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ヘルペスウイルスの新規受容体を発見

ヘルペスウイルスの新規受容体を発見

Nature. 2010 Oct 14;467(7317):859-62
有井潤1,2、五藤秀男3、末永忠広4、尾山大明5、秦裕子5、今井孝彦1、箕輪敦子1、明石博臣2、荒瀬尚4,6,7、河岡義裕3,8,9,10、川口 寧1
1. 東京大学医科学研究所・感染症国際研究センター・感染制御系・ウイルス学分野、2. 東京大学農学部・獣医微生物学、3. 東京大学医科学研究所・感染免疫部門・ウイルス感染分野、4. 大阪大学微生物病研究所・免疫化学分野、5. 東京大学医科学研究所・疾患プロテオミクスラボラトリー、6. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター、7.CREST・JST、8. 東京大学医科学研究所・感染症国際研究センター・高病原性感染症系、9. ウィスコンシン大学マディソン校・病理生物科学研究部、10. ERATO 河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクト
Non-muscle myosin IIA is a functional entry receptor for herpes simplex virus 1. Jun Arii,1,4 Hideo Goto,2 Tadahiro Suenaga,5 Masaaki Oyama,3 Hiroko Kozuka-Hata,3 Takahiko Imai,1 Atsuko Minowa,1 Hiroomi Akashi,4 Hisashi Arase,5,6, 7 Yoshihiro Kawaoka,2, 8, 9, 10 and Yasushi Kawaguchi1*

ヒトに様々な疾患を引き起こす単純ヘルペスウイルスの受容体が非筋肉ミオシンIIA (NM-IIA: non-muscle myosin IIA)であることを発見しました。NM-IIAの制御阻害剤が、マウス病態モデルでウイルス感染や病態を顕著に抑制したことより、NM-IIAを分子標的として新薬開発につながることが期待されます。


[詳説] 単純ヘルペスウイルス(HSV: herpes simplex virus)は、ヒトに口唇ヘルペス、脳炎、性器ヘルペス、皮膚疾患、眼疾患といった多様な疾患を引き起こします。日本人では10 人に1人が口唇ヘルペスにかかったことがあると言われており、性感染症として重要な性器ヘルペスの患者数は年間約7万人と推計されています。また、特に脳炎は重篤であり、致死的あるいは重度の後遺症が残る場合が多いことが知られています。したがって、単純ヘルペスウイルスの感染機構を解明することは、これらの感染症を制御する上で大変重要であると考えられます。

ウイルスは宿主細胞に感染することによって増殖します。その際、ウイルス粒子上にある糖タンパク質が細胞膜上にある特異的な受容体と会合することによってウイルスは細胞内に侵入します。これまでの研究から単純ヘルペスウイルスの細胞侵入にはウイルス粒子上にある糖タンパク質B(gB: glycoprotein B)および糖タンパク質D(gD: glycoprotein D)がそれぞれ異なる受容体と会合することが必要であると考えられてきました。しかし、生体内でのウイルス感染に主要な役割を果たすgD受容体は明らかになっている一方で、gB受容体は不明でした。

今回当研究グループは、単純ヘルペスウイルスの糖タンパク質Bが非筋肉ミオシンIIA (NM-IIA: non-muscle myosin IIA)の重鎖(NMHC-IIA: non-muscle heavy chain IIA)と会合することにより、ウイルスが細胞内に侵入することを発見しました。興味深いことに、受容体は通常、細胞膜表面に発現していることが知られていますが、NM-IIAは細胞表面にはそれほど発現しておらず、ウイルスの侵入開始に伴い速やかに細胞表面に誘導され受容体として機能することが明らかとなりました。このユニークなNM-IIAの細胞表面への誘導は、細胞のタンパク質リン酸化酵素であるミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK: myosin light chain kinase)によるNM-IIAの制御軽鎖(RLC: regulatory light chain)のリン酸化によって引き起こされており、ミオシン軽鎖キナーゼの特異的阻害剤であるML-7はNM-IIAの細胞表面への誘導を抑制し、単純ヘルペスウイルス感染を阻害できることが明らかになりました。さらに、マウス角膜炎モデルにおいて、ML-7を感染前にマウスに点眼すると、マウスの角膜炎症状および致死率が顕著に低減しました。これらの結果は、「単純ヘルペスウイルスがNM-IIAを速やかに細胞表面に誘導し、受容体として利用することによって細胞に侵入する」という全く新しい感染機構を解明したという点で学術的に高い意義を有するだけでなく、NM-IIAおよびその制御機構を標的として単純ヘルペスウイルス感染症に対する新薬を開発できる可能性を示しています。

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単純ヘルペスウイルスは、一度感染すると終生宿主に潜伏感染し、頻繁に再活性化して疾患を引き起こします。つまり、一度感染すると完治は困難であり、患者は頻繁に繰り返される再発症に長期間苦しみます。そのため初感染を防御することが重要であると考えられますが、今のところワクチンや感染防御に効果のある抗ウイルス剤は開発されていません。現行での単純ヘルペスウイルス感染症の治療ではアシクロビルという抗ウイルス薬が用いられていますが、アシクロビルはウイルス感染細胞に殺傷的に働くために、感染そのものを阻害することはできません。特に脳など再生能が無い組織での感染では、感染の広がりを迅速に阻害することが予後を良くする上で重要であると思われます。また、アシクロビル耐性のウイルスも報告されています。今回、NM-IIAとウイルスとの相互作用を阻害する抗NM-IIA抗体やNM-IIAの発現抑制、さらには、NM-IIAの動態を制御することによって単純ヘルペスウイルスの感染を阻害できることが明らかになりました。よって、NM-IIAを分子標的とすることによって、アシクロビルとは異なる作用機序を持ち、さらには迅速な感染阻害や初感染の防御にも有効である新しい抗ウイルス剤の開発につながることが期待されます。