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ストレスタイプが決定する老化とがん化の分岐点とその仕組み ――白髪が増えるのはがんを防ぐため? ――

発表のポイント
  • DNA二本鎖の切断を受けた色素幹細胞は、その活性化と共に老化分化と呼ぶ幹細胞老化プログラムを介して自律的に排除されていることを解明しました。
  • 損傷幹細胞を排除する仕組みは、色素幹細胞プールを枯渇させ白髪を引き起こし、メラノーマのリスクを抑制していることを発見しました。
  • 発がん剤や紫外線などの発がんストレスは、幹細胞の微小環境(ニッチ)に由来するシグナルを介して老化分化プログラムを抑制し、DNAに深刻な損傷を負った色素幹細胞が残存することで、がんの創始細胞の出現へとつながることを解明しました。
    老化とがん化における幹細胞の拮抗的運命
 

 概要

東京大学医科学研究所老化再生生物学分野の西村栄美教授と、毛利泰彰助教らによる研究グループは、理化学研究所生命医科学研究センターの清田純チームディレクターや東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)の並木剛准教授などとの共同研究により、幹細胞とその周囲の微小環境(ニッチ)(注1)が、化学的・物理的な遺伝毒性(注2)のタイプ(ゲノムストレスタイプ)に応じて拮抗的な応答経路を使い分け、個々の色素幹細胞(注3)の運命(増殖か枯渇か)を決定していることを明らかにしました。DNAに深刻な損傷を負った色素幹細胞を排除する代償として老化が促進するが、一方で発がん物質や紫外線などによる発がんストレス環境においては、この仕組みが抑制されることでがんのリスクが急激に上昇することを実験的に証明しました。この成果により、個々の幹細胞の拮抗的な運命選択の総和が組織全体の運命決定を引き起こすことと、その仕組みが明らかにされました。今後の老化・がん化研究やがんの診断治療において、革新的な視点をもたらすことが期待されます。

本研究は10月6日付で、英国科学雑誌「Nature Cell Biology」(オンライン版)に公表されました。


 発表内容       

多くの組織が加齢とともに次第に加齢性の変容・機能低下を示す一方で、がんの発生頻度が上昇します。医療費が高騰する超高齢化社会において、加齢関連疾患を予防・制御することで健康寿命の延伸が望まれており、老化やがんの発生機序を根本から理解することはその基盤となる重要な課題です。近年のシークエンス技術の進歩によって、一見正常に見える若い組織においても変異の入ったクローンの拡大が既に始まっていることが明らかになっています。現在、老化やがん化の理解に向け、DNA損傷、エピゲノム(注4)、代謝、炎症といった様々な後天的な因子の研究がそれぞれ進んでいますが、どのようにして典型的な老化や加齢関連疾患を引き起こすのか、その因果関係やプロセスは未解明です。加齢における「老化細胞」の蓄積が炎症を引き起こすため老化するとされ、細胞老化の除去による健康、若返りに大きな関心が集まっています。しかし、加齢による組織の変性(組織老化)とがんの発生は混在しながらも異なる組織運命で、その鍵を握るトリガーとなる遺伝毒性タイプの違い、細胞動態を含め、両者の違いがいつ、どのように生じるのか、生体内でのプロセスや因果関係が未解明でした。

白髪は、毛包内の色素幹細胞およびその子孫細胞の枯渇によって生じる目に見える代表的な老化形質です。そのため皮膚は、細胞レベル、組織レベルでの老化研究を行うための優れたモデルです。そこで我々は、白髪や色素細胞系譜のがんであるメラノーマ発症の鍵となる色素幹細胞を1幹細胞レベルで可視化し、その運命を追跡することで、老化とがん化の幹細胞運命の違いから組織運命の違いを引き起こす仕組みを細胞レベル、分子レベルで明らかにする研究を行いました。その結果、我々は様々な化学的・物理的なゲノムストレスがある中で、色素幹細胞の挙動へ与える影響の側面から、ゲノムストレスは大きく2つに分けられることを明らかにしました。放射線などのストレスにより、色素幹細胞においてDNAの二重鎖が切断されると(DSBs)、色素幹細胞において細胞老化に連動した分化(老化分化)のプログラムが誘導され、その結果、毛包から色素幹細胞が排除されることで白髪となります。このプログラムは、幹細胞が自己複製するタイミングと同調し、p53-p21経路が活性化することで誘導されることが明らかとなりました。一方で、皮膚にとって代表的な発がん性のゲノムストレスであるDMBAや紫外線などは、色素幹細胞の老化分化を抑制し、自己複製を促進することで色素幹細胞が毛包から排除されることを抑制することが明らかとなりました(図1)。つまりこれらの結果は、白髪はがんのリスクを有する色素幹細胞を排除する現象であり、一方で、発がん環境下ではこのプログラムが回避されることで、がんの発生が許容されることを提唱しています。
図1:放射線による白髪発生と色素幹細胞の老化分化、および発がん物質による抑制

