発表のポイント |
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概要
東京大学医科学研究所再生医学分野の谷口英樹教授と久世祥己特任研究員(研究当時)らによる研究グループは、肝臓形成に寄与する胎盤(注1)由来の因子(胎盤由来因子)を世界で初めて発見し、その供給によりヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド(ヒトiPSC肝臓オルガノイド)(注2)を人為的に増大させることに成功しました。従来、ヒト臓器の創出に向けてiPS細胞から機能細胞への「分化誘導系」の開発が活発に推進されてきました。しかしながら、ヒトサイズの大型臓器を創るために極めて重要である、「前駆細胞の増幅誘導系」の開発は全く成功していませんでした。本研究では、肝臓の初期形成期の発生学的解析により、遠隔臓器である胎盤から血流により液性因子が低酸素環境下において供給されることで、肝前駆細胞の増幅による肝臓のサイズ増大が誘導されることを新たに発見しました。この胎盤由来因子の供給を再現することにより、ヒトiPSC肝臓オルガノイド内の前駆細胞(注3)の増幅(注4)およびオルガノイドサイズを人為的に増大させることに成功しました。
今後、血液灌流を模した効率的な胎盤由来因子の供給システムを開発することにより、肝不全治療に応用可能な大型のヒト肝臓創出が実現化することが期待されます。
本研究成果は、2025年3月13日、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
発表内容
ヒト臓器を活用した再生医療や創薬の実現に向けて、ヒトiPS細胞を活用したオルガノイド培養技術の高度化が求められています。従来、ヒトiPS細胞から臓器特有の機能細胞を得るための様々な「分化誘導系」が開発されてきましたが、ヒトサイズの大型臓器を創るために極めて重要である「前駆細胞の増幅誘導系」の開発は全く行われていませんでした。研究チームは、上記課題の解決に取り組むため、生体内における胎児臓器の成長に必須と考えられる“胎盤”の役割に注目しました。胎盤は酸素や栄養を胎児へ届ける重要な役割を担っていますが、“成長因子の分泌”などの内分泌機能については全く不明なままでした。また、胎盤から胎児臓器に成長因子が供給され始める時期、すなわち、血液灌流(血流)の詳細な開始時期についても明らかではありませんでした。そこで、臓器内の血流を可視化する手法を独自に確立し、胎盤由来因子を含有する血液が肝臓内に流入している時期を特定しました。その結果、興味深いことに初期的には肝臓の腹側領域にのみに胎盤由来血液が流入しており、その24時間後に顕著な肝臓サイズの増大が生じることを明らかにしました。一方、胎盤由来血液が流入しない肝臓の背側領域においては、肝臓サイズの増大が生じないことが確認されました。この肝臓のサイズ増大は肝前駆細胞の増幅により担われていることが判明しました(図1)。

胎生10.5日のマウスでは、血流の生じた肝臓の腹側領域において肝前駆細胞の増幅が誘導され、その24時間後に肝臓サイズは顕著に増大する。
胎盤由来の血流開始時期における肝臓内の酸素化状態を調べたところ、驚くべきことに血流が生じているにも関わらず低酸素状態が維持されていることが明らかになりました(図2)。一般的には血流により酸素が供給されると考えられていることから、これは全く予想外のことでした。この血流開始と酸素供給の乖離現象は、胎盤機能の未熟性に起因することが示唆されます。同時期における胎盤において、様々な成長因子が極めて高いレベルで発現していることが確認されました(図2)。以上の結果から、遠隔臓器である胎盤に由来する何らかの因子が低酸素状態の肝臓に血流により供給されることが、胎児肝臓の成長に寄与していることが予測されました。

低酸素状態の胎児肝臓に血流が生じる一過性の時期(マウス胎生10.5日)において、胎盤では成長因子が高発現する。黄線枠は肝臓を示す。
胎盤と肝臓という、遠隔に位置する臓器間の相互作用の存在が示唆されたため、その実態を明らかにすることを目的として、胎盤由来因子(リガンド)(注5)と胎児肝臓における受容体(レセプター)解析を実施しました。すなわち、血流開始時期の胎盤および肝臓において高発現するリガンド-レセプターペア解析から、胎児肝臓に作用するリガンド候補を抽出し、低酸素培養中のマウス胎児肝臓への添加効果を評価しました。その結果、インターロイキン-1α (IL1α)が肝前駆細胞の増幅および胎児肝臓サイズの増大を顕著に誘導する作用を有することを明らかにしました(図3)。

