研究活動

学会報告

獣医学会 (2014/9/9-12)

2014年9月14日 9月9日(火)~12日(金)まで、北海道大学で開催された第157回獣医学会学術集会に参加させていただきました。ここにそのご報告を致します。
学会は15の分科会に分かれており、私は主にウイルス分科会を拝聴しました。ウイルス分科会は他と比べて演題数が多く、学会期間中の大半をここで過ごすことになりました。しかし、ウイルスとは関係のないシンポジウムや、学生時代に尊敬していた先生の講演を拝聴することもでき、研究以外のことでも刺激を受けた4日間となりました。

【1日目】

学会初日の朝、札幌は快晴で気温も涼しく、非常に気持ちのよいスタートとなりました(涼しくていいねと北大生に話したところ、今日は暑いくらいです、と返されたのが印象的でした)。
この日、ウイルス分科会では重症熱血小板減少症候群(STFS)の話題が続きました。興味深かったのは、2件の疫学調査の結果でした。片方は1980年以降に採取された10種類の野生動物の血液サンプルを用いた抗体調査で、2005年以前からSFTSVが国内に存在した可能性と、ノウサギで強い反応が出たことが示されていました。他方では、シカの抗体保有率が高いことから、STFSVの制圧にはシカが重要であると結論づけていました。2件の調査の大きな違いは、サンプリング地域の差(前者は主に西日本、後者は全国)でしたが、これが結論の違いの原因とは考えづらく、今後の課題となっていました。この点に関し、ノウサギとシカの寿命の違いが指摘されていました。シカの寿命の方が長く、陽性率も自然と高まるのではというもので、陽性率と年齢の相関が気になるところでした。
STFSVは2012年に分離されたばかりであるにも関わらず、既に診断方法が確立・実用化されています。未だ分離すら難しいウイルスが多い中、STFSVに関しては既知のウイルスに関する研究成果が役に立ち、この点にウイルス学の面白さを感じました。現在はインフルエンザウイルスの勉強で精一杯ですが、もっと様々なウイルスに通じたいと思いました。

【2日目】

午前中は司宰機関シンポジウムを、午後は日本獣医学会各種賞の受賞講演を拝聴しました。
午前中、特に鶏ウイルス性白血病に関する講演を学部時代の卒論テーマだったこともあり、その歴史も含めて大変興味深く拝聴しました。本ウイルスに対する弱毒生ワクチンは、感染は防げないが発症を防ぐ「抗腫瘍ワクチン」であり、医学・獣医学の中でも稀有な成功例であると言われています。一方で本ウイルスは年々強毒化傾向にあり、近年ワクチンブレイクが散発しています。より防御効果の高いワクチンの開発が望まれるとのことですが、強いワクチンが普及した後には強いウイルスが再び登場し、イタチごっこになるのではと疑問が残りました。
午後の受賞講演では、ある先生が講演の始めに「真善美」について語られたのが印象的でした。この先生には偶然前日にお会いすることができ、励ましとアドバイスを頂いたばかりでした。研究だけでなく人としての姿勢を大切にし、それを伝えようとする先生の「教育者」としての姿勢に触れ、嬉しく感じました。
受賞講演の後は、ウイルス分科会に戻りました。インフルエンザウイルスの演題が複数予定されていたためです。その中に、TMPRSS2ノックアウトマウスを用い、この因子がB型インフルエンザウイルスの増殖に必要ではないという報告がありました。A型インフルエンザウイルスのHAはこのノックアウトマウス体内で開裂できずウイルスが増えないが、B型ウイルスは増殖できるというものです。他にどんなプロテアーゼが関与するのかは不明とのことで、今後の進展が待ち望まれます。「~ではない」と断言する報告は珍しく、そういった意味でも印象に残った演題でした。

