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研究概要
名古屋大学 大学院医学系研究科腎臓内科学の古志衣里 助教(同 総合保健体育科学センター)、渡辺裕 助教(同 大学院医学系研究科分子腫瘍学)、古橋和拡 講師、丸山彰一 教授、および東京大学医科学研究所 生化学・統合がん研究分野(兼任:名古屋大学大学院医学系研究科 分子腫瘍学)の鈴木洋 教授らの研究グループは、難治性ネフローゼ症候群(*1)の治療薬リツキシマブ(RTX)(*2)が効く患者さんを採血で見分ける手がかりを、T細胞の遺伝子発現解析によって見いだしました。微小変化型ネフローゼ症候群(MCD)(*3)は、まずステロイドで治療しますが、ステロイドを減らすたびに尿蛋白の再燃を繰り返してステロイド投与を止められない難治例(頻回再発型・ステロイド依存性)が少なくありません。こうした患者さんにはB細胞を除去するリツキシマブが有効ですが、効く人と効かない人を投与前に見分ける方法はありませんでした。
研究グループは、10年近くステロイドを止められなかった成人MCD患者さんを対象に、RTX投与の前後の採血でT細胞を採取し、1個ずつの細胞ごとに遺伝子発現を解析しました(シングルセル解析)。リツキシマブがよく効いた反応群と効かなかった非反応群を比較したところ、反応群では投与後にT細胞で非反応群に比べて約18倍もの数の遺伝子が変動し、CD4陽性細胞傷害性T細胞(*4)を中心にミトコンドリア(*5)のエネルギー代謝(酸化的リン酸化(*6))が高まっていることが推定されました。この代謝の変化は、T細胞の酸化ストレスを反映する活性酸素種(ROS)(*7)の測定からも示唆されました。
これらの結果から、リツキシマブの治療効果は、リツキシマブの直接的な標的であるB細胞そのものへの影響だけではなく、T細胞への波及効果と関連している可能性が示されました。T細胞の代謝状態やROSをバイオマーカー(*8)として使えれば、リツキシマブが効く患者さんをいち早く見極められ、難治性ネフローゼの治療最適化につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年8月21日付で米国科学誌『iScience』にオンライン掲載されました。
1. 背景
こうした難治例には、免疫細胞の1種であるB細胞を除去する抗体薬であるリツキシマブ(RTX)が有効です。2014年以降、RTXは小児期発症の患者さんには保険適用となっていた一方、長らく成人期発症の症例への適用はありませんでしたが、2026年6月に成人期発症の場合にも保険適用となりました。今回の研究は、この保険適用以前の2018~2022年に、名古屋大学において適応外使用としての倫理的手続きを経てRTXを使用していた成人患者さんを対象としています。
成人でも治療の選択肢が広がった今、「どの患者さんに、どのタイミングで投与すべきか」が問題です。RTXを投与するとB細胞は血中からほぼ消失し約半年で回復しますが、B細胞が回復した後も1年以上寛解(*10)が続く患者さんがいる一方で、B細胞が消えている間に再発する患者さんもいます。つまりRTXの効果は「B細胞除去」だけでは説明できず、治療反応性を予測するバイオマーカーは確立されていません。効く患者さんを早期に見極められれば、早い寛解と合併症の軽減につながり、逆に効かない患者さんへの反復投与による感染症のリスクと医療資源の低減につながります。そこで研究グループは、RTXが直接は標的としない「T細胞」に着目しました。B細胞とT細胞は互いに信号を送り合って免疫を制御しており、B細胞除去がT細胞に及ぼす効果と治療反応性との関係を、1細胞レベルの高解像度で検証しました。
2. 研究成果
(1)反応群のT細胞では、投与後に遺伝子発現が大きく変動する

リツキシマブ投与前後で発現が変動した遺伝子は、非反応群ではわずか77個であったのに対し、反応群では1,415個に達しました(図1)。その差は約18倍にのぼります。反応群では、細胞内のエネルギーを生み出す酸化的リン酸化(OXPHOS)に加え、T細胞活性化に関係するインターフェロンα/γやIL-2–STAT5経路の遺伝子の発現の上昇がみられました(図2)。
反応群では、T細胞が慢性的な刺激で機能が低下した状態に相当する「疲弊T細胞(*12)」がRTX投与後に有意に減少していました。一方、酸化的リン酸化の活性化が顕著だったのはCD4陽性細胞傷害性T細胞(CD4⁺CTL)で(図3)、TCR解析からは、このサブセットのうちエネルギー代謝が効率的に亢進した細胞を中心に増殖の程度が高まっていることが示されました。
さらに、転写因子(*13)の活性を推定する遺伝子制御ネットワーク解析により、この変化の上流因子の推定も行いました。
独立した別の患者群でフローサイトメトリー(*14)によりT細胞内の活性酸素種(ROS)を測定したところ、反応群では投与前に高かったROSが投与後に低下し、非反応群では逆に上昇しました(図4)。これにより、リツキシマブの効果が、ミトコンドリア機能の改善と酸化ストレスの軽減と関係していることが示唆されました。
加えて、公共データベースを用いた小児ネフローゼのデータの再解析により、ネフローゼではT細胞の代謝が酸化的リン酸化ではなく別の代謝経路である解糖系へ偏っていること、そして病原性のB細胞とT細胞(特にCD4⁺CTL)の間で異常な細胞間のクロストーク(*15)が生じていることが確認されました。
これらの結果を総合すると、ネフローゼでは病気の原因に関係するB細胞がT細胞に影響を与えており、反応群においてRTXがB細胞除去を介して治療効果を発揮するときには、T細胞に逆向きの波及効果(酸化的リン酸化の上昇、ROS蓄積の改善、CD4⁺CTLの増殖の上昇など)がおきることが示唆されました。一方、非反応群ではT細胞の変化に乏しく、B細胞に依存しない病態が背景にあると考えられました。すなわち、T細胞の状態を調べることで「RTXが効く患者さんかどうか」を見分けられる可能性が示されました。
3. 今後の展開
