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SARS-CoV-2オミクロンNB.1.8.1株の ウイルス学的特性の解明

発表のポイント
  • 2025年5月現在、オミクロン亜株である「オミクロンNB.1.8.1株」が香港、シンガポール、米国などを中心に世界各地で流行を拡大しつつあります。
  • 本研究は、オミクロンNB.1.8.1株の伝播力、培養細胞における感染性、液性免疫からの逃避能を明らかにしました。
  • オミクロンNB.1.8.1株は、現在の主流行株であるオミクロンXEC株やオミクロンLP.8.1株よりも高い伝播力(実効再生産数)を有するが、液性免疫逃避能は向上しておらず、自然感染やワクチン接種により誘導された中和抗体により同等に中和されることが分かりました。
    オミクロンNB.1.8.1株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す
 

 概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」(注1)は、現在流行が拡大しつつある「オミクロンNB.1.8.1株」の流行動態や感染性、免疫抵抗性等のウイルス学的特性を明らかにしました。オミクロンNB.1.8.1株は、「オミクロンXDV株(オミクロンXDE株とオミクロンJN.1株の組換え体)」から派生した変異株です。世界保健機関(WHO)は2025年5月23日にオミクロンNB.1.8.1株」を「監視下の変異株(VUM:currently circulating variants under monitoring)」(注2)に分類し、流行動体を監視しています。

統計モデリング解析により、オミクロンNB.1.8.1株は、現在の流行株であるオミクロンXEC株やオミクロンLP.8.1株よりも高い実効再生産数(注3)を示すことを複数の地域において確認しました。培養細胞におけるウイルス感染実験から、オミクロンNB.1.8.1株はオミクロンLP.8.1株より高い感染性を示すが、オミクロンXEC株よりは感染性が低いことが分かりました。また、感染中和試験の結果、オミクロンNB.1.8.1株は、これまでのオミクロンXEC株の既感染または、オミクロンJN.1株対応1価ワクチン(注4)接種によって誘導される中和抗体(注5)に対してオミクロンJN.1株より高い逃避能を示すことが分かりました。

本研究成果は2025年6月6日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。


 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2025年2月時点で、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人以上を死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。

2023年11月に出現したオミクロンBA.2.86株の子孫株「オミクロンJN.1株(別名:BA.2.86.1.1)」の感染が世界中で急速に拡大し、世界保健機関(WHO)はオミクロンJN.1株を「注目すべき変異株(VOI :variants of interest)」(注6)に指定しています。その後、複数のオミクロンJN.1株子孫株が出現し、その中でもオミクロンXEC株やオミクロンLP.8.1株などが現在の主流行株となっています。2025年5月現在、オミクロンJN.1株と別系統のオミクロン株(オミクロンXDE株)との組換えによって誕生した「オミクロンXDV株」を親系統株とする「オミクロンNB.1.8.1株」がシンガポールや香港などを中心に世界各地で急速に流行を拡大しています。

本研究ではオミクロンNB.1.8.1株の流行拡大のリスク、およびウイルス学的特性を明らかにするため、まずウイルスゲノム疫学調査情報をもとに、ヒト集団内におけるオミクロンNB.1.8.1株の実効再生産数を推定しました。その結果、この変異株の実効再生産数は、現在の主流行株であるオミクロンXEC株やオミクロンLP.8.1株よりも高いことが複数の地域において確認されました(図1)。これは、オミクロンLP.8.1株が今後さらに流行を拡大していく可能性を示しています。
図1: オミクロンNB.1.8.1株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いて各変異株の実効再生産数(伝播力の指標)を推定した。縦軸は各変異株の実効再生産数を、オミクロンXEC株の値を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


次に、培養細胞におけるウイルスの感染性を評価しました。オミクロンNB.1.8.1株は既存の流行株であるオミクロンLP.8.1株と比較すると高い感染価を示しましたが、一方でオミクロンXEC株と比較すると低い感染価を示しました(図2)。また、オミクロンNB.1.8.1株はオミクロンXEC株と比較して、スパイク(S)タンパク質(注7)の184番目のアミノ酸がグリシン(G)からセリン(S)に置換された変異(S:G184S変異)、478番目のアミノ酸がリジン(K)からイソロイシン(I)に置換された変異(S:K478I変異)、435番目のアミノ酸がアラニン(A)からセリン(S)に置換された変異(S:A435S変異)、および1104番目のアミノ酸がロイシン(L)からバリン(V)に置換された変異(S:L1104V変異)を持っています。オミクロンXEC株のSタンパク質をもとに、これらのアミノ酸変異を導入した変異体を用いた実験の結果、S:K478I変異とS:L1104V変異がオミクロンXEC株の感染価を減少させることが分かりました(図2)。この結果から、オミクロンNB.1.8.1株の感染性がオミクロンLP.8.1株より高いことが、オミクロンLP.8.1株より高い伝播力(実効再生産数)に寄与している可能性が示唆されました。しかしオミクロンNB.1.8.1株の感染性はオミクロンXEC株よりは低いことから、感染性以外の要因がオミクロンXEC株よりも高い伝播力(実効再生産数)に寄与していると考えられます。
図2: オミクロンNB.1.8.1株の感染性はオミクロンLP.8.1株より高いが、オミクロンXEC株よりは低い

