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冠動脈疾患発症に関する遺伝的変異の影響を解明
-60万人超の大規模ゲノム解析で明らかに-

解説

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チームの伊藤薫チームリーダー、小山智史特別研究員、久保充明副センター長(研究当時)、東京大学の小室一成教授、鎌谷洋一郎教授、油谷浩幸教授、村上善則教授、野村征太郎特任助教らの国際共同研究グループは、京都大学ゲノム医学センター[1]、JPHC研究[2]、J-MICC研究[3]、OACIS研究[4]と共同で、日本人約17万人のゲノムデータに加え、約5,000人の全ゲノムシークエンスデータを応用し冠動脈疾患を対象としたゲノム解析を行いました。さらにヨーロッパ人集団との統合解析により、冠動脈疾患に関わる疾患感受性座位[5]を新たに同定し、日本人における冠動脈疾患の発症リスクを予測する遺伝的リスクスコア(GRS)[6]を作成しました。

本研究成果は、冠動脈疾患の発症に関わる分子機構の詳しい理解に役立つだけでなく、遺伝情報に基づいた予防・治療の個別化に貢献すると期待できます。



 さまざまな遺伝的リスクスコア(GRS)による冠動脈疾患発症の予測性能

今回、国際共同研究グループは、バイオバンク・ジャパン[7]のゲノムデータを用いて、日本人約17万人のゲノムワイド関連解析(GWAS)[8]を行い、これまでのヨーロッパ人集団を対象とした研究では同定されていなかった8領域を含む、48の冠動脈疾患に関わる疾患感受性座位を同定しました。さらに、過去に行われたヨーロッパ人集団でのGWASの結果と統合し、計60万人を超える大規模な民族横断解析を行った結果、新たに同定された35領域を含む175の疾患感受性座位を同定しました。

これまでヨーロッパ人集団のGWASの結果はGRSの作成において日本人をはじめとする非ヨーロッパ人集団への応用が難しいと考えられていましたが、本研究ではヨーロッパ人集団のデータに日本人のデータを加えることによって、高い予測性能を示すGRSの作成に成功しました。
本研究は、科学雑誌『Nature Genetics』の掲載に先立ち、オンライン版(10月5日付:日本時間10月6日)に掲載されました。

[1] 京都大学ゲノム医学センター
本研究では、京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センターと理化学研究所と共同で作成した全ゲノムシークエンスデータが、共同研究として使用された。同データは難病プラットフォーム(https://www.raddarj.org)において、難病研究コントロールとしても利用されている。京都大学ゲノム医学センターでは次世代の疾患解析モデルの構築を目指している。

[2] JPHC研究
がんや脳卒中、心筋梗塞、糖尿病といった生活習慣病における予防要因や危険要因を明らかにし、日本人の生活習慣病の予防と健康寿命の延伸に役立てることを目的としたコホート研究。全国11の保健所と国立がん研究センター、国立循環器研究センター、大学、研究期間、医療機関が共同で実施している。JPHCはJapan Public Health Center-based Prospective Studyの略。詳細は国立がん研究センター 社会と健康研究センター 予防研究グループ 多目的コホート研究のページ(https://epi.ncc.go.jp/jphc)を参照。

[3] J-MICC研究
がんやその他の生活習慣病に対し、遺伝要因や環境要因、生態指標と疾患リスクとの関係を測定し、予防対策に必要な基礎データを築くことを目的とした大規模追跡調査。13の大学・がんセンターが共同して実施している。2005年に開始し、千葉県から沖縄県におよぶ地域で10万人以上が参加し、20年間の追跡を計画している。J-MICCはJapan Multi-Institutional Collaborative Cohort Studyの略。詳細は日本多施設共同コーホート研究のウェブサイト(http://www.jmicc.com)を参照。

[4] OACIS研究
阪神地区の25の医療施設において急性心筋梗塞患者を対象とし、遺伝子や臨床背景、治療経過、予後などの情報収集・解析を行い、心筋梗塞の病態を理解し、治療の改善につなげることを目的としたプロジェクト。大阪大学が中心となって構築された。OACISはOsaka Acute Coronary Insufficiency Studyの略。

[5] 疾患感受性座位
単一遺伝子病の原因遺伝子のように、遺伝子に変異があると必ず発症するというものではなく、変異があると発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりするような染色体上の領域のこと。

[6] 遺伝的リスクスコア(GRS)
ゲノム上の数万から数百万の遺伝的変異の影響を足し合わせることで計算される、個人の疾患へのかかりやすさの推定値や身長・体重の予測値のこと。冠動脈疾患であれば、この値が高いほど発症の可能性が高いとされる。GRSはGenetic Risk Scoreの略。

[7] バイオバンク・ジャパン
2003年に開始されたオーダーメイド医療実現化プロジェクトの基盤事業であり、東京大学医科学研究所内に設置されている。今回の研究で使用した第一期コホートでは、日本人約20万人から収集したDNAや血清試料を臨床情報・ゲノム情報とともに厳重に保管しており、研究者へ試料や情報を提供している。詳細はバイオバンク・ジャパンのウェブサイト(https://biobankjp.org/index.html)を参照。

[8] ゲノムワイド関連解析(GWAS)
疾患の発症に影響がある遺伝的変異を網羅的に検出する方法。疾患の罹患状態と全ての遺伝的変異の関係について統計解析を行い、厳格な水準を満たした遺伝的変異だけが疾患に関連する変異として報告される。2002年に理化学研究所が世界に先駆けて報告した手法。GWASはGenome Wide Association Studyの略。
 

プレスリリース

論文情報

"冠動脈疾患発症に関する遺伝的変異の影響を解明 -60万人超の大規模ゲノム解析で明らかに-Population-specific and trans-ancestry genome-wide analyses identify distinct and shared genetic risk loci for coronary artery disease"

Nature Genetics 2020年10月5日 doi:10.1038/s41588-020-0705-3

Satoshi Koyama, Kaoru Ito, Chikashi Terao, Masato Akiyama, Momoko Horikoshi, Yukihide Momozawa, Hiroshi Matsunaga, Hirotaka Ieki, Kouichi Ozaki, Yoshihiro Onouchi, Atsushi Takahashi, Seitaro Nomura, Hiroyuki Morita, Hiroshi Akazawa, Changhoon Kim, Jeong-sun Seo, Koichiro Higasa, Motoki Iwasaki, Taiki Yamaji, Norie Sawada, Shoichiro Tsugane, Teruhide Koyama, Hiroaki Ikezaki, Naoyuki Takashima, Keitaro Tanaka,Kokichi Arisawa, Kiyonori Kuriki, Mariko Naito, Kenji Wakai, Shinichiro Suna, Yasuhiko Sakata, Hiroshi Sato, Masatsugu Hori, Yasushi Sakata, Koichi Matsuda, Yoshinori Murakami, Hiroyuki Aburatani, Michiaki Kubo, Fumihiko Matsuda, Yoichiro Kamatani, and Issei Komuro

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