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霊長類レンチウイルスの異種間伝播の分子メカニズム
-エイズウイルス誕生につながるウイルスの適応進化原理の解明へ-

解説

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤佳准教授らは、分子系統学と実験ウイルス学の学際融合研究により、エイズウイルスを含むレンチウイルスが、「種の壁」を乗り越えて異種間伝播し、新たなウイルスとして適応進化(注1)する分子メカニズムの一端を解明しました。

ウイルスが異なる種の宿主に感染する(異種間伝播する)ためには、さまざまな障壁を乗り越える必要があります(図1)。ウイルスはまず、元の宿主から新たな宿主へと「暴露(spillover)」される必要があります。次にウイルスは、新たな宿主で複製する中において、新しい宿主の中で複製するために有利になる変異を獲得し、新たな宿主の個体の間で伝播し、新たなウイルスとして適応進化します。しかし、ウイルスが異なる種の宿主への異種間伝播を達成するためには、「種の壁(species barrier)」(注2)を乗り越える必要があります。

分子系統学とウイルス分離場所の地理情報の統合解析(系統地理学的解析、biogeography)から、エイズウイルスは、類人猿(チンパンジーやゴリラ)のレンチウイルスがヒトに異種間伝播することによって、約100年前に中央アフリカで誕生したと推察されています。

また、ゴリラのレンチウイルスもまた、チンパンジーのレンチウイルスが、ゴリラへと異種間伝播することで誕生したと推察されています。このように、ウイルスの配列情報を用いた分子系統学的解析により、エイズウイルスの誕生につながるレンチウイルスの異種間伝播の経路については詳細が明らかとなっています。しかし、それぞれのウイルスがどのようにして新しい宿主の「種の壁」を乗り越え、新しいウイルス(ヒトにとってのエイズウイルス)へと適応進化したのか、その分子メカニズムについてはほとんど明らかとなっていませんでした。

本研究では、分子系統学情報とウイルス学・細胞生物学に基づく詳細な分子スクリーニング実験により、チンパンジーのレンチウイルスが持つタンパク質のたったひとつのアミノ酸変異によって、ゴリラの内因性免疫を乗り越える機能が獲得されることが明らかとなりました。実世界で起こったレンチウイルスの種間伝播の原理を、分子系統学と実験ウイルス学の学際融合研究によって解明した初めての研究成果です。
本研究成果は、2020年9月10日米国科学雑誌「PLOS Pathogens」のオンライン版に公開されました。

(注1)適応進化
新たな宿主に暴露されたウイルスが、新たな宿主に適応するために変異を獲得する過程。

(注2)種の壁(species barrier)
ウイルスの異種間伝播を妨げる、宿主が生来持っている防御機構。
 

プレスリリース

論文情報

"霊長類レンチウイルスの異種間伝播の分子メカニズム -エイズウイルス誕生につながるウイルスの適応進化原理の解明へ-"

PLOS Pathogens オンライン版 2020年9月10日 doi:10.1371/journal. ppat.1008812

中野 雄介1, 山本 啓輔1,2, 上田 真保子3, Andrew Soper1,2, 今野 順介1,4,5, 木村 出海1,4,6, 瓜生 慧也4,7, 熊田 隆一1,4,8, 麻生 啓文1,4,6, 三沢 尚子1, 長岡 峻平1,4,5, 清水 聡真1,6, 光宗 渓杜1,6, 小杉 優介1,6, Guillermo Juarez-Fernandez1,2, 伊東 潤平1,4, 中川 草3, 池田 輝政9,10,11, 小柳 義夫1,2,6, Reuben S Harris9,10, 佐藤 佳1,4,6,7,12*

1京都大学ウイルス・再生医科学研究所
2京都大学大学院医学研究科
3東海大学医学部
4東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センターシステムウイルス学分野
5京都大学大学院生命科学研究科
6京都大学大学院薬学研究科