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難病・希少疾患研究に、患者と家族はどう参画できるのか ―― 医学研究への「患者・市民参画(PPI)」について、難病・希少疾患の患者・家族212名にオンライン調査 ――

発表のポイント
  • 医学研究の計画や実施に患者・市民が関わる「患者・市民参画(PPI)」について、難病患者・家族の全国的なネットワーク2団体を通じて、難病・希少疾患の患者・家族212名にオンラインによる質問紙調査を行いました。
  • PPIという言葉を調査前から知っていた人は29.7%にとどまりました。
  • PPIの認知と関連していた回答者の特徴は「患者会への参加」のみでした。ただし患者会に参加している人でも66.9%はPPIを知らず、患者コミュニティという経路には活かしきれていない余地があります。
  • ほとんどの回答者がPPIに何らかのメリットがあると答え、最も多かったのは、病気の研究が進むことへの期待でした(84.9%)。必要な支援としては、社会一般への周知、患者・家族に対する教育の機会、医療機関などでの情報の掲示がいずれも約7割で挙げられ、PPIを実質的なものにするには、制度上の推進だけでなく、参画を支える条件の整備が課題となることが示唆されました。

 概要

東京大学医科学研究所公共政策研究分野の渡部沙織特任助教、武藤香織教授、木矢幸孝助教、東京大学大学院新領域創成科学研究科の永井亜貴子特任助教、理化学研究所生命医科学研究センターの由井秀樹研究員らの研究グループは、難病患者・家族の全国的なネットワーク2団体を通じて、難病・希少疾患の患者と家族を対象にオンラインによる質問紙調査を実施し、212名の回答を分析しました。

近年、医学研究の計画や実施の段階から患者・市民が関与する「患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)」(注1)が国際的に広がってきており、日本でも2019年に日本医療研究開発機構(AMED)が「患者・市民参画(PPI)ガイドブック」(注2)を公表するなど、研究費や政策の枠組みに取り入れられてきました。ただし、国内の取り組みは主に研究者に向けられたものであり、日本で患者や家族の側がPPIをどう受け止めているかを直接調べた研究は限られていました。

とりわけ患者数が少ない難病・希少疾患(注3)は、診断や治療の改善が研究の進み方に大きく左右される領域です。同時に、患者や家族と研究とをつなぐ役割を患者会(患者アドボカシー団体:注4)が担ってきました。難病・希少疾患領域でPPIがどう受け止められているかを知ることは、PPIを国内ですすめる仕組みを考えるうえで手がかりになります。

その結果、「患者・市民参画」という言葉を調査前から知っていた人は29.7%、実際にPPIに関わった経験のある人は20.8%でした。性別、学歴、患者本人か家族か、患者会への参加について検討したところ、PPIの認知と関連していたのは患者会への参加のみで、参加経験のある人では33.1%、ない人では13.5%がPPIを知っていました。一方、患者会に参加している人でも66.9%はPPIを知りませんでした。

また、ほぼすべての回答者(「あてはまるものはない」を選んだ人は0.9%)が、提示した選択肢のうち少なくとも1つをPPIのメリットとして挙げ、最も多かったのは病気の研究が進むこと(84.9%)でした。患者本人と家族を比べると、メリット・障壁・必要な支援の3つの領域すべてで違いがみられました。

これらの結果は、難病・希少疾患の患者と家族がPPIに価値を認めていながら、情報やサポートが十分に届いていないことを示唆しています。研究グループは、難病・希少疾患領域でのPPIを実質的なものにするためには、患者本人と家族それぞれのニーズに適した情報の提供や学べる機会、そして患者会や患者コミュニティへの支援が、付随的な措置ではなく前提条件として位置づけられる必要があると考えています。

本研究成果は、2026年8月13日付で、国際学術誌『Research Involvement and Engagement』のオンライン版に掲載されました。


 発表内容

〈研究の背景〉
「患者・市民参画(PPI)」とは、医学研究や臨床試験のプロセスの一環として、研究者が患者・市民の知見を参考にすることです。研究の問いの立て方、調査項目の決め方、成果の伝え方などに患者・家族や市民のニーズや経験にもとづく知識を反映させることで、研究の妥当性、安全性や社会的な意義を高めることが期待されています。
 
