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電源不要・持ち運び可能なCRISPR診断法「Kairo-CONAN」開発 ――エムポックスウイルスの迅速・高感度検出に成功――

発表のポイント
  • 国産ゲノム編集技術CRISPR-Cas3を用いて、使い捨て「カイロ」を熱源に利用した電源不要の迅速核酸検出システム「Kairo-CONAN」を開発し、エムポックス(旧:サル痘)ウイルスの高感度な診断が可能となりました。
  • CONAN試薬の凍結乾燥により常温保存が可能となり、試薬の最適化により従来法の半分以下の最短15分で、PCR法に匹敵する高感度の検出が可能となりました。
  • 電力や実験設備を必要としない完全ポータブル型診断技術として、感染現場や低資源地域での迅速検査に貢献できると期待されます。
    CRISPR-Cas3と使い捨てカイロによる迅速ウイルス診断(Kairo-CONAN)法
 

 概要

東京大学医科学研究所先進動物ゲノム研究分野の真下知士教授、吉見一人准教授、平野里佳東京大学特別研究員らは、ワクチン科学分野の石井健教授、システムウイルス学分野の佐藤佳教授らとともに、エムポックスウイルスを簡便かつ高感度に検出できる、持ち運び可能なCRISPR-Cas3(注1)ベースの診断システム「Kairo-CONAN」を開発しました。

このシステムは、使い捨てカイロを安定した熱源とし、常温で保存可能な凍結乾燥試薬を用いることで、電源や実験機器を一切使用せずに診断が可能です。また、エムポックスウイルス系統ごとに特異的なガイドRNAを設計することで、重症度の高いClade Ib系統を含む、複数の系統を特異的に識別可能であることを実証しました。本研究で開発されたKairo-CONANは、PCR法に匹敵する検出感度(100 aMレベル)を有しながら、検出に必要な時間を約15分に短縮することに成功し、電力供給や冷凍保管を必要としない「完全ポータブル」な迅速検査を実現しました。

この成果は、感染症の早期検出と封じ込めを目指すG7「100日ミッション」(注2)の理念にも合致しており、将来的にはエムポックスのみならず、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や他の新興ウイルスパンデミック発生時での利用も期待されます。

本研究成果は2025年12月1日付で、英国科学雑誌「npj Biosensing」オンライン版で公開されました。


 発表内容       

〈研究の背景〉
新興再興感染症の流行はCOVID-19以降も世界的に頻発しています。例えば、エムポックスは発熱や発疹を引き起こすDNAウイルスで、従来はアフリカ中西部に限られていましたが、近年は日本を含む多くの国で感染例が報告され、2024年にはWHOが「国際的な公衆衛生上の緊急事態」に指定しました。こうしたウイルスの感染拡大を防ぐには、初期段階でウイルスを確実に検出し、早期に隔離や治療へとつなげることが重要であり、特に現場で迅速かつ高精度にウイルスを検出できる技術の必要性が高まっています。

現在広く用いられているPCR検査は、高感度にウイルスDNAを検出できる一方、装置・電源・専門的な操作を必要とし、医療資源が乏しい地域では利用が難しいという課題があります。試験紙を用いる抗原検査は簡便で迅速に診断できる一方、ウイルス量が少ない段階では検出感度が低く、精度に限界があります。こうした状況から、「高感度」と「簡便さ」を両立する新しい診断技術の開発が求められてきました。

本研究グループは、これまでにCRISPR-Cas3技術を応用し、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)を対象とした迅速ウイルス診断法「CONAN法」を開発し、PCR法と同等の高感度検出を実現したことを報告しました(関連プレスリリース参照)。この技術は短時間で高精度な診断を可能にしましたが、反応温度を制御する機械が必要である、試薬を冷凍保存する必要があるなど、現場での即時使用には依然として制約がありました。

そこで本研究では、感染症流行地域や災害時などインフラが制限された環境でも利用できる、簡便で持続可能な検査法を開発し、パンデミック初期に迅速な対応を可能にする「100日ミッション」の理念に沿った新たな検査基盤の構築を目指しました。具体的には、CONAN法の高感度検出能力を向上するとともに、電源や機械に依存しない持ち運び可能な検出技術を確立し、実際にエムポックスを対象とした迅速診断が可能かどうかを検証しました。

〈研究の内容〉
本研究では、エムポックスウイルスの迅速かつ高感度に検出することを目指して、エムポックスの遺伝子配列を標的とするガイドRNA(crRNA)を設計し、CRISPR-Cas3反応条件を検討しました。その結果、従来のCONAN法でもPCRと同等レベルでウイルスDNA配列を検出可能であることが確認されました。そこでまず、電源を使わずに検査するため、使い捨てカイロを熱源とする等温反応系の開発を検討しました。複数種類のカイロを検討した結果、カイロが発する約37-40℃の熱で、DNAの等温増幅(RPA反応:注3)およびCONAN反応を安定的に行うことができ、通常の恒温装置を用いた場合と同等のシグナルを得ることに成功しました。同様の方法で試験紙(ラテラルフロー法:注4)を用いて可視化したところ、明瞭な陽性バンドが確認され、完全に電源不要な環境下でのウイルス検出が可能であることを実証しました(図1)。
図1:使い捨てカイロを用いたCONAN法による核酸検出の検証

使い捨てカイロを熱源として使用し、等温増幅反応およびCONAN反応が進行することが示された。また、ラテラルフローアッセイと組み合わせることで、機械を必要とせず、目視による診断を可能とした。


