English
Top

ミトコンドリアのストレス応答に伴う新たな代謝調節の仕組みを発見! ~ストレスに起因する疾患や病態の発症機構の理解に期待~

概要
私たちの体内(細胞)には、酸素を利用してエネルギーを創り出すミトコンドリアと呼ばれる「細胞内の発電所」が存在します。このミトコンドリアの働きには、エネルギーをつくる以外にも、細胞死(アポトーシス)や免疫応答などの多くの生命活動にとって重要な情報処理が含まれます。私たちの健康は、このようなミトコンドリアの多岐に渡る機能と密接に関係しているため、その働きが低下することで神経変性疾患、糖尿病、さらにはがんなど様々な病気と関係することも明らかになってきました。福岡大学理学部の小柴 琢己教授らの研究グループは、ミトコンドリアに存在するストレス感受性タンパク質(OMA1)を介した新たなエネルギー代謝調節の仕組みを分子レベルで明らかにしました。ミトコンドリアによるエネルギーの産生とストレス応答との直接的な繋がりは、これまでほとんど分かっていませんでした。研究グループは、ミトコンドリア内でストレスを感知したOMA1がいわば「スイッチ」のような役割を担うことで、エネルギー産生に関わるAIFM1タンパク質を限定分解し、その働きを抑えることでエネルギー代謝を制御することを初めて発見しました。近年、OMA1は統合的ストレス応答とも関係することが確認されており、今回の研究成果は今後のストレスに起因する疾患や病態の発症機構の理解や、その先の創薬開発への応用を進めていく上での手助けになることが期待されます。

本研究成果は、福岡大学理学部、徳島大学先端酵素学研究所、東京大学医科学研究所、ドイツ・ケルン大学及びマックスプランク研究所との国際共同研究によるものであり、2026年3月24日(火)午後7時(日本時間)に欧州分子生物学機構(EMBO)が発行する国際学術誌『The EMBO Journal』オンライン版に掲載されました。
ミトコンドリアのエネルギー代謝
 

 背景

私たちの体は約37兆個の細胞の集まりによって構成されており、その細胞内にはミトコンドリアと呼ばれる細胞小器官が数多く存在します。ミトコンドリアの主な働きは生命活動に必須のエネルギーをつくり出すことです。また、ミトコンドリアの働きにはこのエネルギー産生以外にも重要な役割を兼ね備えており、例えば体内カルシウム濃度の調節、脂肪酸の酸化、アポトーシス、さらに最近の研究では、ウイルスをはじめとした病原性微生物などに対する免疫応答にも関係していることが分かってきました。このように、ミトコンドリアは細胞の品質を維持する上で欠くことの出来ない重要な存在と言えます。 

OMA1は、ミトコンドリア内に局在するタンパク質分解酵素(※1)の一種であり、細胞がストレス(※2)を受けた際にミトコンドリアの機能低下に伴って活性化するストレス感受性タンパク質と言われています。これまで国内外の研究において、OMA1によって認識・分解される基質は複数報告されており、その主なものはミトコンドリア形態や統合的ストレス応答(※3)に関わるタンパク質等でした。一方で、OMA1の生理学的な役割に関する研究知見では、その関わりがミトコンドリア機能の広範囲に及ぶことなどから、現在までに確認されている上記の基質以外にも未知の基質候補が存在するのではないかとも考えられていました。しかしながら、その存在も含めてOMA1を起点としたストレス応答に関する詳しいメカニズムはよく分かっていませんでした。


 概要      

今回、研究グループは、ミトコンドリア内でOMA1と隣接するタンパク質群を質量分析法(※4)により網羅的に解析し、その候補分子の中からエネルギー産生に関わるタンパク質(AIFM1)(※5)をOMA1の新たな基質として同定しました。細胞を用いた実験により、ストレス(薬剤)が負荷されたミトコンドリア内ではOMA1が活性化されAIFM1を限定分解し、その結果としてミトコンドリア内におけるAIFM1の局在が変化することを見つけました。興味深いことに、このようなOMA1によるAIFM1の分解は、細胞を薬剤ストレスに曝した状況下以外にも、インフルエンザウイルスに感染したマウスの肺組織内などでも同様に観察されました(解説図;図1)。研究グループは、このようなミトコンドリアのストレス応答に伴うAIFM1の局在変化が、AIFM1本来の機能であるエネルギー産生への寄与を著しく弱め、結果として細胞自体の成長も低下させることを実験的に見出しました(図2)。以上の結果より、ストレス環境下におかれた細胞内でのエネルギー代謝の調節機構に関する新たな学術的な知見が明らかになりました。


