インフルエンザウイルス粒子形成に関わる宿主因子の同定
インフルエンザウイルス粒子形成に関わる宿主因子の同定
ウイルスは自らが持つ蛋白質だけでは自己複製出来ないため、ウイルス増殖には我々の細胞の分子を利用する。つまり、ウイルス増殖に関わる細胞の分子を明らかにすることは『ウイルスが我々の細胞の中でどのようにして増殖しているのか?』という疑問に答えるために必要な、パズルのピース集めのようなものである。インフルエンザウイルスは、我々の細胞に感染すると、細胞の機能を使い、数時間で子孫ウイルスを細胞から放出する。HIVなどのウイルスでは、この段階で利用される細胞の蛋白質は分かっていたが、インフルエンザウイルスでは、長年の謎であった。
本研究で我々は、質量分析法という、サンプルにどのような蛋白質が含まれているのかを調べる方法を利用して、人間の細胞内でインフルエンザウイルスの蛋白質がくっつく、細胞の蛋白質を数多く見つけてきた。それらの中から、インフルエンザウイルスが増えるのに必要なものとして、F1Fo-ATPaseという蛋白質複合体の部品(F1β)が重要であることを明らかにした。人間の細胞からF1βの量を減らすと、放出されるウイルス粒子が低下した。さらに、電子顕微鏡という、非常に小さなものを観察する顕微鏡を使って、細胞の表面から出てくるウイルスの数を数えた。その結果、F1βの量を減らした細胞では、細胞表面から出てくるウイルスの数が少なくなっていた (下図参照)。以上より、インフルエンザウイルスが細胞に感染し、ウイルスを細胞から放出する段階に、細胞が備えている、F1βを含む複合体が重要な役割を担うことが示唆された。
F1Fo-ATPaseの我々の細胞内における最も有名な機能としては、ミトコンドリアにおけるATPの大量合成がある。しかし、興味深いことに、インフルエンザウイルスが利用するのは、ミトコンドリアに存在するF1Fo-ATPaseではなく、細胞表面にあるF1βだったのである。F1Fo-ATPaseがATPを分解すると、ウイルス粒子が効率良く作り出されることが示唆された。これまでに、細胞膜にあるF1βは、脂肪の代謝など、さまざまな機能を持っていることが知られており、さまざまな研究分野から注目されている分子の一つである。
さらに、F1βの人間の細胞における重要性を、現在流行している新型およびB型インフルエンザウイルスを用いて確かめた。その結果、これらのウイルスが増えるためにも、F1βが重要な役割を担うことがわかった。このことから、この蛋白質が現在流行している全てのインフルエンザウイルスに共通して必要な細胞の蛋白質である可能性がある。
一般にウイルスの進化は、細胞のそれよりも速く、薬剤耐性がしばしば問題となるが、今後、本研究成果から得られた知見に基づき、細胞の蛋白質を標的とする抗ウイルス薬が開発されれば、薬剤耐性を生じにくい抗ウイルス薬の開発につながると期待される。