概要
急性骨髄性白血病(AML)は難治性の血液がんの一つです。AMLでは遺伝子変異などのゲノム異常が認められ、病態解明とそれらの異常を標的とする治療薬剤の臨床応用が進んでいます。一方で、どの遺伝子が使われるかを制御する仕組みである「エピゲノム」もAMLの病態に関わっているものと考えられていますが、その全容は明らかではありませんでした。京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座 小川誠司 教授(兼:同高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)主任研究者)、越智陽太郎 助教、スウェーデン・カロリンスカ研究所 ソーレン・レーマン 教授、東京大学医科学研究所 造血病態制御学分野 南谷 泰仁教授、同大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス&メディシン分野 油谷 浩幸 教授(当時)、同大学医科学研究所 生化学・統合がん研究分野 鈴木 洋 教授(兼:名古屋大学大学院医学系研究科分子腫瘍学講座 教授)らの研究グループは、1,500例以上のAML患者検体において大規模なエピゲノム解析を行いました。その結果、AMLはエピゲノムの特性によって、異なる「個性」をもつ16のグループに分類されることを示しました。さらに、各グループはそれぞれ異なる分子機構、臨床予後、薬剤感受性を有しており、従来の遺伝子変異だけでは捉えきれないAMLの多様性が明らかになりました。
この研究成果は、白血病が単なる「ゲノムの病気」ではなく、エピゲノムも病態に重要な役割を果たすことを大規模なゲノム・エピゲノム統合研究によって明らかにしたもので、今後はエピゲノム情報を利用した次世代型の精密医療への応用も期待されます。
本研究成果は、英国学術誌『Nature』誌に2026年7月8日午後4時(グリニッジ標準時、日本時間7月9日午前0時)に掲載されました。

発表内容
1. 背景急性骨髄性白血病(AML)は難治性の血液がんの一つで、細胞の遺伝情報を司るゲノム注1DNAの塩基配列に変異が生じる結果、造血幹細胞から赤血球、白血球、血小板といった正常な血球への分化が障害される一方、未分化な血球が異常に増殖することによって発症すると考えられてきました。実際、次世代シーケンサーを用いたゲノム解析技術の進歩により、遺伝子変異や染色体異常など、AMLの発症に関わるさまざまなゲノムDNAの異常が見つかり、AMLの病態の理解やそれらの異常を標的とする治療薬剤の開発が大きく進展しました。一方、ゲノムを構成するDNAのメチル化や「クロマチン注2」を構成するヒストンその他のタンパク質の修飾は「エピゲノム注1」と総称されますが、その異常も、ゲノムの異常と同様に、細胞の分化や増殖に異常を生じてAMLの発症や多様性に重要な役割を果たすと考えられ、近年注目を集めています。しかし、AMLにおけるエピゲノムの異常については、これまで大規模かつ体系的には解析されていませんでした。
本研究では、1,500例を超えるAML患者検体を対象に、大規模なクロマチン構造の解析(ATACシーケンス注3)を実施しました。さらに、遺伝子変異解析、RNAシーケンス、DNAメチル化解析、シングルセル解析などのマルチオミクス解析を統合することで、AMLにおけるエピゲノム異常の全体像を解明することを目指しました。
2. 研究手法・成果
本研究では、クロマチンの開いた領域を網羅的に解析できるATACシーケンス法を用いて、1,563例のAML検体のクロマチン状態を解析しました。その結果、AMLはクロマチン状態に基づいて16種類の特徴的なサブグループに分類できることを明らかにしました(図1)。さらに、各検体について数千個の白血病細胞を対象に、遺伝子発現とクロマチン状態を単一細胞解析注4することにより、これらのサブグループは、それぞれのグループ内の白血病細胞に共通した特徴的なクロマチン状態によって識別されることが確認されました。
これらのサブグループは、それぞれ異なる遺伝子変異、分化状態、遺伝子発現、DNAメチル化パターン、転写制御ネットワークを有していました。特に、多くのサブグループはゲノム異常に基づく既存の分類とは完全には一致せず、従来のゲノム解析だけでは捉えきれないAMLの新たな多様性が存在することが示されました。
3.将来の展望
本研究は、遺伝子変異だけでなく、クロマチン状態というエピゲノムの変化も白血病の発症のメカニズムや個性を理解する上で重要であることを示した世界初の大規模研究です。こうしたエピゲノム情報は、次世代型の精密医療として、将来的に診断、予後予測、薬剤選択などへの応用が期待されます。
また、本研究で構築した大規模マルチオミクスデータベースは、AMLをはじめとするがんのエピゲノム研究における重要な基盤リソースとなり、新規治療標的や発症機序の解明に役立つことが期待されます。
今後は、より簡便かつ低コストな診断法の開発や、各サブグループに対する最適治療法の探索を進めることで、エピゲノム情報に基づく新たなAML精密医療の実現を目指します。
用語解説
注1. ゲノム・エピゲノム:ゲノムとは染色体を構成し遺伝情報を保持するDNAの総体で、細胞分裂を通じて非常に正確に複製され子孫の細胞に伝達される。一方、エピゲノムはDNA配列そのものを変化させずに、細胞の性質を子孫の細胞に伝達することのできる仕組みで、DNAメチル化やクロマチン構造などが含まれる。ゲノムDNAと同様に細胞の分裂に際して複製され子孫の細胞に伝達されるが、ゲノムDNAとは異なり、分裂と分裂の間においても、ダイナミックな変化を受ける。このことが、同一のゲノムDNAを有する細胞が、網膜の細胞、神経細胞、胃の上皮細胞、皮膚、心筋細胞といった、非常に異なる形質をとることを可能にする主要な仕組みとなっている。
注2. クロマチン:DNAとヒストンおよびその他のタンパク質からなる複合体。クロマチンの構造はさまざまな分子メカニズムによってその開閉状態がダイナミックに調節されており、開いた状態では遺伝子発現が可能となる一方、閉じた状態では遺伝子発現が抑制される。
注3. ATACシーケンス:次世代シーケンサーを用いてクロマチンの開いた領域を網羅的に同定・解析する技術。このDNA領域を調べることで、細胞の状態や転写制御機構を解析できる。
注4. 単一細胞解析:1細胞ごとに遺伝子発現やクロマチン状態などを解析する技術。細胞集団内の多様性を詳細に評価できる。
注5. 転写因子ネットワーク:DNAに結合して遺伝子の働きを調節するタンパク質である「転写因子」が、互いに作用しながら遺伝子発現を制御する仕組み。細胞の性質や分化状態を維持・決定する役割を果たす。
注6. スーパーエンハンサー:細胞の性質を決定する遺伝子発現を強力に制御する巨大なDNA領域。
注7. 分子標的薬:がん細胞で異常に働く特定の分子を標的として作用する薬剤。ABL阻害薬やMEK阻害薬などが含まれる。
研究者のコメント