日本では、2019年にAMEDが「患者・市民参画(PPI)ガイドブック」を公表し、その後も学習用の教材などが整備されてきました。ただし、これらは主にPPIを実施する研究者に向けられたものです。また日本には、研究におけるPPIの位置付けを規定した法律はありません。臨床研究法や「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(以下、「倫理指針」)は研究の実施方法を定めるものであり、患者・市民が研究の計画や実施に加わることについては定められてきませんでした。ただし現在検討されている倫理指針の改正案では、基本方針に「患者・市民の視点を尊重し」という文言を盛り込むことが示されています。
 
国内におけるPPIは、主に研究プロジェクト単位の枠組みや、疾患領域ごとの基本計画といった行政的な枠組みを通じて進められてきました。がんの領域では、患者・経験者の参画のもとで研究を進めることが国の政策に掲げられています(2023年閣議決定の第4期がん対策推進基本計画が「患者・市民参画の推進」を独立した項目として初めて明記)。一方、難病の患者に対する医療等に関する法律にもとづく基本方針は、患者データの収集と成果の情報提供については定めていますが、PPIについては定めていません。疾患領域ごとの基本計画においてPPIの推進が始まるなかで、難病・希少疾患領域での取り組みが遅れることが懸念されます。
 
難病・希少疾患の領域は、患者数が少なく各地に分散していること、治療の選択肢が限られること、診断までに時間がかかることなどから、診断や治療の改善が研究の進み方に大きく左右される分野です。そのため患者レジストリ(患者の情報を登録・蓄積する仕組み)のような長期的な基盤が重要になり、患者・家族・患者会が研究に関わる意義も大きくなります。一方で、関わることのできる人の数が限られるため、少数の人に負担が集中しやすいという課題もあります。
 
そこで本研究では、難病・希少疾患の患者と家族が、PPIをどの程度知っているか、どのようなメリットと障壁を感じているか、どのような支援を必要としているかを調査しました。
 
〈調査の方法〉
2021年12月から2022年4月にかけて、難病患者・家族の全国的なネットワーク2団体を通じて、オンラインによる質問紙調査を実施しました。18歳以上で、難病・希少疾患の患者本人またはその家族である方を対象としました。
 
218名から回答を得て、対象要件を満たす212名を分析しました。内訳は患者本人101名(47.6%)、家族111名(52.4%)です。この設問に回答した209名のうち172名(82.3%)が、患者会への参加経験があると答えました。したがって本研究の回答者は、日本の難病・希少疾患の患者・家族全体を統計的に代表する集団ではなく、患者・家族団体のネットワークを通じて調査に参加した人々である点に留意が必要です。
 
質問は、(1)PPIの認知と関わった経験、(2)PPIのメリット、(3)参画の障壁、(4)参画を進めるために必要な支援、の4領域です。(2)から(4)は、あらかじめ用意した選択肢から当てはまるものをすべて選ぶ形式としました。
 
なお、PPIに関する設問の冒頭では、回答者全員に、AMEDのガイドブックにもとづくPPIの短い説明を提示しました。したがって、認知に関する回答は「調査前にこの言葉に触れたことがあるか」を、メリット・障壁・支援に関する回答は「この共通の説明を読んだうえでの評価」を表しています。
 
本研究は、東京大学医科学研究所の倫理審査委員会の承認を得て実施されました(承認番号:2021-67-1222)。調査は無記名で実施し、個人を特定できる情報は取得していません。
 
〈主な結果〉
1. PPIの認知は3割、関わった経験は2割だった
調査前から「患者・市民参画」という言葉を知っていたと答えた人は63名(29.7%)で、149名(70.3%)は知らなかったと答えました(図1・上)。実際にPPIに関わった経験があると答えた人は44名(20.8%)でした。回答者は患者ネットワークを通じて集められ82.3%が患者会に参加している集団ですが、この水準にとどまりました。
 
また、PPIという言葉を知らなかったにもかかわらず、関わった経験があると答えた人が12名(5.7%)いました。PPIという言葉では認識していなかったものの、それに近い活動に関わっていた可能性があります。ただし本調査では、この12名が具体的にどのような活動に関わっていたかまでは確認していません。
 
2. 認知と関連したのは、患者会への参加だけだった
今回検討した特徴のうち、性別、学歴、患者本人か家族かと、PPIを知っていたかどうかとのあいだには、統計的に有意な関連はみられませんでした。有意な関連がみられたのは患者会への参加のみで、参加経験のある人の33.1%が知っていたのに対し、参加経験のない人では13.5%でした(p = 0.018)(図1・下)。
 
