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ウイルス遺伝子の新しい解読法の開発に成功
-新規ウイルス蛋白質を発見し、ウイルス性脳炎の発症の仕組みを解明-

解説

ウイルス感染による病態の理解には、ウイルス遺伝子にコードされているウイルス蛋白質の包括的な同定が必要不可欠です。また、既存の抗ウイルス剤やワクチンは、ほぼ全ての場合でウイルス蛋白質を標的とすることからも、ウイルスゲノムに含まれる遺伝情報を解読する重要性は明らかです。一方、ウイルスは、単なるゲノムの塩基配列情報からでは予測できない特別な(非標準的な)遺伝情報など、多様で複雑な遺伝情報をウイルスゲノムに搭載しています。このようなウイルスゲノムに潜む遺伝情報の全体像を解読するためには、包括的にウイルス蛋白質を直接検出することが理想的と考えられますが、従来の技術では困難でした。

東京大学医科学研究所の川口寧教授、加藤哲久助教、産業技術総合研究所の夏目徹首席研究員、足達俊吾主任研究員らの共同研究グループは、「多くのウイルスが宿主蛋白質の新規合成を抑制する」という特性に着目し、新規合成蛋白質に特化した質量解析を行うことによって、簡便かつ敏速に非標準的な遺伝情報さえも読み解くウイルス遺伝子の新しい解読法を開発しました。

本法により、単純ヘルペスウイルス(HSV)(注1)の新規ウイルス蛋白質を9つ同定し、その中の1つであるpiUL49が、HSVが引き起こすヘルペス脳炎(注2)の発症を特異的にコントロールする病原性因子であることを発見し、その脳炎発症の仕組みを解明しました。

本研究成果は、解明された脳炎発症の仕組みを標的としたウイルス性脳炎の新しい治療法の開発に繋がることが期待されます。また、開発されたウイルス遺伝子解読法は、新型コロナウイルスをはじめ他のウイルスの遺伝子解読にも応用可能であり、さまざまなウイルス研究への展開も期待されます。
本研究成果は2020年9月29日、米国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に公開されました。

(注1)単純ヘルペスウイルス (HSV)
ヒトに口唇ヘルペス、性器ヘルペス、脳炎、皮膚疾患、眼疾患、新生児ヘルペス等、多様な疾患を引き起こす。HSV感染症には、抗ウイルス剤が開発されているが、性器ヘルペスや脳炎にはその効果は限定的で、アンメットメディカルニーズ(未充足な医療ニーズ)が高い。

(注2)ヘルペス脳炎
HSVの脳への感染によって引き起こされる。無治療での致死率は70%以上と高く、抗ウイルス剤を投与しても10~15%の患者が死に至り、生存した場合でも高率に中~重度の後遺症が残る。社会復帰率は約半数でしかない。


プレスリリース

論文情報

"ウイルス遺伝子の新しい解読法の開発に成功 -新規ウイルス蛋白質を発見し、ウイルス性脳炎の発症の仕組みを解明- Identification of a Herpes Simplex Virus 1 Gene Encoding Neurovirulence Factor by Chemical Proteomics."

Nature Communications オンライン版 2020年9月29日 doi:10.1038/s41467-020-18718-9

加藤哲久、足達俊吾、川野秀一、竹島功高、渡辺瑞季、北爪しのぶ、佐藤亮太、草野秀夫、小栁直人、丸鶴雄平、有井 潤、八田知久、夏目 徹、川口 寧

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