低酸素下におけるマウス胎児肝臓培養中に胎盤由来因子を供給すると、前駆細胞増幅および肝臓サイズの増大が誘導される。
以上のようなマウス胎児肝臓の解析結果を基盤として、ヒトiPSC肝臓オルガノイドの培養技術の高度化に取り組みました。低酸素培養中のヒトiPSC肝臓オルガノイドへのIL1αの添加効果を調べたところ、マウス胎児肝臓への添加と同様に、肝前駆細胞の増幅および組織サイズの増大が誘導されることを明らかにしました(図4)。低酸素下で胎盤由来因子を添加したヒトiPSC肝臓オルガノイドの酸素化により、さらなる組織サイズの増大に加えて肝細胞機能の向上が認められたことから、低酸素下での胎盤由来因子の供給とそれに引き続いて生じる酸素の供給は、前駆細胞増幅によるオルガノイドサイズの増大効果に加えて、肝前駆細胞の肝細胞への分化誘導による機能向上に寄与することを実証しました。

低酸素下におけるヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド培養中に胎盤由来因子を供給すると、前駆細胞の増幅および肝臓サイズの増大が誘導される。
本研究では、血流が開始しているにもかかわらず低酸素状態が維持された臓器において、胎盤由来因子の供給による前駆細胞の増幅プロセスが存在することを新たに見出し、従来の“近接細胞間の相互作用に基づく臓器形成促進機構”に加え、新たに“遠隔臓器間の相互作用に基づく臓器形成促進機構”が存在することを世界で初めて明らかにしました。低酸素環境下における胎盤由来因子の供給を再現することにより、ヒトiPSC肝臓オルガノイド内の前駆細胞の増幅と組織サイズの増大を誘導し、その後の機能向上に有益であることも明らかにしました。今後、血液灌流を模した効率的な胎盤由来因子の供給システムを開発することにより、肝不全治療に応用可能な大型のヒト肝臓創出が実現化することが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース① iPS細胞から血管構造を持つ機能的なヒト臓器を創り出すことに成功!」(2013/7/4)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20130704/
「プレスリリース② ヒトiPS細胞からミニ肝臓の大量製造に成功」(2017/12/6)
https://www.amed.go.jp/news/release_20171206.html
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 再生医学分野谷口 英樹 教授
久世 祥己 研究当時:特任研究員
現:岐阜薬科大学 生体機能解析学大講座 薬効解析学研究室 助教
論文情報
雑誌名:Nature Communications題 名:Placenta-derived factors contribute to human iPSC-liver organoid growth
著者名:Yoshiki Kuse, Shinya Matsumoto, Syusaku Tsuzuki, Erica Carolina, Takashi Okumura, Toshiharu Kasai, Soichiro Yamabe, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Tomomi Tadokoro, Yasuharu Ueno, Takayoshi Oba, Naoki Tanimizu, Hideki Taniguchi* (*責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-025-57551-w
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-025-57551-w
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究 (代表:久世祥己)(課題番号 19K18034, 22K16440)、AMED「再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B)」(代表:谷口英樹)(課題番号JP13bm0304002)、AMED「再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(非臨床PoC取得研究課題)」(代表:谷口英樹)(課題番号JP23bm1223007)、AMED「再生医療等実用化研究事業」(代表:谷口英樹)(課題番号20bk0104102h0001, 24bk0104174h0001)、AMED「肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業」(代表:谷口英樹)(課題番号21fk0210073s0502, 23fk0210129s0501)、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)(代表:谷口英樹)(課題番号 21H04830, 24H00641)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)胎盤胎児と母体間に存在する臓器であり、酸素や栄養を胎児へ届ける役割などを担う。
(注2)ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド
多能性幹細胞であるiPS細胞 (induced pluripotent stem cell) に由来する臓器様の構造体(オルガノイド)であり、肝臓の機能や構造を再現している。
(注3)前駆細胞
機能細胞に分化する前の未熟な細胞。
(注4)前駆細胞の増幅
前駆細胞の未分化性を維持した増殖。
(注5)リガンド
リガンドは、機能性タンパクに特異的に結合する細胞外分子を指す。細胞表面にある受容体(レセプター)にリガンドが結合すると、細胞内へ特異的な信号が送られる。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 再生医学分野 客員研究員
岐阜薬科大学 生体機能解析学大講座 薬効解析学研究室 助教
久世 祥己(くせ よしき)
https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/bifunctional-analysis/molecular-pharmacology.html
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
岐阜薬科大学 庶務会計課(広報)
https://www.gifu-pu.ac.jp/index.html