密に制御されることによって維持されています。我々は精子形成過程においてヒストンのエピジェネティクスが大きく変動することに着目しヒストン修飾と精子形成の関わりについて研究を進めており、これまでに精巣において高発現するヒストン脱メチル化酵素Fbxl10/Kdm2bが、細胞周期の抑制因子であるP19およびP21を介して、精原細胞の分裂活性を調整し、早期加齢を抑制していることを見出しています。更に、精原幹細胞の分化と自己複製のバランス制御をヒストンのエピジェネティクスが制御していることを見出しており、その詳細について解明すべく研究を進めています。


精子形成を調整する体細胞の機能的役割の解明
精巣には精細胞の他に様々な体細胞も存在しています。精細管内にはセルトリ細胞という上皮系の細胞が存在しており、精原幹細胞のニッチとして自己複製に必要な因子を供給している一方で、精細胞の分化に必要なシグナルもまたセルトリ細胞が供給しています。さらに、分化過程の精細胞をアンカーする足場としての役割も果たしているなど、セルトリ細胞は精子形成において重要な働きをしています。私達はこれまでに、セルトリ細胞に発現するRNA結合タンパク質が精細胞の減数分裂を制御するという興味深い現象を見出しています。また、精細管の外側には内皮細胞が存在しており、精原細胞の自己複製と分化を調整しています。私達は、老化オスマウスで見られる精子形成能力の低下は、この内皮細胞の老化亢進に起因して誘発されることを明らかにしています。今後も、引き続き、精巣の体細胞が精子形成に果たす機能的役割について、その詳細を明らかにしていきたいと考えています。

ゲノム編集を駆使した遺伝子改変マウス作製技術の高度化
内在遺伝子機能の欠損(ノックアウト)や外来遺伝子の導入(ノックイン)といった遺伝子改変マウスを用いることで、様々な遺伝子や細胞の機能的役割が個体レベルで実証的に明らかにできるようになりました。従来法は技術的に非常に複雑で、また個体の作製までに半年から一年程度の時間を要するものでしたが、2012年にCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集が報告されて以降、遺伝子改変技術は劇的な発展を遂げています。我々の研究室では、CRISPR/Cas9を応用することで、ES細胞の遺伝子改変効率を飛躍的に向上させること成功し、複数遺伝子を同時に極めて高効率(~100%)に改変可能で、ベクター作製からキメラ動物作製までを数ヶ月程度で完了できる技術を報告しています。これら技術を更に発展させ、マウス遺伝子全長をヒトのオーソログで置き換えるようなゲノムヒト化マウスの汎用的作出を可能とする方法や、個体内での遺伝子発現を時空間的に自在に操作できるような革新的新技術の開発を進めています。

生体内細胞運命転換技術を用いた個体レベルでの生命現象の理解
細胞のアイデンティティーは各々の細胞特異的な転写ネットワークによって形成・維持されています。現在、iPS細胞の誘導過程に代表されるように、体細胞に対して特定の転写因子を強制発現させることで、細胞の運命を積極的に変化させることが可能となりました。さらに近年では、多種多様な細胞が複雑に混在するマウス個体内においても、特定の細胞種を狙った人工的な細胞運命転換が「In vivo reprogramming」として可能になっています。この技術を改変かつ応用することで、発生・老化・発がん・性決定といった個体レベルで生じる様々な生命現象の分子基盤を明らかにし、得られた知見をもとに医学・生物学の進展に貢献することを目指します。