本研究は、RTXの早期投与がまだ一般的ではなかった頃に10年近くステロイド依存であった成人難治例の採血検体を用いた、世界で初めてのシングルセル解析です。今回の研究では、標準治療であるステロイドだけでは抑えきれずRTXの使用を検討せざるを得なかった、まさに難治の症例に対象を限定して解析を行いました。加えて当時はRTXの使用に慎重で、投与間隔が半年以上空くことも多かったため、「投与後6か月以内に再発する」という非反応群にあたる患者さんを見いだしやすい状況にありました。RTXの早期・反復投与が一般的となった近年では、こうした真の非反応群を実臨床で見いだすことは難しく、効く患者さんと効かない患者さんを明確に対比できる本研究の検体は、今や得がたい貴重なものといえます。ただし、サンプル数が限られた探索的研究であるため、今回見いだされたT細胞の代謝状態やROSの変化が本当にリツキシマブの効果を予測できるかは、より大規模な検証が必要です。
成人発症の頻回再発型・ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対してもRTXが保険適用となった今、「誰に有効かを投与前に見極める」ことが治療方針の決定において重要です。今後、治療前の血液検査でB細胞やT細胞を解析することでRTXの効きやすさを予測する手法が確立できれば、効く患者さんには早期の寛解導入によって合併症を減らし、効かない患者さんには無効な投与を避ける――難治性ネフローゼのテーラーメイドな医療の実現につながることが期待されます。
4. 支援・謝辞
用語説明
*2 リツキシマブ(RTX):白血球の一種のB細胞を減らす薬。
*3 微小変化型ネフローゼ症候群(MCD):ネフローゼ症候群を起こす代表的な原因疾患の一つで、腎臓の見た目には大きな変化がないもの。
*4 CD4陽性細胞傷害性T細胞:白血球の一種のT細胞のうち、異常な細胞を攻撃する働きを持つもの。
*5 ミトコンドリア:細胞の中でエネルギーをつくる「発電所」のような部分。
*6 酸化的リン酸化:ミトコンドリアでエネルギーを効率よく生み出す仕組み。
*7 活性酸素種(ROS):体の中で生じる物質で、増えすぎると細胞にダメージを与える。
*8 バイオマーカー:病気の状態や薬の効き目を判断する手がかりとなる指標。
*9 糸球体:腎臓の中で血液をこし、尿をつくるフィルターの役割をする部分。
*10 寛解:症状が落ち着き、病気がほぼコントロールされている状態。
*11 T細胞受容体(TCR):T細胞が異物を見分けるためのセンサーのようなもの。
*12 疲弊T細胞:長く刺激を受け続けて働きが弱くなった免疫細胞。
*13 転写因子:遺伝子の働きを調節するスイッチのような役割をもつタンパク質。
*14 フローサイトメトリー:血液などの検体から細胞を取り出し、細胞を1つずつレーザー光に通して、大きさや性質、目印となるタンパク質の有無などを調べる検査技術。
*15 クロストーク:細胞どうしが情報をやり取りして影響し合うこと。
論文情報
論文タイトル:Single-cell transcriptomic signatures of T cells associated with Rituximab responsiveness in Idiopathic Nephrotic Syndrome
著者:Eri Koshi-Ito1,2,9, Yu Watanabe1,3,9, Chikao Onogi1, Asuka Horinouchi1, Koichi Ogami3,4, Seiko Yoshino3, Yohei Sugimoto3, Shintaro Komatsu1,3, Akihito Tanaka1,5, Kazuhiro Furuhashi1,5*, Shoichi Maruyama1,6, and Hiroshi I. Suzuki3,4,6,7,8*
1 Department of Nephrology, Internal Medicine, Graduate School of Medicine, Nagoya University; Nagoya.
2 Research Center of Health, Physical Fitness and Sports, Nagoya University; Nagoya, Japan.
3 Division of Molecular Oncology, Center for Neurological Diseases and Cancer, Graduate School of Medicine, Nagoya University; Nagoya, Japan.
4 Division of Biochemistry and Integrative Cancer Research, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
5 Department of Nephrology, Nagoya University Hospital; Nagoya, Japan.
6 Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Nagoya, Japan.
7 Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT); Nagoya University, Nagoya, Japan.
8 Inamori Research Institute for Science (InaRIS), Kyoto, Japan.
9 These two authors contributed equally
* Correspondence
DOI:10.1016/j.isci.2026.117237
連絡先
名古屋大学大学院医学系研究科 分子腫瘍学
教授 鈴木 洋(すずき ひろし)
(東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 生化学・統合がん研究分野 教授)
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/neuroscience/mol-oncology/
名古屋大学大学院医学系研究科 腎臓内科学
助教 古志 衣里 (こし えり)
https://profs.provost.nagoya-u.ac.jp/search?m=field&l=ja&f1=A189&f2=A53040&s=1
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