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造血幹細胞の"時間的ふるまい"から未来の能力を予測 ――再生医療・遺伝子治療の安全性向上へ貢献――

発表のポイント
  • 造血幹細胞の機能を、細胞の時間的ふるまいから非侵襲的に予測する新システムを開発しました。
  • 1細胞増幅培養技術と定量位相イメージングを組み合わせ、生きた細胞の動態を詳細に解析し、幹細胞性を深層学習によって予測しました。
  • 従来のスナップショット解析では見えなかった造血幹細胞の多様性を明らかにしました。
  • 再生医療や遺伝子治療に不可欠な「細胞品質チェック」の高度化に貢献し、安全性と効果の向上が期待されます。
    造血幹細胞の“時間的なふるまい”から幹細胞性を予測する新技術を開発

 概要

東京大学医科学研究所細胞制御研究分野の余語孝夫助教、山﨑聡教授(兼:筑波大学医学医療系 客員教授)と、東京大学先端科学技術研究センターの岩本侑一郎特任研究員、太田禎生教授らによる研究グループは、白血病などの治療に用いられる造血幹細胞(HSC)について、細胞の状態を動画で追跡し、その時間的パターンを解析することにより、深層学習を用いて細胞の将来の機能を非侵襲的に予測する新システムを開発しました。

これまでの解析は1枚の静止画(スナップショット)に頼っていたため、細胞の多様性や潜在能力を見逃していましたが、本研究は「時間軸」を導入してその壁を突破しました。本研究成果は、幹細胞治療の安全性向上に欠かせない「細胞品質チェック」に貢献する画期的な技術基盤となることが期待されます。

本研究成果は2025年7月14日付で、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公開されました。


 発表内容       

造血幹細胞(HSC)(注1)は、すべての血液細胞を生み出す源となる細胞です。HSCを用いた再生医療や遺伝子治療は、白血病や免疫不全症などに対する根治的な治療法として期待されています。一方で、HSCは本来不均一な細胞集団であり、体外培養や遺伝子導入といった複雑な製造過程で機能を保つことが難しく、治療効果が不十分な細胞製剤が生じるリスクも抱えています。治療の安全性と効果を最大化するには「生涯にわたり血液細胞を作り続ける力」を持つ高品質なHSCを正確に選び出すことが不可欠です。従来、HSCの質は細胞表面マーカーを調べるフローサイトメトリー(注2)などで評価されてきました。しかし、こうした手法は一時点(スナップショット)の情報に限られてしまい、細胞が時間の中で刻々と変化していく過程や、その文脈を捉えることはできませんでした。

今回、私たちの研究チームは、マウスHSCの未来の能力を生きたまま予測する新たな解析法を開発しました。独自の1細胞増幅培養技術と、定量位相イメージング(QPI)(注3)を組み合わせることで、生きた細胞の時間的なふるまいを精密に捉え、未来の幹細胞性を予測することを可能としました。

HSCは通常、骨髄内で静止期(眠った状態)にあるため個性が見えにくい細胞ですが、私たちは1細胞ずつ体外で「目覚めさせて」培養し、その増殖過程や形態、動きなどの動態を時間軸で詳細に追跡しました。その結果、表面マーカーだけでは同じに見えたHSCの集団内に、急速に増殖する細胞、ゆっくり増殖する細胞、大型化する細胞、活発に動く細胞など、驚くほど多様な「細胞のふるまい」が存在することを発見しました。

次に、こうしたふるまいが、HSCの「幹細胞性」とどのように関係するかについて解析を行いました。その結果、幹細胞性の指標であるHlf遺伝子(注4)の発現レベルが高い細胞ほど、形が丸く小さく、動きが遅いという特徴があることが明らかになりました(図1)。
図1:造血幹細胞のHlf遺伝子発現量を、細胞固有の特徴量のみから予測することに成功

HSCに対してQPIにより取得した細胞動態データから特徴量を抽出し、多次元解析を行うことで、細胞群を異なる複数のクラスタに分類可能であることを示した。さらに、同一の特徴量からHlf遺伝子の発現量を予測できることが明らかとなった。


