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発表内容
東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス病態制御分野の川口寧教授と小栁直人助教らによる研究グループは、単純ヘルペスウイルス(注1)がコードするウイルス特異的なキナーゼであるUL13が、宿主キナーゼであるサイクリン依存キナーゼ(CDK1, CDK2)(注2)のキナーゼ活性制御機構を模倣することを明らかにしました。このキナーゼ活性制御機構によって脳における致死的なウイルス感染の抑制に加え、ウイルスの効率的な回帰発症(注3)に寄与していることが判明しました。すなわち、ウイルスが体内で生き延びるための巧妙な仕組みの一端が解明されました。〈研究の背景〉
ヒトヘルペスウイルスの一つである単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)がコードするUL13はウイルス特異的なキナーゼであり、すべてのヘルペスウイルスに保存されています。UL13はウイルスタンパク質や宿主タンパク質をリン酸化し、それらの機能を制御することによって生体での効率的なウイルス増殖や病原性発現に寄与すると考えられています。過去の研究から、UL13とCDK1, CDK2は同じ標的タンパク質の同じアミノ酸をリン酸化することから、UL13はCDK1, CDK2の機能を模倣することが知られていました。宿主キナーゼの研究から明らかなように、キナーゼの活性制御はそのリン酸化標的タンパク質の機能発現の調節に非常に重要です。これまでUL13のキナーゼ活性を活性化する機序は明らかになっていましたが、抑制化する機序は不明でした。
〈研究の内容〉
CDK1およびCDK2にはGxGxxGモチーフと呼ばれるアミノ酸配列があり、その中のチロシン残基(Tyr-15)がリン酸化されることで活性が抑制されます。今回、本研究グループは、UL13にも保存されるGxGxxGモチーフ中のチロシン残基がリン酸化されることでUL13のキナーゼ活性が抑制されるのではないか、という仮説を立て解析を行いました(図1A)。その結果、UL13の162番目のアミノ酸であるGxGxxGモチーフ中のチロシン残基(Tyr-162)がHSV-2感染細胞中でリン酸化されることが分かりました(図1B)。そこで、このリン酸化部位をリン酸化模倣体であるグルタミン酸に置換したUL13-Y162E変異株、およびリン酸化消失体であるフェニルアラニンに置換したUL13-Y162F変異株をHSVゲノム編集法(注4)で作製し、各ウイルスにおけるUL13の基質タンパク質のリン酸化状態を解析したところ、UL13-Y162F変異株では野生株と比べて差は認められませんでしたが、UL13-Y162E変異株では基質タンパク質のリン酸化が著しく低下することが分かりました(図1C)。つまり、UL13-Y162のリン酸化はUL13のキナーゼ活性を抑制することが示唆されました。

(A) CDK1およびCDK2のGxGxxGモチーフにおけるチロシン残基は、UL13およびそのホモログの対応するモチーフでも保存されている。
(B) UL13-Y162はHSV-2感染細胞でリン酸化された。
(C) UL13-Y162リン酸化模倣体であるUL13-Y162E変異株感染細胞ではUL13の基質の一つであるEF-1δ-S133のリン酸化がUL13欠損株(ΔUL13),UL13キナーゼ活性消失株(UL13-K176M)と同様に、野生株感染細胞に比べて減少した。
また、マウス病態モデルにおいて、UL13-Y162E変異株では野生株と比べてマウス致死率が低下することが分かりました(図2A)。さらに、UL13-Y162F変異株では野生株と比べてマウス致死率が亢進し、脳におけるウイルス増殖性の増加が認められました(図2A,B)。よって、UL13はY162のリン酸化によってキナーゼ活性を抑制し、生体においてウイルス増殖を抑制することでHSV-2の宿主への共生に寄与することが示唆されました。
次にモルモットを用いたHSV-2回帰発症への影響を解析したところ、UL13-Y162F変異株では野生株と比べてHSV-2回帰発症累積回数の減少が認められました(図2C)。よって、UL13はこのリン酸化制御によってウイルスの効率的な回帰発症に寄与することが示唆されました。すなわち、ウイルスが体内で生き延びるための巧妙な仕組みの一端が解明されました。

(A) HSV-2マウス膣炎モデルにおいて、UL13-Y162E変異株感染マウスは野生株感染マウスに比べてマウス生存率が亢進し、UL13-Y162F変異株感染マウスは野生株感染マウスに比べてマウス生存率が低下した。
