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概要
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授らの研究グループは、野生動物に存在するサルベコウイルス(注1)の温度感受性(注2)について検討しました。具体的には、SARS-CoV-2(注3)の祖先株(WK-521)、コウモリ由来サルベコウイルス(BANAL-20-236)、およびセンザンコウ由来サルベコウイルス(pCoV-GD)の3種類のウイルスを用い、33℃、37℃、40℃の各温度条件下での感染動態を比較しました。その結果、動物由来のサルベコウイルスは高温条件下でも37℃と同等の複製レベルを維持する一方、SARS-CoV-2祖先株は高温で感染性ウイルス価(注4)が顕著に低下することが明らかになりました。この研究成果は、ウイルスの温度感受性が宿主適応に与える影響を示唆するものであり、将来のパンデミック対策に向けたウイルス進化の理解に貢献することが期待されます。本研究成果は2026年3月20日付で、英国科学雑誌「The Lancet Microbe」オンライン版で公開されました。
発表内容
SARS-CoV-2を含む新興ウイルスにおける宿主適応機構の解明は、将来のパンデミックへの備えの観点から極めて重要です。近年、SARS-CoV-2の温度感受性がヒト宿主におけるウイルス適応度(注5)に影響を及ぼす可能性が示唆されており、後期に出現した変異株は、上気道環境に特徴的な低温条件下での複製に適応しつつあることが報告されています。近年の分子疫学的調査の進展に伴い、サルベコウイルスに関する研究は大きく進展してきました。その結果、コウモリやセンザンコウなどの野生動物を主な自然宿主として、多様なサルベコウイルスが次々と同定、分離され、その遺伝的多様性や進化的特徴に関する知見が蓄積されつつあります。しかしながら、野生動物に由来する他のサルベコウイルスにおける温度感受性については、これまで十分に解明されていませんでした。本研究では、コウモリおよびセンザンコウ由来サルベコウイルスの耐熱性を評価することを目的として、SARS-CoV-2祖先株(WK-521)、コウモリ由来サルベコウイルス(BANAL-20-236)、ならびにセンザンコウ由来サルベコウイルス(pCoV-GD)の計3種のウイルスを用いました。これらのウイルスをVeroE6/TMPRSS2細胞(注6)に感染させ、33℃、37℃、および40℃の各温度条件下で培養しました。感染後1~3日目に培養上清を回収し、RT-qPCR(注7)により細胞外ウイルスRNA量を、またTCID50法(注8)により感染性ウイルス価をそれぞれ測定し、感染動態の比較解析を行いました(図)。
その結果、33℃条件下ではすべてのウイルスにおいて複製が確認されましたが、37℃と比較して複製効率は低下していました。一方、40℃条件下においては、コウモリ由来およびセンザンコウ由来ウイルスはいずれも37℃と同程度の複製レベルを維持していました。これに対し、SARS-CoV-2 祖先株では、ウイルスRNA量の増加が継続して観察されたにもかかわらず、感染性ウイルス価は 37℃条件と比較して低下していました。これらの結果は、コウモリおよびセンザンコウ由来コロナウイルスが、SARS-CoV-2祖先株に比して高い耐熱性を有する可能性を示唆しています。
(A–C)ウイルス増殖試験。組換えSARS-CoV-2、BANAL-20-236、およびpCoV-GDを、感染多重度(MOI:注9)0.01でVeroE6/TMPRSS2細胞に接種した。感染後0日から3日後まで培養上清を回収し、培養上清中のウイルスRNAコピー数をRT-qPCRにより定量した(左)。ウイルス価は、VeroE6/TMPRSS2細胞を用いたTCID50法により測定した(右)。データは平均値±標準偏差として示した。
コウモリは飛行時に体温が約40℃に達することが知られており、このような高温環境下においても感染性を維持できるウイルスが選択されてきた可能性が考えられます。一方で、センザンコウの体温は約33℃と比較的低いことから、pCoV-GDに認められた耐熱性は、コウモリ由来サルベコウイルスから継承された形質である可能性が示唆されます。SARS-CoV-2祖先株が高温耐性を示さない分子基盤については現時点で不明ですが、今後、サルベコウイルス全体における温度感受性の体系的な解析を進めることで、その決定因子の解明およびウイルス伝播動態の理解の深化が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳 教授
瓜生 慧也 特任研究員
郭 子毅 特任研究員
大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
陳 犖 博士課程
大学院医学系研究科 病因・病理学専攻
祝 玉琨 医学博士課程
医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳 教授
瓜生 慧也 特任研究員
郭 子毅 特任研究員
大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
陳 犖 博士課程
大学院医学系研究科 病因・病理学専攻
祝 玉琨 医学博士課程
論文情報
雑誌名:The Lancet Microbe題 名:High-temperature tolerance of bat and pangolin sarbecoviruses versus SARS-CoV-2
著者名:陳 犖, 郭 子毅, 祝 玉琨, 瓜生 慧也, 佐藤 佳*.