さらに、QPIで得られた細胞動画データを用いて深層学習モデルを構築したところ、時間的なふるまいからHlf発現レベルを予測できることが示されました。特に、観察時間が長いほど予測精度は向上し、細胞の動きに関する情報が予測に重要な役割を果たしていることも分かりました(図2)。
図2:深層学習により増幅培養造血幹細胞の動画データからHlf遺伝子発現量を予測することに成功

HSCの時系列QPIデータを用いて、Hlf遺伝子の発現量を定量的に予測する深層学習モデルを構築した。学習に用いる画像枚数が増えるほど予測精度が向上し、特に細胞の「動き」に関する情報が予測における重要な指標であることが明らかとなった。


今回の成果は、従来のスナップショット的な細胞評価を超え、細胞が時間の中で示すふるまいをもとに、将来の機能を予測するという新たなHSC評価技術の確立につながるものです。再生医療や遺伝子治療では、治療に用いる細胞の品質が安全性と有効性に直結します。実際、これまでに品質の低いHSCが原因とみられる副作用が報告された例もあります。本研究では主にマウスHSCを中心に解析を進めましたが、ヒトHSCにおいても同様の傾向が確認されており、本手法のヒトHSCへの応用にも高い可能性が示唆されています。

こうした技術により、大量に増幅したHSCの中から、移植後も安定した機能を保つ「高品質な」細胞を生きたままの状態で客観的・定量的に選別することが可能となります。これにより、白血病治療におけるHSC移植はもちろん、今後さらに広がる遺伝子治療の分野でも、安全性と治療効果の向上に寄与することが期待されます。


 発表者・研究者等情報       

東京大学
 医科学研究所 附属システム疾患モデル研究センター 細胞制御研究分野
  山﨑 聡 教授
   兼:筑波大学医学医療系 客員教授
  余語 孝夫 助教

 先端科学技術研究センター
  太田 禎生 教授
  岩本 侑一郎 特任研究員


 論文情報       

雑誌名:Nature Communications
題 名:Quantitative phase imaging with temporal kinetics predicts hematopoietic stem cell diversity
著者名:Takao Yogo†*, Yuichiro Iwamoto, Hans Jiro Becker, Takaharu Kimura, Reiko Ishida, Ayano Sugiyama-Finnis, Tomomasa Yokomizo, Toshio Suda, Sadao Ota, Satoshi Yamazaki*(†筆頭著者、*責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-025-61846-3
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-61846-3


 研究助成       

本研究は、科研費(#24K02478, #21F21108, #20K21612, # 24K19192, #23K15315)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(#24bm1223011h0002, #23bm1223011h0001, #21bm0404077h0001, #21bm0704055h0002, #JP25bm1123084)の支援により実施されました。


 用語解説

(注1)造血幹細胞(Hematopoietic Stem Cell : HSC)
赤血球、白血球、血小板など、すべての血液細胞のもとになる幹細胞。主に骨髄に存在し、自らを増やす「自己複製」と、多様な血液細胞へと変化する「分化」の2つの機能を持ち、体内で血液をつくり続けています。

(注2)フローサイトメトリー(Flow Cytometry)
細胞を1つずつ高速で流しながら、細胞表面や内部の特徴を光で測定する技術です。特定の細胞を選別したり、性質を調べたりする際に用いられます。

(注3)定量位相イメージング(QPI)
位相差(光の遅れ)を測定し、非侵襲で細胞の形態・質量・ダイナミクスを高精度に可視化する顕微イメージング法。

(注4)Hlf遺伝子(Hepatic Leukemia Factor)
転写因子をコードする遺伝子で、一部の造血幹細胞に特異的に発現します。幹細胞としての性質を持つ細胞を識別するマーカーのひとつとして注目されており、自己複製能や長期的な造血能力と関連があると考えられています。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 附属システム疾患モデル研究センター 細胞制御研究分野
教授 山﨑 聡(やまざき さとし)
 
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

筑波大学 広報局
https://www.tsukuba.ac.jp/

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:1.2MB)