発表のポイント |
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概要
東京大学医科学研究所ワクチン科学分野の石井健教授と小檜山康司准教授らを中心とする研究グループは、世界保健機関(WHO)が承認した日本発のエムポックス対策ワクチン「LC16m8」(注1)の免疫学的効果を多角的に解析し、その安全性と有効性を示す初の包括的な研究成果を国際学術誌に発表しました。本成果は、2024年にWHOが再度「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC; public health emergency of international concern)を宣言したエムポックスウイルス(注2): クレードIb(注3)の流行に対して、LC16m8ワクチンが有用であることを示し、アフリカ諸国における今後の感染拡大に対して、ワクチン開発や評価、治療法研究における基盤技術としても大きく寄与することが期待されます。本研究成果は2025年4月16日、英国医学誌「eBioMedicine」オンライン版で公開されました。
発表内容
エムポックスウイルスは、1958年にデンマークで同定され、1970年には初めてヒトでの感染がコンゴ民主共和国 (当時はザイール)で確認されました。エムポックスは中央アフリカや西アフリカを中心に現在も流行しております。2022年には100を超える国でエムポックス感染者が報告され、WHOがPHEICを宣言しました。2023年5月にPHEICの終息が宣言されたものの、2024年新たなウイルス株であるクレードIbの感染が急速に拡大し、2024年8月に再度PHEICが宣言されました。2022年1月1日から2025年1月31日までの3年間で、13万の人が感染したとWHOにより報告されています。エムポックスウイルスはポックスウイルス科オルソポックスウイルス属であり、痘瘡ウイルス (天然痘ウイルス)と同じ分類であることから、天然痘ワクチンがエムポックスに対して予防効果があると考えられています。実際に、2022年8月に日本発の天然痘ワクチン株であるワクシニアウイルスLC16m8株がエムポックスの予防に対して承認されています。
本研究では、マウスモデル、非ヒト霊長類、そしてヒトの臨床試料を用いて、LC16m8ワクチンがエムポックスウイルスに対してどのような免疫応答を引き起こすのかを詳細に検証し、特に広範な抗体反応およびT細胞による長期的な防御免疫が誘導されることを明らかにしました。
まず、3種の異なるマウス系統 (BALB/c, C57BL/6J, CAST/EiJ)を用いて免疫学的評価を行い、すべての系統でエムポックスウイルス抗原特異的抗体の誘導が確認され、エムポックスウイルスに感受性の高いCAST/EiJマウスを用いた実験では、LC16m8による防御効果を初めて直接的に示しました (図1)。

最後に、LC16m8接種前後のヒト検体を比較したところ、ワクチン接種によりエムポックスウイルス抗原に対する抗体を誘導し、複数のクレード (Ia, IIa, IIb)に対する中和抗体を引き出すことが示されました。さらに、現在のPHEICの対象になっているクレードIbに対する抗体反応が、LC16m8接種後のマウス、非ヒト霊長類、ヒトの臨床試料で誘導されていることが確認されました。
これらのことは、LC16m8株は複数の遺伝的クレード(Ia, Ib, IIa, IIb)にまたがる広範な抗体応答を引き出し、今後のエムポックスウイルスの変異や流行の拡大に対しても有望な対策となることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 ワクチン科学分野
石井 健 教授(研究代表)
兼 医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター
兼 国際高等研究所 新世代感染症センター UTOPIA
小檜山 康司 准教授
兼 医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター
Areej Sakkour 特任研究員
林 智哉 助教
Burcu Temizoz 助教
劉 凱文特任研究員
定量生命科学研究所応用定量生命科学研究部門
根岸 英雄 特任講師
大学院理学系研究科生物科学専攻
反町 典子 教授
大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻
TOBUSE Asuka Joy修士課程学生
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
筑波霊長類医科学研究センター
保富 康宏 センター長
内海 大知 プロジェクト研究員
岡村 智崇 研究員
東京大学
医科学研究所 システムウイルス学分野
佐藤 佳 教授
兼 医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター
郭 悠 特任助教
国立感染症研究所
治療薬・ワクチン開発研究センター
高橋 宜聖 センター長
佐々木 永太 主任研究官
小野寺 大志 主任研究官
公益財団法人東京都医学総合研究所
微生物学研究部門
小原 道法 特別客員研究員
安井 文彦 プロジェクトリーダー
Ahmad Faisal Amiry 研究技術員
愛媛大学
プロテオサイエンスセンター
澤﨑 達也 教授
大阪大学
蛋白質研究所
高木 淳一 教授
論文情報
雑誌名:eBioMedicine題 名:Immunological analysis of LC16m8 Vaccine: Preclinical and Early Clinical Insights into Mpox
著者名:Kouji Kobiyama, Daichi Utsumi, Yu Kaku, Eita Sasaki, Fumihiko Yasui, Tomotaka Okamura, Taishi Onodera, Asuka Joy Tobuse, Areej Sakkour, Ahmad Faisal Amiry, Tomoya Hayashi, Burcu Temizoz, Kaiwen Liu, Hideo Negishi, Noriko Toyama-Sorimachi, Michinori Kohara, Tatsuya Sawasaki, Junichi Takagi, Kei Sato, Yoshimasa Takahashi, Yasuhiro Yasutomi, Ken J Ishii*(*責任著者)
DOI: 10.1016/j.ebiom.2025.105703
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352396425001471
研究助成
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の研究費「JP243fa727002」、「JP243fa727001s0703」、「JP243fa627001h0003」、「JP24jf0126002」、「JP24fk0108690」、「JP243fa627001h0003」、「JP243fa727002」、「JP243fa627007h0003」、「JP23ama121011」、「JP23ama121010」、「JP233fa827017」、「JP243fa827017」、「JP22fk0108501」の支援、および文部科学省科学研究費補助金「23K06577」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)LC16m8弱毒化された天然痘ワクチン株。元々は日本で1975年に天然痘ワクチンとして承認され、2022年にはMPOX(サル痘)ワクチンとしても承認された。Lister株からクローン化され、低温条件下で継代培養することで弱毒化された株であり、B5遺伝子に欠失があることが特徴。
(注2)エムポックス(MPOX)
以前はサル痘と呼ばれていた感染症で、オルソポックスウイルス属に属するモンキーポックスウイルス(MPXV)によって引き起こされる。主な症状として発熱、リンパ節腫脹、特徴的な発疹があり、2022年以降世界的な流行が見られている。現在、クレードIa、Ib、IIa、IIbの4つに分類されており、特にアフリカの一部地域では致死率の高いクレードIaとIbが問題となっている。
(注3)クレード
生物分類学において、共通の祖先から進化した生物のグループのこと。エムポックスウイルスは遺伝的特徴に基づいて複数のクレードに分類されており、それぞれ病原性や地理的分布が異なる。
問合せ先
〈研究に関するお問い合わせ〉東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ワクチン科学分野
教授 石井 健 (いしい けん)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/microbiologyimmunology/section04.html
〈報道に関するお問い合わせ〉
東京大学医科学研究所プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/