【3日目】

午前、午後とインフルエンザウイルスの先生の講演が続きました。午前中は、現在御指導いただいている先生の講演でした。先生とは毎日のようにお話させていただきますが、講演を拝聴する機会はなかなかありません。当日午後に自分の発表を控えていたこともあり、話すペースや声のトーンなど、参考にできるポイントに特に注目して拝聴しました。その後お昼休みに発表の最終練習をした時には、大変役立ちました。
午後の講演は、パンデミックインフルエンザ対策の要点と題されていました。ウイルスに対抗する手段として、ヒトにとってはワクチンが大きな役割を果たします。しかしニワトリで流行するウイルスを制圧するには、迅速な摘発淘汰が最有力です。この政策の成功の鍵は、対象となった農家に対する十分な経済補償にかかっており、経済的に苦しい国では実現が難しいのが現状です。講演ではH5N1ウイルスを例に、摘発淘汰を徹底した国ではウイルスの流行が止まること、一方ワクチンの使用を開始した国では、途端に流行例が増加することを示すデータが取り上げられました。このようなデータを得るには長い年月と根気が必要ですが、強い説得力を持ちます。以前宮崎県で口蹄疫が発生した際も、徹底した摘発淘汰が功を奏し、日本は現在もワクチン非接種清浄国としての認定をOIEから受けました。人々にとっては天然痘の成功例もあり、ワクチンの有効性に対する先入観は非常に強いものです。すなわち、摘発淘汰への理解が広まるには時間がかかると予想されますが、この講演を通じ、必ずしも不可能ではないのだと強く感じました。
この日のウイルス分科会では、インフルエンザウイルスの演題が集中しました。この日、浮遊系MDCK細胞を使用している先生にお会いすることができました。インフルエンザウイルスの臨床株は、年々分離が難しくなっていると言われています。浮遊系MDCKは、接着型MDCKでは分離が困難だったウイルスが増殖することがあるそうです。その原因について、細胞密度が上がるためと考えていらっしゃいました。MDCKによるウイルス産生を商業応用するには、浮遊化を避けられないと以前から指摘されています。今回先生に教えて頂いた系は、今まで私が勉強してきたものとは少し異なりますが、特別な設備を必要としない点に大きな魅力を感じています。学会から戻りましたら早速試してみたいと考えています。

【4日目】

4日目(最終日)は午前中のみでした。演題数が少ない他の分科会は、3日目までに終了しており、学会会場はだいぶ静かになっていました。
この日は、牛白血病ウイルスに関する演題が連続しました。本ウイルスはレトロウイルス科に分類され、家畜伝染病予防法により届出伝染病に指定されています。このことからわかる通り、本ウイルスは畜産業に深刻な被害をもたらしています。会場には大動物臨床の先生のお顔もお見かけし、臨床現場における本ウイルス・疾病に対する関心の大きさを感じました。演題も、診断方法の開発から新規変異ウイルスの報告、ワクチン開発戦略、ウイルス因子とがん化の関係など多岐にわたっていました。
中でも印象的だったのが、あるグループによるワクチン開発戦略の報告でした。この先生方はインシリコ解析とナノ技術によってペプチドワクチンを開発・改良し、まずマウスでその効果を確認しています。そして、牛を使用した感染実験でもその有効性が証明されていました。私は実験の規模の大きさに大変驚きました。本ウイルスへの感受性は、MHC classIIの型に依存します。そこで先生方はまず、体外受精により感受性MHC (+/+) の個体を作出しています。マウスと違い、個体が十分成長するまでに2年近くかかったと推察されます。牛白血病ウイルスの研究は年々、臨床応用が近づきつつある印象を受けています。他の実験動物のようにはいきませんが、明確な目標と、着実に研究を進めることがいかに重要で有効であるかを痛感しました。

【自分の発表について】

自分の発表は3日目の午後にありました。今回が私にとって2回目の学会発表でした。ポインターを振り回さない、聴衆に目を向ける、等の発表態度は1回目と比べて格段に良くなったと思います。頂いた質問は想定していた内容でしたが、もっとシンプルな答えがあったはずだと後から反省しました。自分の研究に対し外部の先生方から質問を頂いたことは、今後のモチベーションになりました。次の機会にはもっと深く掘り下げた報告ができるよう、研究に邁進したいと思います。

D2 髙﨑紗蘭


獣医学会は、今年度より年1回の開催となった学術集会で、対象となる分野は微生物や寄生虫などの感染症分野や公衆衛生分野をはじめ、解剖、生理などの基礎分野、臨床分野まで獣医学領域の幅広い内容を含む。
基本的にはウイルスのセッションを拝聴したが、異分野で興味のある発表も多くあり、充実した4日間を過ごすことができた。