マウスへの放射線照射(IR)により白髪が発生する。IRにより、色素幹細胞(緑)においてp21(赤)の発現が上昇し、それに次いでニッチ内でメラニン(黒)を有する細胞へと分化する(老化分化:黄色矢印)。発がん性のストレスにより老化分化と白髪が抑制され、色素幹細胞の自己複製が許容されることで、がん発症の起点となる創始クローンを生み出すリスクが増加する。


さらに分子レベルでの解析を行なったところ、発がん性のゲノムストレスがアラキドン酸(注5)代謝とニッチ因子KITLを活性化することで色素幹細胞の老化分化を抑制していることが明らかとなりました。これらの結果は、DSBsによって品質の低下した幹細胞が組織内に残存することで、将来的ながん発症の起点となる創始クローンを生み出すリスクが増加することを示しています。本研究により、色素幹細胞とそのニッチが、ゲノムストレスの種類に応じて拮抗的なストレス応答を介することで、個々の色素幹細胞の運命を拮抗的に左右し、それらの総和として白髪とメラノーマという異なった組織全体の運命が累積的に決定されることが明らかとなりました。本研究成果は、安易に頭皮を活性化するとがんのリスクを上昇させうることを意味しており、実際に白髪が顕著に回復する現象がメラノーマの警告サインであるとする症例報告もあります。巷で語られる若返り・アンチエイジングの科学的根拠や安全性の担保が不十分であることも多く、美容診療におけるトラブルも少なくありません。生体内での老化・がん化プロセスを正確に理解することで、真に安全かつ有効な治療戦略や健康長寿戦略へと繋がると考えられます。


 発表者・研究者等情報       

東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 老化再生生物学分野
 西村 栄美 教授
 毛利 泰彰 助教

理化学研究所 生命医科学研究センター 統合ゲノミクス研究チーム
 清田 純 チームディレクター

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野
 並木 剛 准教授
 


 論文情報       

雑誌名:Nature Cell Biology
題 名:Antagonistic stem cell fates under stress govern decisions between hair graying and melanoma
著者名: Yasuaki Mohri, Jialiang Nie, Hironobu Morinaga, Tomoki Kato, Takahiro Aoto, Takashi Yamanashi, Daisuke Nanba, Hiroyuki Matsumura, Sakura Kirino, Kouji Kobiyama, Ken J Ishii, Masahiro Hayashi, Tamio Suzuki, Takeshi Namiki, Jun Seita, and Emi K Nishimura* (* 責任著者)
DOI: 10.1038/s41556-025-01769-9
URL: https://www.nature.com/articles/s41556-025-01769-9


 研究助成       

本研究は、科研費「基盤研究S(課題番号:25H00439)」「基盤研究A(課題番号:20H00532)」「基盤研究C(課題番号:25K10315)」「新学術領域研究(課題番号:26115003)」、AMED「根本的な老化メカニズムの理解と破綻に伴う疾患機序解明(課題番号:JP22gm1710003-JP25gm1710003)」「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト(課題番号:JP17gm5010002-JP21gm5010002)」、「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(課題番号:JP223fa627001)」、東京大学医科学研究所「International Joint Research Projects Selected for FY 2025 (課題番号: K25-1185) 」の支援により実施されました。


 用語解説

(注1)微小環境(ニッチ)
幹細胞を維持するために必要な生体内の微小な環境

(注2)遺伝毒性
生物の遺伝子の本体であるDNAに損傷を与え、遺伝情報に変化を起こす性質

(注3)色素幹細胞
成熟した色素細胞の供給源となる色素細胞系譜の組織幹細胞。哺乳類の毛包のなかほど、バルジーサブバルジ領域に局在する未熟なメラノブラスト。西村栄美らが発見し、2002年にマウスの色素幹細胞を、2004年にヒトの色素幹細胞をはじめて報告した(Nature, 2002; Science, 2004)。

(注4)エピゲノム
DNAの塩基配列そのものを変えることなくゲノムに加えられた修飾

(注5)アラキドン酸
主に細胞膜のリン脂質を構成する重要な成分であり、体内で様々な生理活性物質の元となる前駆体
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 老化再生生物学分野
教授 西村 栄美(にしむら えみ)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

理化学研究所 広報部 報道担当
https://www.riken.jp/

 

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