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概要
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」(注1)は、2025年9月末より接種が開始されたオミクロンLP.8.1株対応一価ワクチン(注2)を接種した人の血清を用いて、複数のオミクロン亜株に対する中和活性を検証しました。その結果、LP.8.1株対応一価ワクチン接種によって、オミクロンBA.3.2株を含むさまざまなオミクロン亜株に対する中和抗体(注3)が誘導されることが分かりました。本研究成果は2026年1月12日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。
発表内容
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2025年12月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人余りを死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。現在の新型コロナウイルス感染流行の主流株は2021年11月26日、世界保健機関(WHO)により「オミクロン株」と名付けられたB.1.1.529株の子孫株となっています。これまでに、2022年にはオミクロンBA.5株、2023年にはオミクロンXBB.1.5株、そして同年末からはオミクロンJN.1株を中心とした複数のオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。WHOは2025年12月現在、世界的な主流行株となったオミクロンJN.1株を「注目すべき変異株(VOI:variants of interest)」(注4)に、JN.1株の子孫株およびその組み換え変異株(オミクロンKP.3.1.1株、オミクロンLP.8.1株、オミクロンNB.1.8.1株、オミクロンXFG株)を「監視下の変異株(VUM:variants under monitoring)」(注5)に指定しています。また、2021年にオミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株に続いて出現したオミクロンBA.3株の子孫株であるオミクロンBA.3.2株をVUMに含めて、流行動態を注視しています。
これまでに新型コロナウイルス感染症の拡大や重症化を防ぐため、祖先株(D614G)ワクチンだけでなくオミクロンBA.4/5株対応ワクチンやXBB.1.5株対応ワクチン、JN.1株対応ワクチンの接種体制が逐次整備されてきました。そして、本邦では2025年10月よりオミクロンLP.8.1株やオミクロンNB.1.8.1株などの流行による感染・重症化を防ぐため、オミクロンLP.8.1株対応一価ワクチンが接種可能となりました。
本研究では2種類のオミクロンLP.8.1株対応一価ワクチン(ファイザー/ビオンテック社製mRNAワクチン、ノババックス/武田薬品製組み換えタンパク質ワクチン)について、ワクチン接種前および接種3-4週間後の血清による中和抗体誘導効果を検証しました。これらの血清を用いて、これまでのワクチン株およびオミクロンJN.1子孫株および、その組換え変異株、オミクロンBA.3.2株に対する感染中和活性を検証したところ、ファイザー/ビオンテック製のLP.8.1株対応一価mRNAワクチンでは血清の中和活性が接種前(Pre)に比べ接種後(Post)は1.4-3.6倍(図1上図)へ、ノババックス/武田薬品製のLP.8.1株対応組換えタンパク質ワクチンでは血清の中和活性が接種前(Pre)に比べて接種後(Post)は1.3-3.1倍(図1下図)へ有意に上昇しました。いずれのLP.8.1株対応一価ワクチンにおいても、オミクロンJN.1株およびその子孫株や組換え変異株、オミクロンBA.3.2株の免疫逃避能の高い変異株に対しても中和抗体応答が認められたことから、これらのLP.8.1株対応一価ワクチンは現在の流行株に対する感染予防効果、重症化予防効果が期待されます。
オミクロンLP.8.1株対応一価mRNAワクチン(ファイザー/ビオンテック社製、上図;ノババックス/武田薬品製、下図)の接種前(Pre)と接種後(Post)の血清中和抗体の中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の中和活性(NT50値)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の中央値を示し、上下の波線はそれぞれ中和抗体価の検出上限(29,160倍)および下限(40倍)を示している。検出下限下部のグレー領域は検出限界以下の範囲を示している。横軸上の数字は中和抗体価が検出下限以下の血清数を示している。また、図中にはワクチン接種前後のNT50値の上昇倍率を、ウィルコクソンの符号順位検定結果とともに赤字で示している。
また、これら2025年にファイザー/ビオンテック製のLP.8.1株対応一価mRNAワクチンを接種した15人の2024年と2025年のPreとPostの血清を用いて中和活性の変化を調べました。(図2)2024年のPostよりも2025年のPreでは、それぞれの変異株の中和活性が0.3-0.6倍に低下していたものの、2025年のPreと2024年のPreではB.1.1株を除く8種類全ての変異株への中和活性が上昇していました。このことはJN.1株対応ワクチンにより誘導された交差中和液性免疫が1年後も残っていたことを示しています。
現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでおり、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
なお、本研究は、東京大学医科学研究所における倫理審査委員会の審査を受け、東京大学が定めた研究倫理審査実施規則等(承認番号: 2021-1-0416, 2021-18-0617, 2022-29-0915)に則り実施されました。