ただし、患者会に参加している人においても66.9%はPPIを知りませんでした。このことから、患者会や患者コミュニティは、PPIに関する情報や参画の機会を伝える重要な経路となりうる一方、その経路をさらに活かせる余地があることを示しています。
 
なお本調査は一時点で行う調査(横断調査)であるため、患者会に参加したことでPPIを知ったのか、研究に関心のある人が患者会に参加しやすいのかは、この結果からは判断できません。
図1:「患者・市民参画(PPI)」の認知 ― 全体および患者会への参加の有無別
3.ほぼ全員が、提示されたメリットの少なくとも1つを挙げた
PPIのメリットについて「あてはまるものはない」を選んだ人は0.9%にとどまりました。最も多く選ばれたのは「疾患の研究が進展するかもしれないから」(84.9%)で、「医学や研究に関する知識を得られるから」(66.0%)、「他の患者の役に立つかもしれないから」(62.3%)、「患者や家族の視点がより生かされるから」(59.4%)、「患者・市民や患者会が社会貢献する機会だから」(35.4%)が続きました。「金銭的な報酬が期待できるから」を挙げた人は3.8%でした(図2A)。

4. 患者本人と家族で、PPIに対する認識に違いがみられた
患者本人と家族を比べると、PPIのメリット、障壁、必要な支援の3つの領域それぞれで、一部の項目に違いがみられました。家族は患者本人に比べて、「疾患の研究が進展するかもしれないから」(91.0%対78.2%)と「患者や家族の視点がより生かされるから」(68.5%対49.5%)をメリットとして挙げる割合が高いという結果でした。

同時に、医学や研究に関する知識が足りないことを障壁として挙げる割合(27.9%対13.9%)、「患者・家族に対する教育の機会」を必要な支援として挙げる割合(79.3%対57.4%)も高くなっていました。

家族は研究への期待が大きいと同時に、知識の不足も強く感じている、という姿がうかがえます。なお、家族の回答者は69.4%が女性であり、ケアや情報収集の性別役割の担われ方が、この結果に反映されている可能性もあります。

また、本調査は探索的な分析であり、この違いは今後より規模の大きい調査や質的研究などで確かめるべき仮説として位置づけられます。この結果は、家族のほうが参画に適しているという意味ではありません。患者本人と家族は病いの経験において異なる立場にあり、その視点は互いに置き換えられるものではなく、補い合うものです。

5. 必要な支援として、情報と学びの機会が多く挙げられた
PPIを進めるために患者・家族に必要な支援として最も多く選ばれたのは、「患者・市民参画(PPI)の情報の社会一般への周知」(69.3%)、「患者・家族に対する教育の機会」(68.9%)、「医療機関などでの情報の掲示」(68.9%)でした。「患者会に対する財政的な支援」は38.7%でした(図2B)。

一方、参画の障壁については、「あてはまるものはない」を選んだ人が47.6%と最も多くなりました。挙げられた障壁で多かったのは「個人や患者会の仕事の負担になる」(21.7%)、「医学や研究に関する知識が足りず役に立てないと感じる」(21.2%)で、「医師や研究者とのコミュニケーションへの不安」(13.2%)、「かかっている疾患の治療に集中したい」(11.8%)が続きました。
図2:PPIのメリット(A)と、PPIを進めるために必要な支援(B)
〈本研究の意義〉
本調査では、ほぼすべての回答者がPPIに何らかのメリットを見いだしていた一方、PPIという用語を知っていた人は3割にとどまりました。回答者の属性のうちPPIを知っていたことと関連したのは患者会への参加だけで、患者会が患者コミュニティと研究とをつなぐ役割を担ってきたことがうかがえます。ただし、希少疾患のように参画できる人の数が限られる領域では、すでに関わっている一部の患者・家族や患者会の担当者に負担が集中しやすくなります。
 
日本には医学研究におけるPPIの位置付けを法律では規定しておらず、がん領域では第4期がん対策推進基本計画が参画を独立した項目として掲げた一方、難病の基本方針では研究過程への参画の言及がありません。本研究が対象とした空白は現在も残っており、難病領域においてPPIを政策上どう位置づけるかが、今後の課題です。
 