(B) HSV-2マウス膣炎モデルにおいて、UL13-Y162F変異株感染マウスでは野生株感染マウスに比べて感染7日後の脳におけるウイルス増殖性が亢進した。
(C) HSV-2モルモット回帰発症モデルにおいて、UL13-Y162F変異株感染モルモットでは野生株感染モルモットに比べてHSV-2回帰発症累積回数が減少した。
〈今後の展望〉
本研究成果は、ウイルスが宿主タンパク質の多面的な特性を模倣することで宿主細胞をハイジャックし、それによって生存戦略を巧みに遂行していることを明らかにしたという点で、学術的に高い意義があると考えられます。さらに、新しい抗ウイルス薬の開発や、回帰発症を防ぐ次世代ワクチンの設計にも貢献することが期待されます。
本研究成果は2025年4月16日、米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」オンライン版で公開されました。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス病態制御分野
川口 寧 教授
小栁 直人 助教
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)題 名:Regulatory Mimicry of Cyclin-Dependent Kinases by a Conserved Herpesvirus Protein Kinase
著者名:Naoto Koyanagi, Kowit Hengphasatporn, Akihisa Kato, Moeka Nobe, Kosuke Takeshima, Yuhei Maruzuru, Katsumi Maenaka, Yasuteru Shigeta, Yasushi Kawaguchi*(*責任著者)
DOI: 10.1073/pnas.2500264122
URL: https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2500264122
研究助成
本研究は、東京大学医科学研究所、筑波大学、北海道大学が共同で実施し、科研費「基盤研究(S)(20H05692)」、日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症研究基盤創生事業 中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究(JP20wm0125002)」ならびに、「AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター)(JP223fa627001)」、東京大学医科学研究所国際共同利用・共同研究拠点事業などの研究助成の支援により実施されました。
用語解説
(注1)単純ヘルペスウイルス (HSV)ヒトに口唇ヘルペス、性器ヘルペス、脳炎、皮膚疾患、眼疾患、新生児ヘルペス等、多様な疾患を引き起こす。HSV感染症には、抗ウイルス剤が開発されているが、性器ヘルペスや脳炎にはその効果は限定的で、アンメットメディカルニーズ(未充足な医療ニーズ)が高い。
(注2)サイクリン依存キナーゼ(CDK1, CDK2)
細胞が分裂し新しい細胞をつくる際にその進行をコントロールするとても重要な宿主キナーゼである。CDK1, CDK2は「サイクリン」と呼ばれるタンパク質と結びつくことで活性化し、細胞周期を正確に進めるために、さまざまなタンパク質をリン酸化してスイッチのように調節する。
(注3)回帰発症
ヘルペスウイルスは、一度感染すると神経内に終生潜伏する。ストレスや免疫力の低下などをきっかけに、ウイルスが再び活動を始め、症状が再び現れる現象を「回帰発症」と呼ぶ。回帰発症によってウイルスは再び皮膚や粘膜に出現し、新たな宿主への感染において重要な役割を果たす。
(注4)HSVゲノム編集法
Bacterial artificial chromosome systemと呼ばれる、大腸菌を用いた遺伝子組換えHSVを作製する方法。BACmidが挿入されたHSV全ゲノムを大腸菌に保持させ、大腸菌の遺伝子工学によってゲノムを改変し、そこから抽出したHSVゲノムを細胞に導入することで遺伝子組換えHSVが得られる。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス病態制御分野
教授 川口 寧(かわぐち やすし)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/microbiologyimmunology/section03.html
〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/