次に、試薬の凍結乾燥化(フリーズドライ化)を行い、その保存安定性を評価しました。条件を検討した結果、トレハロースを添加して凍結乾燥したCRISPR-Cas3酵素混合試薬は、室温で1週間以上、4℃では1か月保存しても高い活性を維持しました(図2)。これにより、冷蔵設備のない地域でも試薬の長期保存・輸送が可能であることが確認されました。
図2:凍結乾燥したCRISPR-Cas3によるCONAN法の活性評価

CRISPR-Cas3酵素混合試薬を凍結乾燥し、4℃環境や室温で長期保存した後に酵素活性が保たれていることが示された。


加えて、反応の検出精度を高めるため、CRISPR反応に用いるDNAプローブ配列を最適化しました。塩基構成と配列長を検討した結果、ピリミジン塩基を含む6塩基の短い配列が最も高いシグナル比を示し、従来プローブに比べて半分以下の時間で、同等の検出感度を達成しました。これらの改良を統合して、エムポックスウイルスの主要系統(Clade Ia、Ib、IIb)をそれぞれ特異的に識別できることを実際のエムポックスウイルスを用いて実証することに成功し、最短15分でPCR法に匹敵する高感度と簡便性を兼ね備えた、完全ポータブルなCRISPR-Cas3診断システム「Kairo-CONAN」法を確立しました(図3)。
図3:Kairo-CONAN法によるエムポックスの系統特異的な診断法の確立

エムポックスの系統ごとにcrRNAを設計し、低濃度のエムポックスゲノムDNAを識別できることを示した。また、凍結乾燥試薬・最適化されたプローブ・カイロを用いた加温を組み合わせることにより、機械を使用せずにエムポックスゲノムDNAを最短15分で検出することに成功した。


〈今後の展望〉
本研究で開発したKairo-CONANは、電源や装置を必要とせず、十数分で高感度にウイルス核酸を検出できることから、医療インフラが限られた地域や災害現場、感染症流行地域などでの迅速検査への利用が期待されます。今後、臨床検体を用いた検証をさらに進めるとともに、エムポックス以外の新興・再興感染症への応用も検討していきます。感染症発生から100日以内に診断・ワクチン・治療法を確立することを目指すG7の「100日ミッション」の理念にも合致するこうした取り組みにより、世界的な公衆衛生体制の強化と次世代パンデミック対策に貢献していきたいと思います。

〇関連情報:
「国産ゲノム編集技術CRISPR-Cas3を用いたCOVID-19迅速診断法の開発」(2022/01/30)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00009.html


 発表者・研究者等情報       

東京大学医科学研究所 
 附属実験動物研究施設 先進動物ゲノム研究分野
  真下 知士 教授
  吉見 一人 准教授
  平野 里佳 東京大学特別研究員/日本学術振興会特別研究員 
 
 感染・免疫部門 ワクチン科学分野
  石井 健 教授
 
 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
  佐藤 佳 教授
 
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
  浅野 宏治 博士課程:研究当時
 
理化学研究所 
 放射光科学研究センター・生物系ビームライン基盤グループ
  竹下 浩平 研究員


 論文情報       

雑誌名: npj Biosensing
題 名:Sustainable and portable CRISPR-based diagnostics for high-sensitivity Mpox detection
著者名:Rika Hirano, Kazuto Yoshimi*, Koji Asano, Kohei Takeshita, Ken J. Ishii, Kei Sato, Tomoji Mashimo*
(*Corresponding author)
DOI: 10.1038/s44328-025-00062-x
URL: https://www.nature.com/articles/s44328-025-00062-x


 研究助成       

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:19KK0401, 22K19238, 22H02266, 23H00367, 24K02010)、日 本医療研究開発機構(AMED) 革新的がん医療実用化研究事業「血中反復配列RNA の高感度検出法を基盤とした早期膵癌診断戦略の構築」、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム「CRISPR-Cas3 mRNA-LNPモダリティによる安全なin vivoゲノム編集治療基盤の構築」、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター)」、医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業「パンデミックの5W1Hを理解するための研究」、ワクチン・新規モダリティ研究開発事業「100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築」、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ヒト高次培養評価系を用いたエムポックスウイルス-宿主相互作用の理解と治療薬・予防薬開発への応用」、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「重点感染症の病態発現と宿主の遺伝的背景の関連解析とその実証」、肝炎等克服実用化研究事業「新規ゲノム編集モダリティによるウイルス潜伏DNA完全除去戦略」からの支援を受けて実施されました。


 用語解説

(注1)CRISPR-Cas3
多くの細菌は、獲得性免疫に似た「CRISPR-Cas(クリスパー-キャス)システム」と呼ばれる防御システムを備えています。CRISPR-Cas3は、CRISPRシステムの中でクラス1に属するCRISPRシステムに属しており、複数タンパク質の複合体でDNAを人工的に切断する国産ゲノム編集ツールとしてだけでなく、核酸検出への応用が期待されています。

(注2)100日ミッション(100 Days Mission)
 G7各国が提唱する国際的な感染症対策の取り組みです。新たな感染症が発生した際に、100日以内に診断法、ワクチン、治療法を開発・提供できる体制を整えることを目指しています。

(注3)RPA法(Recombinase Polymerase Amplification)
 DNAを約37℃の一定温度で増幅できる方法です。PCRのような温度変化を必要としないため、専用の装置がなくても短時間で遺伝子を増やすことができます。

(注4)ラテラルフロー法(Lateral Flow Assay)
 試験紙の上で反応を行い、結果を目視で確認できる検査法です。陽性の場合は試験紙上に線が現れる仕組みで、特別な機器を必要とせず、その場で結果を判定できる利点があります。
 

 問合せ先

<研究内容について>
東京大学医科学研究所 附属実験動物研究施設 先進動物ゲノム研究分野
教授 真下 知士(ましも ともじ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/animalresearch/section01.html

<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:822KB)