 今後       

今回の結果より、OMA1のエネルギー代謝における新たな関わりが明らかになりました (図3)。今後の展望として、ストレス環境下においてもOMA1機能を正しく制御することができれば、ストレスに起因する疾患や病態の発症機構の理解や創薬開発への応用を通して、医学・健康科学に大きく貢献することが期待されます。


 付記       

本研究は、文部科学省 日本学術振興会 科学研究費(21K19389, 23K26789, 24K22014, 25H02336, 25K14949)、ドイツ研究振興協会(DFG)、徳島大学先端酵素学研究所、及び東京大学医科学研究所の各共同研究課題等の支援を受けて行われました。


 発表論文       

〇 論文名
Stress-induced OMA1-mediated cleavage of AIFM1 suppresses cell growth by controlling mitochondrial OXPHOS activity
DOI:10.1038/s44318-026-00734-y
URL:https://doi.org/10.1038/s44318-026-00734-y

〇 ジャーナル名
The EMBO Journal(Springer Natureのオープンアクセス誌)

〇 著者
Mitsuhiro Nishigori1, 2, Serina Hirata2, Hidetaka Kosako3, Takeshi Ichinohe4, Hendrik Nolte5, Jan Riemer6, Thomas Langer5, 6, Takumi Koshiba1, 2

〇 著者の所属機関
1.福岡大学理学部地球圏科学科
2.福岡大学理学部化学科
3.徳島大学先端酵素学研究所
4.東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター 感染制御系 (ウイルス学分野)
5.ドイツ・ケルン大学
6.ドイツ・マックスプランク研究所


 解説図      

図1 細胞(左)及びマウス肺組織内(右)のAIFM1分解(赤矢印)の様子。OMA1の別基質として知られているOPA1の様子も併せて示した。両基質の分解は、OMA1依存的であることが分かる。

 

図2 ミトコンドリア内におけるAIFM1の膜への局在の違いによるエネルギー産生量(左)及び細胞成長(右)への影響。AIFM1がミトコンドリア内において正しい局在をしていないと、細胞機能が低下する。

 
ミトコンドリアのエネルギー代謝

図3 本研究の概要図。OMA1はミトコンドリア内においてストレス感知システムとして機能しており、刺激を受けると分子が活性化され、AIFM1を分解することでその局在を変化させる(左)。通常、AIFM1はミトコンドリア内膜に固定され、呼吸差複合体と協同でエネルギー代謝を行う(右)。


 用語解説     

(※1)タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)
アミノ酸の重合産物であるタンパク質を、より小さなサイズへ加水分解する酵素の総称で、ペプシンやトリプシンなどが広く知られている。一般にプロテアーゼは、それぞれに分解する対象(基質)が異なっており、OMA1の場合はミトコンドリア融合に関わるOPA1や、統合的ストレス応答に関与するDELE1が知られている。

(※2)ストレス
細胞へのストレスは、外部からの刺激や内部環境の変化によって細胞自体が構造的・機能的な歪みを受ける状態を指し、主な要因として紫外線、熱、活性酸素種、薬剤、ウイルス感染などが挙げられる。ミトコンドリアへのストレスとしては、細胞の呼吸機能を阻害する薬剤などがよく用いられる。

(※3)統合的ストレス応答
細胞が様々なストレスを検知すると細胞内で情報伝達反応が亢進し、その結果、タンパク質の合成を全体的に抑制して細胞の恒常性を維持しようとする、真核生物に共通して備わっている適応機構のこと。

(※4)質量分析法
化合物の分子量や分子構造情報などを得るための一つの手法であり、同手法をタンパク質などの解析に応用する手法の開発で2002年に田中耕一氏らがノーベル化学賞を受賞した。

(※5)AIFM1
ミトコンドリアの呼吸機能を担う巨大なタンパク質複合体(呼吸鎖複合体)と協同してエネルギーの産生に関わる膜タンパク質であり、その遺伝子は核のX染色体上にコードされている。元々は、アポトーシスを誘導する因子として発見されたが、その後にミトコンドリアの正常機能維持 (エネルギー産生)に関わる機能が多数報告された。AIFM1の遺伝子変異は、ミトコンドリア病を起こす原因遺伝子でもある。 


 お問い合わせ先      

福岡大学理学部地球圏科学科 小柴 琢己 教授
https://kenkyusha-db.fukuoka-u.ac.jp/search/detail?systemId=e52eb728cfe91f65520e17560c007669&lang=ja

徳島大学先端酵素学研究所
研究に関する連絡先(徳島大学 小迫 英尊 教授)
http://pub2.db.tokushima-u.ac.jp/ERD/person/172252/profile-ja.html

報道に関する連絡先(徳島大学先端酵素学研究所事務室)
https://www.iams.tokushima-u.ac.jp/
 
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:955KB)