発表のポイント |
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概要
東京大学医科学研究所ワクチン科学分野の石井健教授とTemizoz Burcu助教を中心とする研究者らは、大阪大学、医薬基盤・健康・栄養研究所、広島大学、横浜市立大学、トルコハジェテペ大学、トルコ中東工科大学、トルコイズミル生物医学・ゲノムセンター、トルコチュクロバ大学、オランダエラスムス医療センター、スウェーデンカロリンスカ研究所の研究者を含む国際共同研究チームを結成し、乳幼児期に発症するSTING関連血管障害(SAVI、STING経路の機能獲得型変異によって引き起こされる稀な自己炎症性疾患)について、ディスバイオーシス(注1)により放出される低分子環状核酸(CDN:Cyclic di-nucleotide)(注2)が、STING経路を介して全身性の炎症を引き起こす中心的な役割を果たしていることをマウスモデルで見出し、抗生物質投与により病態が軽減することも発見しました。さらに、ヒトにおいてもSAVI患者だけでなく、SLE患者でも同様に腸内細菌由来のCDNが全身の炎症、病態の増悪に関与していることを示し、血液中のCDNを計測することで病態の把握や抗生物質を含む新たな治療への可能性を示しました。
本研究成果は、2025年5月6日、国際科学雑誌「Journal of Autoimmunity」オンライン版で公開されました。
発表内容
STING(注3)は、細胞内DNAの自然免疫センサーであるcyclic GMP-AMP synthase (cGAS)により生成される環状核酸CDNを認識するアダプター分子として見いだされ、ウイルスや細菌感染防御に重要な役割を担うことが知られています。一方、その過剰な活性化は自己炎症にも関与することが知られています。特に、STING遺伝子の機能獲得型変異により、皮膚、肺、血管などに慢性炎症を引き起こす疾患は、乳児発症STING関連血管炎 (SAVI:STING-associated vasculopathy with onset in infancy)として2014年に初めて同定され、指定難病対象疾病(指定難病345)および小児慢性特定疾病に指定されています。しかし、宿主細胞のSTING経路活性化はcGASにより生成された宿主細胞由来のCDNに起因すると考えられており、この経路における腸内細菌叢の関与はこれまで不明でした。そこで上記のチームは、細菌性CDNとSTING活性化を関連づける最近の知見を基に、マウスモデルおよび臨床サンプルを用い、腸内細菌由来CDNとSAVIの病態におけるSTINGシグナル伝達の関連を検証しました。まず、ヒト免疫難病疾患のSAVIをマウスで再現すべく、ヒトと同様に責任遺伝子STINGに点変異(N153S)を有するSAVIモデルマウスを作成しました。本マウスは、全身性炎症の増悪と肺炎などの病態を示しましたが、奇妙なことにこれらの症状を呈したマウスは下痢を併発していました。下痢のマウスでは、腸内細菌由来(3'3'-cGAMP)と宿主由来(2'3'-cGAMP)を含む糞便中CDN濃度が有意に上昇していましたが、抗生物質投与により症状が改善し、免疫応答が正常化したことから、腸内細菌由来のCDNが病態を促進する可能性が示唆されました。同じ変異があるマウス同士でも、下痢によって病態が増悪したSAVIマウスは、抗炎症作用など健康に良い働きが知られている短鎖脂肪酸を産生する菌が減少し、逆に炎症を促進することが知られているセグメント細菌(SEB:Segmented filamentous bacteria)が増加しているという特徴がみられました。これらの腸内細菌叢の異常によって引き起こされた下痢と相関して、腸内細菌のクオラムセンシング(注4)によって細菌からCDNが放出され、それが便や血液で有意に上昇していることが示唆されました。
環状核酸CDNとは、核酸塩基が2つ環状につながっている低分子ですが、クオラムセンシングという細菌同士のコミュニケーションのセカンドメッセンジャーとして古くから知られていました。最近になり自然免疫においてSTINGというアダプター分子の強力な活性化因子であることが明らかになりましたが、細菌由来の4種類のCDN(3'3'-cGAMP、3'2'-cGAMP, cyclic di-AMP, cyclic di-GMP)、宿主細胞由来の1種類のCDN(2'3'-cGAMP)のどちらが疾患の発症や病態増悪に重要であるかは全く知られていませんでした。そこで我々は、4種類の抗生物質を投与したところ、腸内細菌叢の異常による下痢だけでなく、全身の炎症性サイトカインの減少や体重の改善など全身の病態が改善されることを示しました。すなわち、STINGを介した自己炎症の促進には、腸内細菌叢の異常による細菌由来CDNの寄与が大きいことを示唆しています。
上記の結果がヒトにおいても同様であるか検証しました。トルコ、日本における実際のSAVI患者の血清や尿を用い、腸内細菌由来および宿主由来のCDNを計測したところ、いくつかのCDNの濃度が有意に上昇していることが認められました。また、治療後にはそのCDNの濃度が減少していることも確認されました。
さらに、全身性エリテマトーデス(SLE)患者の血清中CDN濃度を測定した結果、細菌由来CDNの濃度が、SLEの病態を反映することが知られているI型インターフェロンスコアや抗dsDNA抗体などの疾患バイオマーカーと有意に相関することが明らかになりました。対照的に、関節リウマチ(RA)のようなSTING非依存性の疾患では、そのような相関は認められなかったことから、ある程度の特異性をもってSAVIやSLEなどの自己炎症、自己免疫疾患において下痢症状を主体とした腸内細菌叢の異常が疾患発症、病態増悪のトリガーになっている可能性が示唆され、抗生物質投与などがCDN濃度や腸内細菌叢の正常化を介して治療に貢献する可能性を示しました。
発表者・研究者等情報
東京大学
医科学研究所 感染・免疫学部門 ワクチン科学分野
石井 健 教授(研究代表)
兼 医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター
兼 国際高等研究所 新世代感染症センター(UTOPIA)
Temizoz Burcu 助教
林 智哉 助教
小檜山 康司 准教授
医科学研究所 感染・免疫学部門 マラリア免疫学分野
Cevayir Coban 教授
兼 医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター
大阪大学
大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
熊ノ郷 淳 教授
兼 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態
兼 先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門(iFremed)
兼 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
柴原 理志 研究員
西田 純幸 特任教授
微生物病研究所 感染病態分野
山本 雅裕 教授
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
ヘルス・メディカル微生物研究センター
國澤 純 センター長
細見 晃司 主任研究員(現、大阪公立大学 准教授)
モックアップワクチンプロジェクト
江頭 詩織 研究員
AI健康・医薬研究センター(ArCHER)
朴 鍾旭 客員研究員
広島大学
大学院医系科学研究科 小児科学
土居 岳彦 講師
横浜市立大学
大学院医学研究科 発生成育小児医療学
伊藤 秀一 主任教授
神山 裕二 医師
ハジェテペ大学(トルコ)
小児リウマチ科
Erdal Sag, MD, MSc
Prof. Seza Özen
中東工科大学(METU)(トルコ)
Naz Sürücü, Ph.D.
イズミル生物医学・ゲノムセンター(トルコ)
Prof. Mayda Gursel
チュクロバ大学(トルコ)
小児リウマチ科
Assoc. Prof. Rabia Miray kisla Ekinci
Prof. Sibel Balcı
エラスムス医療センター(オランダ)
ロッテルダム大学医療センター
Prof. Peter Katsikis
Assoc. Prof. Marjan A. Versnel
Albin Björk, Ph.D.
兼 カロリンスカ研究所(スウェーデン)医学部リウマチ科
論文情報
雑誌名:Journal of Autoimmunity題 名:Microbial dysbiosis fuels STING-driven autoinflammation through cyclic dinucleotides
著者名:Takayuki Shibahara, Burcu Temizoz, Shiori Egashira, Koji Hosomi, Jonguk Park, Naz Surucu, Albin Björk, Erdal Sag, Takehiko Doi, Rabia Miray Kisla Ekinci, Sibel Balci, Marjan A. Versnel, Jun Kunisawa, Masahiro Yamamoto, Tomoya Hayashi, Shuichi Ito, Yuji Kamiyama, Kouji Kobiyama, Peter D. Katsikis, Cevayir Coban, Ken J. Ishii*(*責任著書)
DOI: 10.1016/j.jaut.2025.103434
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0896841125000794
研究助成
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)から助成(JP20fk0108113h0001、JP20nk0101625h0201、JP223fa627001、JP243fa727002、JP243fa727001s0703、JP243fa627001h0003、JP24jf0126002、JP24fk0108690、JP243fa627007h0003、JP23ama121011、JP23ama121010、JP233fa827017、JP243fa827017、JP22fk0108501)、および文部科学省科研費No.23K06577の支援によって行われました。
用語解説
(注1)ディスバイオーシス:腸内細菌叢の組成または機能の異常、不均衡のことで、しばしば炎症性疾患、自己免疫疾患、代謝性疾患などの病的状態に関連する。
(注2)環状核酸(CDN):
微生物と宿主細胞の両方によって産生される環状のヌクレオチドベースの分子。細菌では、CDNはクオラムセンシングのセカンドメッセンジャーとして働き、増殖、運動性、バイオフィルム形成、病原性などの重要なプロセスを制御することが知られている。宿主においては、微生物由来CDNおよび内因性CDNはSTING経路を活性化し、免疫反応や炎症に寄与する。
(注3)STING:
免疫細胞の小胞体に位置し、細胞質DNA感知経路を仲介する4回膜貫通型の重要なアダプター分子。細胞質DNAを検出すると(一般的にはcGASのような上流のセンサーを介して)、STINGはゴルジ体に移動し、NF-κBやIRFといったシグナル伝達経路を介してI型インターフェロンや炎症性サイトカインの産生を誘導し、炎症を惹起する。STING経路は感染病原体やがんに対する免疫応答の誘導に重要である一方、異常な活性化は自己炎症や自己免疫疾患に深く関与していると考えられている。
(注4)クオラムセンシング(quorum sensing):
細菌が細胞間でCDNなどのセカンドメッセンジャーを介してコミュニケーションを取り、菌密度を感知して特定の遺伝子発現や表現型を制御する現象。細菌は、細胞間シグナル分子(オートインデューサー)を放出することで周囲の菌密度を感知し、それに応じて行動を調整することが知られている。
問合せ先
〈研究に関するお問い合わせ〉東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ワクチン科学分野
教授 石井 健 (いしい けん)
兼:東京大学医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター センター長
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/microbiologyimmunology/section04.html
〈報道に関するお問い合わせ〉
東京大学医科学研究所プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/