SARS-CoV-2変異株それぞれのSタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。縦軸はオミクロンXEC株の感染価を100%としたウイルスの感染価を示しており、値が高いほど感染価が強いことを意味する。グラフ上部のアスタリスクはStudentのt検定(両側検定)による有意差(*:p<0.05, **:p<0.0001)を示している。


次に、これまでのオミクロンXEC株の既感染もしくはオミクロンJN.1株対応1価ワクチン接種により誘導された中和抗体が、オミクロンNB.1.8.1株に対して感染中和活性を示すか検証しました。その結果、試験した全ての血清でオミクロンNB.1.8.1株は、オミクロンXEC株およびオミクロンLP.8.1株と同程度の中和抗体感受性を示しました(図3)。
図3:オミクロンNB.1.8.1株は既感染およびオミクロンJN.1株対応1価ワクチン接種により誘導される
中和抗体に対して、オミクロンXEC株やオミクロンLP.8.1株と同等の感受性を示す

オミクロンXEC株の既感染およびオミクロンJN.1株対応1価ワクチン接種によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の中央値を示し、横軸上の数字は中和抗体価が検出感度以下(40倍)の血清数を示している。また、図中にオミクロンLP.8.1株と比較した際の中和抗体に対する抵抗性を示している。


この結果は、既存の流行株であるオミクロンXEC株やオミクロンLP.8.1株と比較して、オミクロンNB.1.8.1株は免疫逃避能が向上していない可能性があります。以上のことから、オミクロンNB.1.8.1株は感染性や免疫逃避能の向上以外の要因が、オミクロンXEC株よりも高い伝播力(実効再生産数)に寄与していると考えられます。オミクロンNB.1.8.1株はオミクロンXEC株と比較して、非Sタンパク質領域に20箇所以上のアミノ酸変異が認められています。すなわちこれらの変異が影響している可能性があるため、オミクロンNB.1.8.1株の流行原理を理解するためには今後さらなる研究が求められます。

この変異株は今後全世界に拡大し、流行の主体になる可能性が懸念されています。そのため、有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。


 発表者・研究者等情報       

東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳 教授
瓜生 慧也 特任研究員
奥村 佳穂 技術補佐員
陳 犖 博士課程
Jarel Elgin Tolentino 博士課程
伊東 潤平 准教授

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」


 論文情報       

雑誌名 :The Lancet Infectious Diseases
題 名:Virological characteristics of the SARS-CoV-2 NB.1.8.1 variant
著者名 :瓜生 慧也#, 奥村 佳穂#, 上蓑 義典, 陳 犖, Jarel Elgin Tolentino, 浅倉 弘幸, 長島 真美, 貞升 健志, 吉村 和久, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 伊東 潤平, 佐藤 佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI: 10.1016/S1473-3099(25)00356-1
URL: https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(25)00356-1/fulltext


 研究助成       

本研究は、佐藤佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)(パンデミックの 5W1H を理解するための研究)」、「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(重点感染症の病態発現と宿主の遺伝的背景の関連解析とその実証)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))」、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築)」、日本学術振興会(JSPS)「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20041)」、JSPS 「基盤研究(A)(JP24H00607)」、伊東 潤平准教授に対する科学技術振興機構(JST)「さきがけ(JPMJPR22R1)」、JSPS 「基盤研究(B)(25K00116)」、公益財団法人 シオノギ感染症研究振興財団「次世代育成支援研究助成金」、AMED SCARDA「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))」などの支援の下で実施されました。


 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)監視下の変異株(VUM:currently circulating variants under monitoring)
ウイルスの特性に影響を与えると思われる遺伝子変異を持つものの、表現型や疫学的な影響の証拠は現時点では不明である変異株。

(注3)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注4)オミクロンJN.1株対応1価ワクチン
オミクロンJN.1株のスパイクタンパク質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA)を有効成分とする1価ワクチン。

(注5)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2の主にスパイクタンパク質の細胞への結合を阻害し、ウイルス感染を中和する作用がある。

(注6)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。

(注7)スパイク(S)タンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞に侵入するために必要な構造タンパク質。現在使用されている新型コロナウイルスワクチンの主な標的となっている。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

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