(*Corresponding author)
DOI: 10.1016/j.lanmic.2026.101403
URL: https://www.thelancet.com/journals/lanmic/article/PIIS2666-5247(26)00058-3/fulltext
研究助成
本研究は、佐藤佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)(パンデミックの5W1Hを理解するための研究)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA,東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))」、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築)」、AMED「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(重点感染症の病態発現と宿主の遺伝的背景の関連解析とその実証)」、AMED「新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点活用研究領域)(ベトナムを拠点としたSARS-CoV-2関連コウモリコロナウイルスの探索とそのウイルス学的特性の解明)」、および日本学術振興会(JSPS)「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20041)(ポストコロナ時代を見据えた学際ウイルス学研究の推進)」、JSPS「基盤研究A」(パンデミックウイルスの誕生原理の解明)、JSPS「二国間交流事業 共同研究・セミナー」(次のパンデミックリスクとなるコウモリコロナウイルスの探索と流行動態の解析)、陳犖に対する公益財団法人 小林財団、祝 玉琨に対するJST「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」などの支援の下で実施されました。用語解説
(注1)サルベコウイルス(Sarbecovirus)SARSコロナウイルスやSARS-CoV-2を含むコロナウイルスの一亜属である。
(注2)温度感受性
生物や物質が特定の温度変化を感知し、それに応答して機能や性質を変化させる特性である。
(注3)SARS-CoV-2
Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2。
(注4)感染性ウイルス価
細胞感染性を持つウイルス粒子の数と定義されている。
(注5)適応度
ある生物がどの程度多くの子孫を残せるかを示す進化生物学上の指標。ウイルスにおいては、感染拡大能力の目安として定義されることが多く、実効再生産数(1人の感染者が平均して何人に感染を広げるかを示す指標)により定量化されることが一般的である。適応度が高い変異株ほど、より多くの感染者を生み出す傾向がある。
(注6)VeroE6/TMPRSS2細胞
VeroE6というアフリカミドリザルの腎臓上皮細胞由来の培養細胞にTMPRSS2プロテアーゼ産生能を発現させた細胞である。
(注7)RT-qPCR
RNA(特にmRNA)を逆転写酵素でcDNAに変換し、リアルタイムPCR(qPCR)で増幅・検出・定量する技術である。
(注8)TCID50法
ウイルス液を段階的に希釈して細胞に接種し、細胞の50%に変性(死滅)を引き起こすウイルス量を感染価として測定する手法である。
(注9)感染多重度(MOI)
感染多重度(Multiplicity of Infection: MOI)は、微生物学やウイルス学実験において、細胞などの「感染標的」に対する、ウイルスやファージなどの「感染因子」の比率(粒子数/細胞数)のことである。実験において、細胞への感染効率やウイルス増殖速度を制御するための重要な指標である。
問合せ先
<研究内容について>東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html
<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