初日、ウイルスのセッションでは、マダニ媒介性疾患である重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスについての発表がいくつかあり、感染研を始め各大学でも活発に研究が行われている印象を持った。疾患モデルとしてのマウスの検討や全国のダニのウイルス保有調査、猟友会と協力してのシカ、イノシシなどの抗体調査が行われており、シカからの吸血を行ったマダニで高コピーのウイルスゲノムが検出されたことからシカがウイルス増幅動物として重要であるとのことだった。2005年時には南九州や四国では野生動物とマダニ間での生活環が成立していたようだが、近年、近畿地方や中国地方でも抗体陽性の野生動物が増加しているという。この感染地域の拡大の原因が野生動物の移動によるものなのかは不明なようである。

2日目、解剖のセッションにおいてmicroRNA-エクソソームと腎疾患についての講演があった。慢性腎臓病(糸球体傷害)の早期マーカーとして、尿中のエクソソーム内miRNAを利用するという話だった。
磁気ビーズ灌流法という方法を用いて、マウスにマイクロビーズを投与して糸球体を磁気ビーズに結合させ、効率的に糸球体を分離してDeep Sequencingを行い、健常マウスの糸球体に高発現しているmiRNAを同定した。マウス腎炎モデルとヒトの腎炎患者において、糸球体でのそのmiRNAの発現は低下しており糸球体を構成する足細胞内のアクチン繊維の減弱化が認められたこと、さらに尿中のエクソソーム内miRNAレベルは増加していたことから、細胞傷害によりそのmiRNAが放出されていることが示唆されたとのことであった。現時点では腎障害の犬猫での検討は行っていないようだが、これまでの腎疾患マーカーより早期に変化をとらえられるのであれば有用なバイオマーカーになることが期待される。近年、血清や体液中エクソソーム内miRNAを利用したバイオマーカーの探索は積極的に行われており、ウイルスに対する感染マーカーとしての報告も相次いでおり非常にホットな分野であると感じた。

さらに乳中の機能性RNAの講演を行っているグループもいた。ラットの乳中miRNAのプロファイルが継時的に変化すること、牛乳由来エクソソームがヒトの細胞内へ移行することを発表されていた。これは異種のエクソソームが細胞に何らかの影響を与えている可能性を示すものであり、興味深かった。miRNAは動物間で高度に保存されており、牛とヒトで配列が完全に一致するmiRNAも存在する。仮にそのようなmiRNAが豊富に含まれているならば牛由来エクソソームがヒトの細胞で機能することもあり得るのかなと思った。

ウイルスのセッションでは「新型または新種の病原体に関する現状と対策」というタイトルのシンポジウムがあり、近年生じたウイルス、細菌に対する研究発表が行われた。
その中で最も印象的だったのは、山口大学の前田健先生の講演であった。One Healthの概念のもと、動物が保有する新規のウイルスを知ることで、感染症発生時における迅速な対応ができるということを念頭に研究を行っているとのことだった。なかでも2012年末に、各研究機関が原因追究に苦心するなかで患者の血清からSFTSウイルスを分離した仕事は素晴らしいと思った。患者血清を培養細胞に感染後4-5日で小さいCPEを確認し、そこからSFTSウイルスの分離を行った。先に報告していた中国のグループは、SFTSウイルスはCPEを形成しないと主張していたが、丁寧な観察によりCPEを見逃さなかったとのことであり、非常に感銘を受けた。普段の研究に対しても、このような姿勢で臨むことが大切であると再認識した。

自分の発表について、なるべく聴衆に目を配りながら発表することを心掛けた。準備したスライドについては、初めて自分の研究内容を聞く人に対しては内容が多く、少しわかりにくかったかもしれないと感じた。これまで報告されている免疫応答としてのエクソソームの機能についてスライドを1枚作っておくべきだったかと思う。質問では、エクソソームが実際に移行してmiRNAが機能したことは示したか、という質問を受けた。確かに今回の実験ではmiRNAの機能は示したが、その現象がエクソソームを介して起こることを証明していないので、今後検討する必要があると思われた。

D2 前村忠