2024年にオミクロンJN.1株対応一価mRNAワクチン(ファイザー/ビオンテック製)と2025年にオミクロンLP.8.1株対応一価mRNAワクチン(ファイザー/ビオンテック製)を接種した人の接種前(Pre)と接種後(Post)の血清中和抗体の中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の中和活性(NT50値)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の中央値を示し、上下の波線はそれぞれ中和抗体価の検出上限(29,160倍)および下限(40倍)を示している。横軸上の数字は中和抗体価が検出感度以下の血清数を示している。また、NT50値の差をウィルコクソンの符号順位検定にて解析し、図中に有意差を赤字で示している(*:p<0.05、**:p<0.01)。
発表者・研究者等情報
医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳 教授
瓜生 慧也 特任研究員
川久保 修佑 特任研究員
伊東 潤平 准教授
大学院新領域創成科学研究科
藤原 瑞夏 修士課程
Maximilian Stanley Yo 修士課程
名古屋市立大学
大学院医学研究科 臨床感染症学
医学部附属東部医療センター 感染症内科
郭 悠 寄附講座講師
大学院医学研究科 臨床感染症学・感染症学分野
医学部附属東部医療センター 感染症内科
伊東 直哉 教授
研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」
論文情報
雑誌名:The Lancet Infectious Diseases題 名:Humoral immunity induced by LP.8.1 monovalent vaccines against a broad range of SARS-CoV-2 variants including XEC, LP.8.1, NB.1.8.1, XFG, and BA.3.2
著者名:郭 悠#, 藤原 瑞夏#, 瓜生 慧也#, Maximilian Stanley Yo, 川久保 修佑, 伊東 潤平, 伊東 直哉, 上蓑 義典, 斎藤 史武, 佐藤 博紀, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 佐藤 佳*
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI: 10.1016/S1473-3099(25)00772-8
URL: https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(25)00772-8/fulltext
研究助成
本研究は、佐藤佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)(パンデミックの 5W1H を理解するための研究)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))」、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築)」、AMED「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(重点感染症の病態発現と宿主の遺伝的背景の関連解析とその実証)」、AMED「新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点活用研究領域)(ベトナムを拠点としたSARS-CoV-2関連コウモリコロナウイルスの探索とそのウイルス学的特性の解明)」、および日本学術振興会(JSPS)「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20041)(ポストコロナ時代を見据えた学際ウイルス学研究の推進)」、JSPS 「基盤研究(A)(JP24H00607)」、伊東准教授に対する国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR22R1)」、JSPS「基盤研究(B)(JP24H00607)」、伊東直哉教授に対するthe Outstanding Research Group Support Program in Nagoya City University (2530003)、名古屋市立大学大学院医学研究科 臨床感染症学(寄附講座)、郭悠寄附講座講師に対するJSPS 「基盤研究(C)(JP25K10373)」、「なごや共創研究基金 (202502006)」などの支援の下で実施されました。
用語解説
(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注2)オミクロンLP.8.1株対応一価ワクチン
オミクロンLP.8.1株のスパイクタンパク質を有効成分とする一価ワクチン。
(注3)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2の主にスパイクタンパク質の細胞への結合を阻害し、ウイルス感染を中和する作用がある。
(注4)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。
(注5)監視下の変異株(VUM:variants under monitoring)
新型コロナウイルスの変異株のうち、世界保健機関(WHO)が指定する今後流行拡大の可能性が懸念される変異株。
問合せ先
<研究内容について>東京大学
医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html
名古屋市立大学
大学院医学研究科 臨床感染症学
医学部附属東部医療センター 感染症内科
寄附講座講師 郭 悠(かく ゆう)
https://ncu-id.jp/about/staff/
<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
名古屋市立大学医学部附属東部医療センター 経営課
https://w3hosp.med.nagoya-cu.ac.jp/toubu/
