筋無力症病因分子の動作原理を解明 - Dok-7による受容体型チロシンキナーゼMuSKの筋自律的な活性化 -
筋無力症病因分子の動作原理を解明 - Dok-7による受容体型チロシンキナーゼMuSKの筋自律的な活性化 -
私達は脳からの指令を運動神経によって骨格筋に伝えることで、手や足などを意識的に動かしています。この運動神経の末端は骨格筋の基本単位である筋管(筋繊維)の中央部分と対合し、神経筋接合部と言う特殊なシナプス(神経筋シナプス)を形成しています。神経筋シナプスにおいては運動神経の末端からアセチルコリンと呼ばれる神経伝達物質が分泌され、筋管上の後シナプス部位に密集するアセチルコリン受容体を刺激することで骨格筋の収縮が惹起されます。従って、神経筋接合部(神経筋シナプス)の機能不全は呼吸を含めた様々な運動機能の障害を伴う筋無力症の原因になります。
これまでの研究によって、我々は神経筋接合部の形成に必須のタンパク質としてDok-7を同定し、ヒトDOK7遺伝子の異常によって神経筋接合部の形成不全を伴う筋無力症(DOK7型筋無力症)が発症することを明らかにしています(Science 312, 1802-1805, 2006; Science 313, 1975-1978, 2006)。また、これらの成果から、本疾病の最終的な診断法を確立しました。しかしながら、Dok-7タンパク質がどの様な動作原理の下で神経筋接合部の形成に機能しているかについては不明な部分が多く、治療法開発の基盤となる情報が求められていました。今回、我々はDok-7タンパク質が神経筋接合部の形成を司るMuSKと言うタンパク質に直接、細胞内から働きかける筋内在の活性化因子であり、Dok-7を失った筋管ではMuSKが活性化されないことを発見しました。さらに、このDok-7シグナルを人為的に増強することでマウスにおける神経筋接合部の形成を促進できることも明らかにしています。これらの知見は、DOK7型筋無力症やMuSKの機能低下を伴う筋無力症の治療法開発にむけた手がかりとなるべき重要な情報です。
MuSK(muscle-specific receptor tyrosine kinsae)は筋特異的に発現する受容体型のタンパク質チロシンリン酸化酵素(チロシンキナーゼ)であり、運動神経末端から放出されるアグリン(Agrin)と呼ばれるタンパク質によって筋管細胞外から活性化され、細胞内のリン酸化シグナルによって神経筋接合部、特に、後シナプス部位の形成に必須の役割を果たしています。しかしながら、近年の研究から、アグリンが無い状況においてもMuSK依存的な後シナプス部位が形成されることが明らかとなり、筋内在のMuSK活性化因子が探し求められていました。今回の知見は、Dok-7がこの筋内在のMuSK活性化因子であることを示すと共に、アグリンによる細胞外からの活性化にもDok-7による細胞内からの刺激が必要であると言う驚くべき制御機構の存在を示すものです。つまり、神経筋接合部の形成初期においてDok-7が骨格筋の細胞内から筋自律的にMuSKを活性化することで後シナプス部位の形成を開始した後に、運動神経末端から放出されるアグリンがDok-7と協調してMuSKのさらなる活性化を誘導することで神経筋接合部の形成を完了させることが示されました。このDok-7によるMuSKの細胞内からの活性化機構は、受容体型チロシンキナーゼが細胞外からの刺激を細胞内のリン酸化シグナルに変換すると言う原則に従わない、全く新しいシグナル制御機構であり、その意味において、今回の発見は学術的にも高い意義を有するものと言えます。