白血病をはじめとするがんはゲノム異常を獲得して発症する病気ですが、「がんの個性を決定するのはゲノムだけか?」という問いから本研究を着想しました。今回、世界最大規模のエピゲノム解析を行うことで、白血病は単なる「ゲノムの病気」ではなく、エピゲノムも個性を形作る重要な役割を果たしていることが示されました。この研究成果を手がかりとして、エピゲノムを用いた白血病の診断・分類法や、新規治療の開発に取り組んでいきます。私たちの研究が、依然として難治性である白血病の克服に貢献できればと考えています。(京都大学医学研究科 腫瘍生物学講座 教授 小川 誠司、同助教 越智 陽太郎)
書誌情報
Chromatin landscape and epigenetic heterogeneity of acute myeloid leukaemia. Nature (2026). doi: 10.1038/s41586-026-10703-4
越智 陽太郎1,2,3*, Markus Liew-Littorin4, 南谷 泰仁1,5, Sofia Bengtzen3, Benedicte Piauger6, Stefan Deneberg3, Martin Jädersten3, Vladimir Lazarevic7,8, Jörg Cammenga7,8, Anna Robelius9, Lovisa Wennström10, Emma Ölander11, 笠原 千嗣12,13, 平本 展大14, 兼村 信宏15, 瀬﨑 伸夫16, 櫻田 麻希17, 岩﨑 惇17, 諫田 淳也17, 上田 恭典18, 吉原 哲19, Tom Erkers20, Nona Struyf20, 渡辺 裕 21,22, 本村 公則1, 中川 正宏1, 佐伯 龍之介1, 福島 英人5, 岡崎 幸治1,17, 森本 俊1, 依田 成玄1, 奥田 瑠璃花1,2, 小松 真太郎21,22, Guoxiang Xie3, Albin Österroos9, 昆 彩奈1,23,24, Lanying Zhao1,2, 白石 友一25, 石川 隆之14, 宮野 悟26,27, 片山 琴絵28, 井元 清哉28,29, 松田 秀一30, 髙折 晃史17, 油谷 浩幸31, 鈴木 洋21,32,33,34,35, Olli Kallioniemi20, Gunnar Juliusson7,8, Martin Höglund9, Sören Lehmann3,9*, 小川 誠司1,2,36*
1) 京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学
2) 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
3) Center for Hematology and Regenerative Medicine, Department of Medicine, Huddinge, Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden
4) Division of Hematology, Department of Medicine, Faculty of Medicine and Health, Örebro University, Örebro, Sweden
5) 東京大学医科学研究所 附属先端医療研究センター 造血病態制御学分野
6) Department of Hematology, Linköping University Hospital, Linköping, Sweden
7) Department of Hematology, Oncology and Radiation Physics, Skåne University Hospital, Lund, Sweden
8) Department of Hematology, Stem Cell Center, Department of Laboratory Medicine, Lund University, Lund, Sweden
9) Department of Medical Sciences, Hematology, Uppsala University, Uppsala, Sweden
10) Department of Hematology, Sahlgrenska University Hospital, Gothenburg, Sweden
11) Department of Hematology, Sundsvall Hospital, Sundsvall, Sweden
12) 岐阜市民病院 血液内科
13) 岐阜薬科大学 健康医療薬学研究室
14) 神戸市立医療センター中央市民病院血液内科
15) 岐阜大学医学部付属病院 血液・感染症内科
16) 中国中央病院 血液内科
17) 京都大学大学院医学研究科血液内科学
18) 倉敷中央病院 血液内科
19) 兵庫医科大学 血液内科
20) Science for Life Laboratory and Department of Oncology-Pathology, Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden
21) 名古屋大学大学院医学系研究科分子腫瘍学
22) 名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学
23) 東京大学医科学研究所 附属先端医療研究センター 血液・腫瘍生物学分野
24) 東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 幹細胞ゲノム生物学分野
25) 国立がん研究センター研究所 ゲノム解析基盤開発分野
26) 東京科学大学 M&Dデータ科学センター 統合解析分野
27) 東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター
28) 東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター シークエンスデータ情報処理分野
29) 東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター 健康医療インテリジェンス分野
30) 京都大学大学院医学研究科 整形外科学
31) 東京大学 先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス&メディシン分野
32) 糖鎖生命コア研究所(iGCORE)
33) One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター
34) 東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 生化学・統合がん研究分野
35) 稲盛科学研究機構
36) 近畿大学医学部革新的医学講座
* 共同責任著者