研究グループは、少なくとも次の点が重要だと考えています。
・PPIを制度上「推進する」と定めるだけでなく、情報提供、学びの機会、患者会や患者コミュニティへの支援を、参画の前提条件として位置づけること
・難病・希少疾患領域の患者会が担ってきた、研究と患者コミュニティとの橋渡しの役割を評価し支えること
・患者本人と家族を一括りにせず、それぞれの立場に応じた参画の機会と支援を用意すること
・難病領域の政策文書においても、研究におけるPPIを検討の対象とすること
 
〈本研究の限界〉
回答者は、患者・家族団体のネットワークを通じて調査への参加を募ることができた人々であり、日本の難病・希少疾患の患者・家族全体を統計的に代表するものではありません。患者会とつながりのない方の声は拾い上げられていない可能性があります。また回答数は212名と限られ、患者本人と家族の違いに関する分析は探索的なものです。さらに、メリット・障壁・必要な支援については、あらかじめ提示した選択肢への回答を分析しているため、選択肢に含まれない考えや経験は把握できていません。
 
〈国際的な観点から〉
希少疾患の研究は、患者数が少ないことから国際的な共同研究として進むことが多く、患者や患者アドボカシー団体の参画は多国間の枠組みで前提とされつつあります。国内のPPIに関する支援が十分でない場合、日本からの参画が手続き上の要件を満たすにとどまり、形骸化したものになりかねません。PPIに関する情報提供や学びの機会、患者会を支える基盤の整備は、国内の研究の質だけでなく、国際的な研究のなかで日本の患者・家族の経験や意見が反映されるかどうかにも関わります。


 発表者・研究者等情報

東京大学
 医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野
  渡部 沙織 特任助教
  武藤 香織 教授
   兼:理化学研究所 生命医科学研究センター 生命医科学倫理とコ・デザイン研究チーム
  木矢 幸孝 助教

 大学院新領域創成科学研究科
  永井 亜貴子 特任助教

理化学研究所 生命医科学研究センター 生命医科学倫理とコ・デザイン研究チーム
  由井 秀樹 研究員
   兼:山梨大学 大学院総合研究部医学域 特任助教


 論文情報

雑誌名:Research Involvement and Engagement
題 名:Awareness and perceptions of patient and public involvement in rare disease research in Japan: the role of patient advocacy groups and family members
(和訳:日本の希少疾患研究における患者・市民参画の認知と受け止め方——患者会と家族の役割)
著者名:Saori Watanabe*,#, Kaori Muto*, Akiko Nagai, Hideki Yui, Yukitaka Kiya
(*共同第一著者、#責任著者)
掲載巻:Research Involvement and Engagement, Volume 12, article number 125 (2026)
DOI:10.1186/s40900-026-00955-9
URL:https://doi.org/10.1186/s40900-026-00955-9


 研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラム・再生医療の実現化支援課題「再生医療研究とその成果の応用に関する倫理的課題の解決支援」(研究開発代表者:武藤香織)並びに研究倫理・社会共創推進プログラム「持続可能なPPIの導入と普及に向けた基盤構築に関する研究開発」(研究開発代表者:吉田雅幸)、厚生労働行政推進調査事業費補助金(難治性疾患政策研究事業)「難病のゲノム医療提供体制に関する研究」(研究代表者:水澤英洋)、日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究(C)「患者・市民参画の効用と障壁に関する医療社会学的研究:「意味ある参画」の諸位相」(研究代表者:渡部沙織)の支援を受けて実施されました。


 用語解説

(注1)患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)
患者や市民が、研究の「対象」としてではなく、研究の計画・実施・成果の発信に関わる担い手として参加することを指します。関連する言葉として「患者エンゲージメント」「協働」「当事者参画」「コ・プロダクション」などが併存しており、同じ実践が異なる呼び方をされている場合があります。

(注2)AMED「患者・市民参画(PPI)ガイドブック」
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が2019年に公表した、研究におけるPPIの考え方と進め方をまとめたガイドブックです。

(注3)難病・希少疾患
患者数が少なく、原因が十分に解明されていない、あるいは治療法が確立していない疾患の総称です。日本では「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)にもとづく医療費助成や研究の制度が設けられています。

(注4)患者会(患者アドボカシー団体)
同じ疾患や障害のある患者・家族が集まり、情報交換、相互支援、社会への働きかけなどを行う団体です。希少疾患の領域では、患者・家族と研究者をつなぐ役割も担ってきました。英語では総称して patient advocacy group(PAG)と呼ばれます。


 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野
渡部 沙織(わたなべ さおり) 特任助教
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/hgclink/section07.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
 

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